武事提要 / 武家之法式・信玄の法式と山本帯刀の登用
武の法は正を以て初とし、勝を以て終とする也、正と云は一筋に止て不變を云、勝と云は他に不負して勝を云、式と云は相定たる品々を云なり、其初山本晴幸兵學の師範として、甲陽の武田信玄に傳來して信玄の弓矢の法式を定め、信玄一生の合戰三十九度にして敗北の事一度も無之、是必竟不可負の敎にして、主戰、客戰、攻城、守城、衆戰、寡戰、山川、海陸、夜戰、夜守、伏戰、其外軍戰の上に於てもるゝ事なき傳來にして聊危事なし、信玄の作法にをいて晴幸の敎習、神君御感被遊、戰用法式信玄の備の如く諸色可被仰付思召にて、神君濱松に於て(濱松御入城は永祿十一戊辰極月十五日の事也、此一事此後の義と聞へたり、)山本一族方々御尋被仰付といへども、其比類門の者外に無之にをいて、三州牛窪牧野右馬允康成家中の山本帶刀左衞門成氏事、
新字:武の法は正を以て初とし、勝を以て終とする也、正と云は一筋に止て不変を云、勝と云は他に不負して勝を云、式と云は相定たる品々を云なり、其初山本晴幸兵学の師範として、甲陽の武田信玄に伝来して信玄の弓矢の法式を定め、信玄一生の合戦三十九度にして敗北の事一度も無之、是必竟不可負の教にして、主戦、客戦、攻城、守城、衆戦、寡戦、山川、海陸、夜戦、夜守、伏戦、其外軍戦の上に於てもるゝ事なき伝来にして聊危事なし、信玄の作法にをいて晴幸の教習、神君御感被遊、戦用法式信玄の備の如く諸色可被仰付思召にて、神君浜松に於て(浜松御入城は永禄十一戊辰極月十五日の事也、此一事此後の義と聞へたり、)山本一族方々御尋被仰付といへども、其比類門の者外に無之にをいて、三州牛窪牧野右馬允康成家中の山本帯刀左衛門成氏事、
書き下し
武の法は正を以て初とし、勝を以て終とする也、正と云は一筋に止て不變を云、勝と云は他に不負して勝を云、式と云は相定たる品々を云なり、其初山本晴幸兵學の師範として、甲陽の武田信玄に傳來して信玄の弓矢の法式を定め、信玄一生の合戰三十九度にして敗北の事一度も無之、是必竟不可負の敎にして、主戰、客戰、攻城、守城、衆戰、寡戰、山川、海陸、夜戰、夜守、伏戰、其外軍戰の上に於てもるゝ事なき傳來にして聊危事なし、信玄の作法にをいて晴幸の敎習、神君御感被遊、戰用法式信玄の備の如く諸色可被仰付思召にて、神君濱松に於て(濱松御入城は永祿十一戊辰極月十五日の事也、此一事此後の義と聞へたり、)山本一族方々御尋被仰付といへども、其比類門の者外に無之にをいて、三州牛窪牧野右馬允康成家中の山本帶刀左衞門成氏事、
現代語訳
武の法は、正をもって初めとし、勝をもって終わりとします。正とは一筋に止まって変わらないことをいい、勝とは他に負けずに勝つことをいいます。式とは、相定めた品々をいいます。その初め、山本晴幸が兵学の師範として甲陽の武田信玄に伝来し、信玄の弓矢の法式を定め、信玄は一生の合戦三十九度で、敗北は一度もありませんでした。これは結局、負けるべからざる教えで、主戦・客戦・攻城・守城・衆戦・寡戦・山川・海陸・夜戦・夜守・伏戦、そのほか軍戦のうえで漏れることのない伝来であって、いささかも危ういことはありません。信玄の作法における晴幸の教習を、神君(徳川家康)はご感心なされ、戦用の法式を信玄の備えのように諸事仰せ付けようとお思いになり、神君が浜松で(浜松へのご入城は永禄十一年戊辰十二月十五日のことです。この一事はこの後のことと聞こえます)、山本一族を方々お尋ねになりましたが、その比類ある門の者はほかにおらず、三州牛窪の牧野右馬允康成の家中の山本帯刀左衛門成氏のことは、
解説

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