武人訓抄録 / 家業を怠れば士にあらず
一釋氏の佛經を誦し、田夫の耘耔を勤め、武人の兵術を試る類は、各其家業にして藝能にはあらず、釋氏にして佛經を誦せずむば、孰かこれを僧とせむ、田夫にして耘耔を勤ずんば、孰かこれを農とせん、武人にして兵術を試みずむば、孰かこれを士とせむ、然るに近世の庸士、歌舞蹴鞠を翫びて常の事とし、鳥獸草木を愛して恆の行とし、武理のごきは談兵者に遜りて、いまだ曾て不志、兵藝のごきは長藝士に託して、いまだ曾て不習、いたづらに容貌のみ壯士のごく、心中女孺に劣れり、豈是を武家の倫といはんや、愧べきの甚しき所なり、學者よろしく此を躰認して、彼事行にならふ事なかれ、必しもつゝしむべし、
新字:一釈氏の仏経を誦し、田夫の耘耔を勤め、武人の兵術を試る類は、各其家業にして芸能にはあらず、釈氏にして仏経を誦せずむば、孰かこれを僧とせむ、田夫にして耘耔を勤ずんば、孰かこれを農とせん、武人にして兵術を試みずむば、孰かこれを士とせむ、然るに近世の庸士、歌舞蹴鞠を翫びて常の事とし、鳥獣草木を愛して恒の行とし、武理のごきは談兵者に遜りて、いまだ曽て不志、兵芸のごきは長芸士に託して、いまだ曽て不習、いたづらに容貌のみ壮士のごく、心中女孺に劣れり、豈是を武家の倫といはんや、愧べきの甚しき所なり、学者よろしく此を体認して、彼事行にならふ事なかれ、必しもつゝしむべし、
書き下し
一釋氏の佛經を誦し、田夫の耘耔を勤め、武人の兵術を試る類は、各其家業にして藝能にはあらず、釋氏にして佛經を誦せずむば、孰かこれを僧とせむ、田夫にして耘耔を勤ずんば、孰かこれを農とせん、武人にして兵術を試みずむば、孰かこれを士とせむ、然るに近世の庸士、歌舞蹴鞠を翫びて常の事とし、鳥獸草木を愛して恆の行とし、武理のごきは談兵者に遜りて、いまだ曾て不志、兵藝のごきは長藝士に託して、いまだ曾て不習、いたづらに容貌のみ壯士のごく、心中女孺に劣れり、豈是を武家の倫といはんや、愧べきの甚しき所なり、學者よろしく此を躰認して、彼事行にならふ事なかれ、必しもつゝしむべし、
現代語訳
僧が仏経を誦し、農夫が田を耕して草を除き、武人が兵術を試みるといった類は、それぞれの家業であって、余技の芸能ではありません。僧であって仏経を誦さなければ、誰がこれを僧とするでしょうか。農夫であって耕作に励まなければ、誰がこれを農とするでしょうか。武人であって兵術を試みなければ、誰がこれを士とするでしょうか。ところが近ごろの凡庸な士は、歌舞や蹴鞠を弄ぶことを常とし、鳥獣草木を愛することを恒の行いとし、武の理については兵を談じる者に譲って、まだ一度も志したことがなく、兵の芸については芸に長じた士に任せて、まだ一度も習ったことがありません。むなしく外見だけは壮士のようで、心中は女や子どもにも劣っています。これをどうして武家の仲間と言えましょうか。恥ずべきこと甚だしいものです。学者はこれをよく体認して、あのような行いに倣ってはなりません。必ず慎みなさい。
解説
この章句が説くこと
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