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武事提要 / 武敎之問答・他流の偏りと、兵学と聖学の分担

答云、世以其流儀品々多しといへども、運氣にかたよりて實事うすく、計によつて謀にうすく、或は心意の沙汰に趣て形躰取用られず、又は其實ありて、枝葉につかゆる、當流は本より押出形躰を盡し、枝葉共に其至善を以敎を建ることなれば、外に比喩あるべからざる也、十四問云、當流は王道の弓矢か、伯道の弓矢か、答云、博識に薄く文字に乏し、王伯の論は辨ずること不能、唯義を以て不義を討の事にして、四民の長久を本とし、人々安く行べきのことのみ也、十五問云、然らば國家を治る敎は不有之や、答云、身を修家を齊、國天下を治平する事は聖學日用の道なり、孟子盡心曰、聖人百世之師也と有之、又天下有三好、衆人好己從、賢人好己正、聖人好己師と云り、己を不立して道を慕ふ人には不可不論也、猶審問の上にあるべき也、聖學は日用にして弓矢の法にあらず、兵學は弓矢の敎にして日用の論にあらず、取雜て論ずれば、雜學の心にして益なきなり、其道理至極せるは、戰法を日用に比するとも、豈それ別ならんや、然れども其趣別なるときは其敎も異也、十六問云、志有之學問といへども、土地によつて違ことありや、邊鄙遠境にて勤るも其品かはりあらんや、

新字:答云、世以其流儀品々多しといへども、運気にかたよりて実事うすく、計によつて謀にうすく、或は心意の沙汰に趣て形体取用られず、又は其実ありて、枝葉につかゆる、当流は本より押出形体を尽し、枝葉共に其至善を以教を建ることなれば、外に比喩あるべからざる也、十四問云、当流は王道の弓矢か、伯道の弓矢か、答云、博識に薄く文字に乏し、王伯の論は弁ずること不能、唯義を以て不義を討の事にして、四民の長久を本とし、人々安く行べきのことのみ也、十五問云、然らば国家を治る教は不有之や、答云、身を修家を斉、国天下を治平する事は聖学日用の道なり、孟子尽心曰、聖人百世之師也と有之、又天下有三好、衆人好己従、賢人好己正、聖人好己師と云り、己を不立して道を慕ふ人には不可不論也、猶審問の上にあるべき也、聖学は日用にして弓矢の法にあらず、兵学は弓矢の教にして日用の論にあらず、取雑て論ずれば、雑学の心にして益なきなり、其道理至極せるは、戦法を日用に比するとも、豈それ別ならんや、然れども其趣別なるときは其教も異也、十六問云、志有之学問といへども、土地によつて違ことありや、辺鄙遠境にて勤るも其品かはりあらんや、

書き下し

答云、世以其流儀品々多しといへども、運氣にかたよりて實事うすく、計によつて謀にうすく、或は心意の沙汰に趣て形躰取用られず、又は其實ありて、枝葉につかゆる、當流は本より押出形躰を盡し、枝葉共に其至善を以敎を建ることなれば、外に比喩あるべからざる也、十四問云、當流は王道の弓矢か、伯道の弓矢か、答云、博識に薄く文字に乏し、王伯の論は辨ずること不能、唯義を以て不義を討の事にして、四民の長久を本とし、人々安く行べきのことのみ也、十五問云、然らば國家を治る敎は不有之や、答云、身を修家を齊、國天下を治平する事は聖學日用の道なり、孟子盡心曰、聖人百世之師也と有之、又天下有三好、衆人好己從、賢人好己正、聖人好己師と云り、己を不立して道を慕ふ人には不可不論也、猶審問の上にあるべき也、聖學は日用にして弓矢の法にあらず、兵學は弓矢の敎にして日用の論にあらず、取雜て論ずれば、雜學の心にして益なきなり、其道理至極せるは、戰法を日用に比するとも、豈それ別ならんや、然れども其趣別なるときは其敎も異也、十六問云、志有之學問といへども、土地によつて違ことありや、邊鄙遠境にて勤るも其品かはりあらんや、

現代語訳

答えて言います。世にはその流儀がさまざまありますが、運気に偏って実事が薄いもの、計(はかりごと)に頼って謀が薄いもの、あるいは心意の沙汰に趣いて形体が取り用いられないもの、または実があっても枝葉に支えるものなどがあります。当流はもとより押し出しと形体を尽くし、枝葉とともにその至善をもって教えを立てるので、外に比べるものはありません。十四の問い。当流は王道の弓矢ですか、伯(覇)道の弓矢ですか。答えて言います。私は博識に薄く、文字にも乏しいので、王・伯の論は弁じることができません。ただ義をもって不義を討つことで、四民の長久を本とし、人々が安く行えることのみです。十五の問い。それでは、国家を治める教えはないのですか。答えて言います。身を修め、家を斉え、国・天下を治め平らかにすることは、聖学の日用の道です。孟子の尽心に「聖人は百世の師なり」とあり、また「天下に三好あり。衆人は己に従うことを好み、賢人は己の正しきを好み、聖人は己の師とすることを好む」といいます。己を立てずに道を慕う人には論じなければなりません。なお審問の上でのことです。聖学は日用であって、弓矢の法ではありません。兵学は弓矢の教えであって、日用の論ではありません。取り混ぜて論じれば雑学の心となって益がありません。その道理が至極するところは、戦法を日用に比べても、どうして別でしょうか。しかし、その趣が別であるときは、その教えも異なります。十六の問い。志のある学問でも、土地によって違うことはありますか。辺鄙な遠境で勤めても、その品が変わりますか。

解説

他流の偏りとして、運や計略への依存、心の持ち方だけの議論、枝葉へのこだわりを挙げ、当流は形と中身をそろえて教えるとします。また、兵学は弓矢の教え、聖学は日用の道と役割を分け、混ぜると雑学になって益がないと述べます。現代の仕事でも、戦略論と日々の人間関係の作法は別の領域で、混同すると議論が散漫になります。目的に応じて学ぶ枠を決め、自分の拠って立つ型を明確にしておくことが、判断の軸になります。
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人生を、一行の式にしてみた。

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この章句が説くこと

『武事提要』山鹿高恒他流王道覇道聖学

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