武家家訓集 / 毛利元就三子教訓状結び連々申度事
一連々申度事由候、今度之次に申にて候〱、是より外に我々腹中何にても候へ、候はず候、たと〱是まて候〱、次ながら申候て、本望只此事候〱、日出度候〱、恐々謹言、 霜月二十五日 元就 御判 隆元 隆景 進之候 元春
書き下し
一連々申度事由候、今度之次に申にて候〱、是より外に我々腹中何にても候へ、候はず候、たと〱是まて候〱、次ながら申候て、本望只此事候〱、日出度候〱、恐々謹言、 霜月二十五日 元就 御判 隆元 隆景 進之候 元春
現代語訳
かねてから言いたいことがある。このたびのついでに申すのである。これ以外に私の腹の内に何かあるわけではない。まったくこれまでである。ついでながら申したので、本望はただこのことである。めでたいことである。恐々謹言。霜月二十五日 元就(御判)。隆元、隆景、進之候、元春。
解説
教訓状の結びです。かねてから言いたかったことを、このたびのついでに申したと述べ、これ以外に腹の内に何もないと言い切ります。本望はただこの一事、と伝えたい核心を再度絞り込んでいます。日付は霜月二十五日、元就の花押にあたる御判が付き、三人の名が並びます。十四条の長い教えを、言いたいことはこれだけだという一言で締めくくる構成です。現代の訓示や遺言でも、あれこれ並べた後に、本当に伝えたい一点を再確認して終えると、読み手の記憶に残ります。結びの短い言葉に、父としての願いが込められています。
この章句が説くこと
遺言結び核心要点訓示武家家訓集
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