武藝訓抄録 / 兵法と武藝を学ぶ者の心得
兵法武藝を習心得有べし、たとへば兵法は躰本のごとく、藝は用末のごとし、將と卒との差あるべし、然るに其學習の本虚實精粗を識に有り、何によらず其人を最負し其藝に加擔する氣にては、虚實邪正見へざるものなり、私を捨て公をもつて善惡を別つべし、
新字:兵法武芸を習心得有べし、たとへば兵法は体本のごとく、芸は用末のごとし、将と卒との差あるべし、然るに其学習の本虚実精粗を識に有り、何によらず其人を最負し其芸に加担する気にては、虚実邪正見へざるものなり、私を捨て公をもつて善悪を別つべし、
書き下し
兵法武藝を習心得有べし、たとへば兵法は躰本のごとく、藝は用末のごとし、將と卒との差あるべし、然るに其學習の本虚實精粗を識に有り、何によらず其人を最負し其藝に加擔する氣にては、虚實邪正見へざるものなり、私を捨て公をもつて善惡を別つべし、
現代語訳
兵法や武藝を習うときの心得があります。たとえば兵法は身体の本のようなもので、藝は用(はたらき)の末のようなものです。将と卒ほどの違いがあるはずです。そうである以上、その学習の根本は、虚実や精粗を見分けることにあります。何によらず、その人を最上とみなし、その藝に肩入れする気持ちでは、虚実や邪正は見えなくなるものです。私心を捨て、公の立場で善悪を分けなさい。
解説
兵法は根本、武藝は末の働きであり、将と卒ほどの差があると説く章句です。学ぶ側が師や流派に肩入れすると、虚実や邪正が見えなくなるため、私心を捨てて公正に善悪を分けよと戒めています。現代の管理職にとっては、実績のある人物や好きな手法を無条件に信じ込まず、中身を自分の目で確かめる態度に通じます。研修や外部の知見を取り入れるときも、人への好意と内容の良し悪しを切り分けて評価することが、判断を誤らない第一歩になります。
この章句が説くこと
武芸訓抄録片島武矩兵法武芸虚実精粗
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