武家家訓集 / 武田信繁家訓九十九箇条第34〜36条
一對他家之人、家中之惡事、努々不可語、云、好事不出門、惡事行千里、 一褒美之事、不依大細、則可感事、三略云、賞功不踰時、 一自他之國勤、行善惡共、入精具可聞屆事、語云、好事不出門、惡事走千里、碧巖云、家醜莫向外揚、
新字:一対他家之人、家中之悪事、努々不可語、云、好事不出門、悪事行千里、 一褒美之事、不依大細、則可感事、三略云、賞功不踰時、 一自他之国勤、行善悪共、入精具可聞届事、語云、好事不出門、悪事走千里、碧巖云、家醜莫向外揚、
書き下し
一、他家の人に對し、家中の惡事、努々語るべからず。云ふ、好事は門を出でず、惡事は千里を行く、と。 一、褒美の事、大細に依らず、則ち感ずべき事。三略に云ふ、功を賞すること時を踰えず、と。 一、自他の國の勤め、行ひの善惡共に、精を入れ具に聞き屆くべき事。語に云ふ、好事は門を出でず、惡事は千里を走る、と。碧巖に云ふ、家醜は外に向かひて揚ぐる莫かれ、と。
現代語訳
一、他家の人に対して、家中の悪い事を、決して語ってはなりません。「良い事は門を出ず、悪い事は千里を行く」といいます。一、褒美は、大小にかかわらず、感謝の心をもって与えるべきです。『三略』に「功を賞することは、時を過ぎてはならない」とあります。一、自分の国と他の国の勤め、行いの善悪を、ともに念入りに詳しく聞き届けるべきです。「良い事は門を出ず、悪い事は千里を走る」といいます。『碧巌録』に「家の恥は外に向かって揚げてはならない」とあります。
解説
家の悪事を外に話さない、褒美はすぐに与える、自他の善悪を詳しく聞く、の三条です。悪事は千里を走るという句が、第三十四条と第三十六条の両方に出てきます。褒美の条は、大小を問わず、時を置かずに報いよという三略の句を引きます。現代でも、内部の失敗を社外で愚痴らない、成果にはすぐ感謝を伝える、そして良し悪しの両面の情報を集める、という三つの実務が読み取れます。同じ句の重複は、底本のままです。情報の扱い方は、組織の評判を左右します。
この章句が説くこと
家醜外に揚げず褒美タイミング情報収集評判武家家訓集
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