武家拾要記抄録 / 善行篇・気を読み、奇正を使い分ける
一競後を知るべきには、其象に泥まずして、諸卒の大機を悟るべし、第一大將信ありて賞罰正しき時は、士卒の勇氣をのづから盛なり、又朝の氣は進み、晝の氣は怠り、夕の氣は歸る、古今此旨同じ、凡懸合の戰は氣を貴ぶゆへに、人の氣を奪ふをもつて要とす、遊軍伏兵などは氣をうばふの要術也、奇兵正兵は備の要術也、正兵は先に進みて敵にむかひ、奇兵は後に備へて正兵を助け、奇兵戰ふ時は即是れを正兵とし、始の正兵は奇兵となる、故に正しく備へて戰ふを正兵とし、横矢横鑓伏兵等は皆奇兵とす、但奇正もと二にあらず、一柄鞘兀たりといへども刄は白く、鞍はげたりといへども馬は肥たりとは、家貧しけれども武をたしなむ士の常なり、
新字:一競後を知るべきには、其象に泥まずして、諸卒の大機を悟るべし、第一大将信ありて賞罰正しき時は、士卒の勇気をのづから盛なり、又朝の気は進み、昼の気は怠り、夕の気は帰る、古今此旨同じ、凡懸合の戦は気を貴ぶゆへに、人の気を奪ふをもつて要とす、遊軍伏兵などは気をうばふの要術也、奇兵正兵は備の要術也、正兵は先に進みて敵にむかひ、奇兵は後に備へて正兵を助け、奇兵戦ふ時は即是れを正兵とし、始の正兵は奇兵となる、故に正しく備へて戦ふを正兵とし、横矢横鑓伏兵等は皆奇兵とす、但奇正もと二にあらず、一柄鞘兀たりといへども刄は白く、鞍はげたりといへども馬は肥たりとは、家貧しけれども武をたしなむ士の常なり、
書き下し
一競後を知るべきには、其象に泥まずして、諸卒の大機を悟るべし、第一大將信ありて賞罰正しき時は、士卒の勇氣をのづから盛なり、又朝の氣は進み、晝の氣は怠り、夕の氣は歸る、古今此旨同じ、凡懸合の戰は氣を貴ぶゆへに、人の氣を奪ふをもつて要とす、遊軍伏兵などは氣をうばふの要術也、奇兵正兵は備の要術也、正兵は先に進みて敵にむかひ、奇兵は後に備へて正兵を助け、奇兵戰ふ時は即是れを正兵とし、始の正兵は奇兵となる、故に正しく備へて戰ふを正兵とし、横矢横鑓伏兵等は皆奇兵とす、但奇正もと二にあらず、一柄鞘兀たりといへども刄は白く、鞍はげたりといへども馬は肥たりとは、家貧しけれども武をたしなむ士の常なり、
現代語訳
一つ、勝敗の後(結果)を知るには、その表面の形にとらわれず、諸卒の大きな気配を悟るべきです。第一に、大将に信義があり賞罰が正しいときは、士卒の勇気はおのずと盛んになります。また、朝の気は進み、昼の気は怠り、夕の気は帰ると言い、昔も今もこの旨は同じです。およそ駆け合いの戦は気を貴ぶので、人の気を奪うことをもって要とします。遊軍や伏兵などは、気を奪う要の術です。奇兵と正兵は、備えの要の術です。正兵は先に進んで敵に向かい、奇兵は後に備えて正兵を助け、奇兵が戦うときはこれを正兵とし、はじめの正兵は奇兵となります。ゆえに、正しく備えて戦うものを正兵とし、横矢、横槍、伏兵などはみな奇兵とします。ただし、奇と正はもともと二つではありません。一つ、柄や鞘がはげていても刃は白く、鞍がはげていても馬は肥えている、というのは、家は貧しくても武をたしなむ士の常です。
解説

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本の中身を見るこの章句が説くこと
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尉繚子・兵教上民をして国門の限を背にし、死生の分を決せしめ、之に死して疑はざるを教ふる者は、以有るなり。守る者をして必ず固く、戦ふ者をして必ず闘ひ、奸謀作らず、姦民語らず、令行はれて変無く、兵行はれて猜無く、軽き者は霆の若く、敵に奮ふこと驚くが若くせしむ。功を挙げ徳を別つこと、明らかなること白黒の如く、
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『潜夫論』勸將軍起こりて以来、師を暴すこと五年、兵を典る吏、将の下千を以て数え、大小の戦、歳に十百合あり、而るに功有ること希なり。其の敗るるを歴察するに、他の故無し、皆な将は変勢に明らかならず、士は死敵に勧まざればなり。其の士の死する能わざるは、乃ち其の将の効す能わざればなり。賞を言えば則ち与えず、罰を言えば則ち行われず、士は進めば独り死するの禍有り、退けば衆生の福を蒙る。此れ陣に臨みて戦を亡い、競いて奔北を思う所以なり。
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司馬法・嚴位若し将に復た戦わんとすれば、則ち賞罰を重くす。
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『韓非子』難二第三十七趙簡子衛の郛郭を囲む、犀楯・犀櫓もて、矢石の及ばざる所に立ち、之に鼓すれども士起たず。
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『潜夫論』勸將夫れ重きを服して阪を上り、出でて千里を馳するは、馬の禍なり。然れども節馬の之を楽しむは、王良以て力を尽くすと為すに足ればなり。先登して陣を陥れ、死に赴きて敵に厳しきは、民の禍なり。然れども節士の之を楽しむは、明君以て死を効す可しと為せばなり。凡そ人の肯えて死亡に赴きて辞せざる所以は、利に趨くに非ざれば、則ち因りて害を避くるなり。賢鄙愚智と無く皆な然り、顧うに其の利害する所に異有るのみ。顕名を利せざれば、則ち厚賞を利す。恥辱を避けざれば、則ち禍乱を避く。此の四者に非ざれば、聖王と雖も其の臣を要する能わず、慈父も其の子を必する能わず。明主深く之を知る、故に利を崇び害を顕して以て下と市し、親疏貴賤賢鄙愚智をして皆な必ず我が令に順い、乃ち其の欲を得しむ。是を以て一旦軍鼓雷震し、旌旗並び発し、士皆な奮激して、競いて死敵と与にする者は、豈に其の情の久生を厭いて死を害うを楽しむならんや。乃ち義士は且に以て其の名を激しくし、貪夫は且に以て其の賞を求むるのみ。今吏の軍に従いて敗没し公事に死する者、十万を以て数う。上は吊唁嗟歎の栄名を聞かず、下は又た禄賞の厚実無し。節士は勧め慕う所無く、庸夫は貪る利無し。此れ其の人懐いて沮み懈り、肯えて複た死せざる所以なり。
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『長短経』教戦卒服習し、器用利なれば、将軍乃ち旄を秉り衆を麾きて之に誓う〔有虞氏は国に誡め、夏后氏は軍に誓い、殷は軍門の外に誓う。周は将に刃を交えんとして之に誓う。誓う所同じからず、吾は周に従う。之に誓いて曰く「嗚呼、溥天の下、王土に非ざる莫く、率土の浜、王臣に非ざる莫し。今、某国は五行を威侮し、三正を怠棄す。我が有衆をして、恭しく天討を行わしむ。命を用うる者は、賞時を踰えず。逗撓する者は、誅列を遷さず。死生富貴、此の一挙に在り。嗟、爾庶士、各々乃の心を勉めよ」と〕。是に於て気は青雲を厲まし、湯に赴き火を蹈むと雖も、可なり。此れ教戦の法なり。