武事提要 / 武敎之問答・急ごしらえでは功が薄い下地の理
答云、事を渡して數年に及び、士卒共に能練鍛て事に渡時は其功必有之事也、下地不宜、人數を以て俄に流儀の格を渡しては功すくなく、たとへば屛風張付の類にても、下地より其事を功者にいたさせ、上張をも功者に申付るには見分よろしくして、この實も亦强盛なるなり、又下地を白人にいたさせ、上張を又白人にいたさせたるは至極見分もあしく其實も不宜ものなり、下地惡して上張計上手にいたさしめば、方々下地惡に付て不宜といへども、上手の不掛よりはしかるべし、萬事此道理にして、弓矢の上も俄に事を致と下地より能いたすとは、差別あること也、四問云、當流の勤數年を經て事成と、俄に習て成と、ちがひ有之や、答云、是又右の格と同事也、數年浸置と、俄に事をなすとは、諸事不同事、前條に同事也、五問云、力を不盡しては流儀の實相見がたからん、然れども閑暇無之、仕官又は老躰にして可盡力年數無之、或は貴人高位にして可問尋一便あらざるなど、云人へ、早く通達し容易に事成敎樣も有之や、答云、是も又右の格にして力を盡し、相勤ての上と、不勤行しての敎を受は、格別の事なりといへども、やすく通じはやく事成となるほど有之なり、六問云、當流を世以稱美するは、勝を以の事と會得いたすこと也、其可勝處の修行は他より入事か、又は我にある事なるや、
新字:答云、事を渡して数年に及び、士卒共に能練鍛て事に渡時は其功必有之事也、下地不宜、人数を以て俄に流儀の格を渡しては功すくなく、たとへば屛風張付の類にても、下地より其事を功者にいたさせ、上張をも功者に申付るには見分よろしくして、この実も亦強盛なるなり、又下地を白人にいたさせ、上張を又白人にいたさせたるは至極見分もあしく其実も不宜ものなり、下地悪して上張計上手にいたさしめば、方々下地悪に付て不宜といへども、上手の不掛よりはしかるべし、万事此道理にして、弓矢の上も俄に事を致と下地より能いたすとは、差別あること也、四問云、当流の勤数年を経て事成と、俄に習て成と、ちがひ有之や、答云、是又右の格と同事也、数年浸置と、俄に事をなすとは、諸事不同事、前条に同事也、五問云、力を不尽しては流儀の実相見がたからん、然れども閑暇無之、仕官又は老体にして可尽力年数無之、或は貴人高位にして可問尋一便あらざるなど、云人へ、早く通達し容易に事成教様も有之や、答云、是も又右の格にして力を尽し、相勤ての上と、不勤行しての教を受は、格別の事なりといへども、やすく通じはやく事成となるほど有之なり、六問云、当流を世以称美するは、勝を以の事と会得いたすこと也、其可勝処の修行は他より入事か、又は我にある事なるや、
書き下し
答云、事を渡して數年に及び、士卒共に能練鍛て事に渡時は其功必有之事也、下地不宜、人數を以て俄に流儀の格を渡しては功すくなく、たとへば屛風張付の類にても、下地より其事を功者にいたさせ、上張をも功者に申付るには見分よろしくして、この實も亦强盛なるなり、又下地を白人にいたさせ、上張を又白人にいたさせたるは至極見分もあしく其實も不宜ものなり、下地惡して上張計上手にいたさしめば、方々下地惡に付て不宜といへども、上手の不掛よりはしかるべし、萬事此道理にして、弓矢の上も俄に事を致と下地より能いたすとは、差別あること也、四問云、當流の勤數年を經て事成と、俄に習て成と、ちがひ有之や、答云、是又右の格と同事也、數年浸置と、俄に事をなすとは、諸事不同事、前條に同事也、五問云、力を不盡しては流儀の實相見がたからん、然れども閑暇無之、仕官又は老躰にして可盡力年數無之、或は貴人高位にして可問尋一便あらざるなど、云人へ、早く通達し容易に事成敎樣も有之や、答云、是も又右の格にして力を盡し、相勤ての上と、不勤行しての敎を受は、格別の事なりといへども、やすく通じはやく事成となるほど有之なり、六問云、當流を世以稱美するは、勝を以の事と會得いたすこと也、其可勝處の修行は他より入事か、又は我にある事なるや、
現代語訳
答えます。事を重ねて数年に及び、士卒ともによく練り鍛えて事に当たるときは、その功は必ずあります。下地がよくなく、人数を用いて急に流儀の格を行っても、功は少ないのです。たとえば屏風の張り付けの類でも、下地から功者(熟練者)にさせ、上張りも功者に申し付ければ見栄えがよく、その実も強く盛んです。また、下地を素人にさせ、上張りも素人にさせたのは、至極見栄えも悪く、その実もよくありません。下地が悪くて上張りだけ上手にさせれば、あちこち下地が悪いのでよくありませんが、上手がかけないよりはよいでしょう。万事この道理で、弓矢の上でも、急に事を行うのと下地からよく行うのとでは差があります。四、問います。「当流の勤めを数年経て成るのと、急に習って成るのとでは、違いがありますか。」答えます。これもまた右の格と同じ事です。数年浸しておくのと、急に事をなすのとでは、諸事同じではないのは、前条と同じです。五、問います。「力を尽くさなければ流儀の実相は見がたいでしょう。しかし暇がなく、仕官や老体で力を尽くすべき年数がなく、あるいは貴人・高位で尋ねるべき便宜がないという人に、早く通じ、容易に事が成る教え方はありますか。」答えます。これもまた右の格で、力を尽くして勤めた上でと、勤め行わずに教えを受けるのとは格別の事ですが、たやすく通じ、早く事が成るほどのものはあります。六、問います。「当流を世間で称賛するのは、勝つことをもって行うと会得することです。その勝つべき所の修行は、他から入れることでしょうか、それとも自分にあることでしょうか。」
解説

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