武家家訓集 / 武田信繁家訓九十九箇条第10〜12条
一學文不可油斷事、論語曰、學不思則罔、思不學則殆、 一歌道可嗜事、歌云、數ならぬ心のとかになり果ししらせてこそは身をもうらみめ 一諸禮無油斷可嗜事、論語曰、孔子入大廟、每事問、
新字:一学文不可油断事、論語曰、学不思則罔、思不学則殆、 一歌道可嗜事、歌云、数ならぬ心のとかになり果ししらせてこそは身をもうらみめ 一諸礼無油断可嗜事、論語曰、孔子入大廟、毎事問、
書き下し
一、學文油斷すべからざる事。論語に曰く、學びて思はざれば則ち罔し、思ひて學ばざれば則ち殆し、と。 一、歌道嗜むべき事。歌に云ふ、數ならぬ心のとがになり果ししらせてこそは身をもうらみめ 一、諸禮油斷無く嗜むべき事。論語に曰く、孔子大廟に入りて、事ごとに問ふ、と。
現代語訳
一、学問を怠ってはなりません。『論語』に「学んで考えなければ暗く、考えて学ばなければ危うい」とあります。一、歌の道を嗜むことです。歌に「取るに足りない私の心の咎となってしまったことを、相手に知らせたうえで、わが身をも恨もう」という趣の歌があります(歌の解釈は定かでありません)。一、さまざまな礼を怠りなく心がけることです。『論語』に「孔子は大廟に入って、事ごとに質問した」とあります。
解説
学問・歌道・礼法を並べた三条です。学問の条は、学んで考えない、考えて学ばない、という二つの偏りを論語の句で戒めています。歌の条は、歌を引くだけで理由を述べていません。礼の条は、孔子ほどの人でも大廟では事ごとに尋ねたという話を引き、知っていても確かめる謙虚さを示します。現代の仕事では、知識を仕入れるだけでも、考えるだけでも足りず、両方を回すことが大切です。礼を覚えて終わりにせず、確かめる姿勢も保ちたいところです。
この章句が説くこと
学問思考歌道礼法謙虚さ武家家訓集
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人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
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