武家拾要記抄録 / 明倫篇・家中の争いの責任と学びの心得
一兒童の口論は是非に及ぶまじ、但双方の父兄制止に及ばず、かへつて無理の情をたて、鬱憤をさしはさむものは、罪科に處せらるべし、被官人、喧嘩幷盜賊などの科は主人にかゝるべからず、然れども實否を糺さんとする所に、件の主人、科なきの由陳じ、相抱ゆる半に逐電せしめば越度たるべし、又奉公人先主より暇をも請ずして、又主どりをする時、先主見付たりとも、理不盡に成敗すべからず、まづ當主人へことはり、其上を以て急度申付べし、尤屆け有之奉公人を逃したらむは、其主人の越度なり。一三寶とは、農人工人商人をいふ、三謀とは武畧智畧計畧をいふ、武藝の四門とは、武田晴信の云、弓鐵炮馬兵法をいふと、五敵とは剛敵弱敵破敵若敵隨敵をいふ、一凡人君に事ることは、義を行ふ是也、其道を致めんと思ふ者は、學ばずんばあるべからず、呂榮公の語に云、氣象好き時は百事是當ると、近思續錄にも見ゆ、才は氣よりいづ、氣淸き時は才も亦淸し、今又六藝に遊ぶ者、われいまだ悉是を聞ず、しかも自思ふに是亦理を窮むるの一事也とぞ、
新字:一児童の口論は是非に及ぶまじ、但双方の父兄制止に及ばず、かへつて無理の情をたて、鬱憤をさしはさむものは、罪科に処せらるべし、被官人、喧嘩幷盗賊などの科は主人にかゝるべからず、然れども実否を糺さんとする所に、件の主人、科なきの由陳じ、相抱ゆる半に逐電せしめば越度たるべし、又奉公人先主より暇をも請ずして、又主どりをする時、先主見付たりとも、理不尽に成敗すべからず、まづ当主人へことはり、其上を以て急度申付べし、尤届け有之奉公人を逃したらむは、其主人の越度なり。一三宝とは、農人工人商人をいふ、三謀とは武略智略計略をいふ、武芸の四門とは、武田晴信の云、弓鉄炮馬兵法をいふと、五敵とは剛敵弱敵破敵若敵随敵をいふ、一凡人君に事ることは、義を行ふ是也、其道を致めんと思ふ者は、学ばずんばあるべからず、呂栄公の語に云、気象好き時は百事是当ると、近思続録にも見ゆ、才は気よりいづ、気清き時は才も亦清し、今又六芸に遊ぶ者、われいまだ悉是を聞ず、しかも自思ふに是亦理を窮むるの一事也とぞ、
書き下し
一兒童の口論は是非に及ぶまじ、但双方の父兄制止に及ばず、かへつて無理の情をたて、鬱憤をさしはさむものは、罪科に處せらるべし、被官人、喧嘩幷盜賊などの科は主人にかゝるべからず、然れども實否を糺さんとする所に、件の主人、科なきの由陳じ、相抱ゆる半に逐電せしめば越度たるべし、又奉公人先主より暇をも請ずして、又主どりをする時、先主見付たりとも、理不盡に成敗すべからず、まづ當主人へことはり、其上を以て急度申付べし、尤屆け有之奉公人を逃したらむは、其主人の越度なり。一三寶とは、農人工人商人をいふ、三謀とは武畧智畧計畧をいふ、武藝の四門とは、武田晴信の云、弓鐵炮馬兵法をいふと、五敵とは剛敵弱敵破敵若敵隨敵をいふ、一凡人君に事ることは、義を行ふ是也、其道を致めんと思ふ者は、學ばずんばあるべからず、呂榮公の語に云、氣象好き時は百事是當ると、近思續錄にも見ゆ、才は氣よりいづ、氣淸き時は才も亦淸し、今又六藝に遊ぶ者、われいまだ悉是を聞ず、しかも自思ふに是亦理を窮むるの一事也とぞ、
現代語訳
一つ、子供の口論は是非を問うには及びません。ただし双方の父兄が制止せず、かえって無理な気持ちを立て、鬱憤を抱くような者は、罪科に処されるべきです。被官人(家来)の喧嘩や盗賊などの科は主人にかかってはなりません。しかし実否を糺そうとするところで、当の主人が科はないと申し立て、抱えているうちに逐電(逃亡)させたなら、落ち度とされるべきです。また奉公人が先の主から暇も受けずに別の主に仕えるとき、先の主が見つけたとしても、理不尽に成敗してはなりません。まず現在の主人へ断り、そのうえで厳しく申し付けるべきです。届けのあった奉公人を逃がしたなら、その主人の落ち度です。一つ、三宝とは、農人・工人・商人をいいます。三謀とは武略・智略・計略をいいます。武芸の四門とは、武田晴信がいうには、弓・鉄砲・馬・兵法をいうとのことです。五敵とは剛敵・弱敵・破敵・若敵・随敵をいいます。一つ、およそ人が君に仕えることは、義を行うことです。その道を修めようと思う者は、学ばなければなりません。呂栄公の語に、気象のよいときは百事みな当たるとあり、近思続録にも見えます。才は気から出て、気が清いときは才もまた清いのです。いままた六芸に遊ぶ者について、私はまだことごとくは聞いていませんが、自分で思うに、これも理を窮める一つの事であるとのことです。
解説

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