武藝訓抄録 / 叙・文武を兼ね備える道
文者載道之器。藝者脩業之法。聖人所以垂訓於萬世。而人倫日用不可闕者也。筑前之產武矩片島氏。夙有志。尋師求友以究文武之術。竊患。近世爲士者。頽喜脩業。而不察文武全可備之道。其專文事者。以訓詁詞藻而爲文。未嘗識六藝之爲文。勤武事者。亦惟知弓釼之爲兵。而却不知詩書之爲武。故有巧言說文者焉。有攘臂講武者焉。豈非缺歟。武矩嚮者作爲武士和訓。以示初學者。復補其不足。拾其遺。著六藝訓。其爲書也。會禮樂之突奧。立躬御書數之階梯。皆是聖賢之所以垂訓。而武矩之夙所志也。非啻使初學者得有所裨而已。儻爲士者。即是加省閱。以識不可闕之業。則所勤之節目皆至當。而何患文武之道不全備哉。
新字:文者載道之器。芸者脩業之法。聖人所以垂訓於万世。而人倫日用不可闕者也。筑前之産武矩片島氏。夙有志。尋師求友以究文武之術。窃患。近世為士者。頽喜脩業。而不察文武全可備之道。其専文事者。以訓詁詞藻而為文。未嘗識六芸之為文。勤武事者。亦惟知弓釼之為兵。而却不知詩書之為武。故有巧言説文者焉。有攘臂講武者焉。豈非欠歟。武矩嚮者作為武士和訓。以示初学者。復補其不足。拾其遺。著六芸訓。其為書也。会礼楽之突奥。立躬御書数之階梯。皆是聖賢之所以垂訓。而武矩之夙所志也。非啻使初学者得有所裨而已。儻為士者。即是加省閲。以識不可闕之業。則所勤之節目皆至当。而何患文武之道不全備哉。
書き下し
文は道を載するの器なり。藝は業を修むるの法なり。聖人の万世に訓を垂れる所以にして、人倫日用に欠くべからざる者なり。筑前の産、武矩片島氏、夙に志有り。師を尋ね友を求めて以て文武の術を究む。窃かに患う、近世士たる者、頽く業を修むるを喜び、文武全く備うべきの道を察せず。其の文事を専らにする者は、訓詁詞藻を以て文を為し、未だ嘗て六藝の文たるを識らず。武事に勤むる者も、亦惟だ弓釼の兵たるを知りて、却って詩書の武たるを知らず。故に巧言文を説く者有り、臂を攘げて武を講ずる者有り。豈に欠けたるに非ずや。武矩嚮に武士和訓を作為し、以て初学者に示す。復た其の不足を補い、其の遺を拾い、六藝訓を著す。其の書たるや、礼楽の奥を会し、立躬御書数の階梯なり。皆是れ聖賢の訓を垂るる所以にして、武矩の夙に志す所なり。啻に初学者をして裨有るを得しむるのみに非ず。儻し士たる者、即ち是れに省閲を加え、以て欠くべからざるの業を識らば、則ち勤むる所の節目皆至当にして、何ぞ文武の道の全備せざるを患えんや。
現代語訳
文は道を載せる器であり、藝は業を修めるための方法です。聖人が万世に教えを残した理由であり、人の道と日々の暮らしに欠かせないものです。筑前の出身である片島武矩氏は、早くから志があり、師や友を求めて文武の術を究めました。ひそかに憂えていたのは、近ごろの士が、業を修めることをすっかり喜ばなくなり、文武をともに備えるべき道を省みないことです。文事を専らにする者は、字句の注釈や言葉の飾りで文を作り、六藝が文であることを知りません。武事に励む者も、弓や剣が兵であることだけを知り、かえって詩書が武であることを知りません。そのため、口先巧みに文を説く者もいれば、腕まくりして武を論じる者もいます。これは欠けたことではないでしょうか。武矩は先に『武士和訓』を著して初学者に示し、さらにその不足を補い、漏れたものを拾って『六藝訓』を著しました。その書は、礼楽の奥深いところをまとめ、立躬・御・書・数の段階を示すものです。いずれも聖賢が教えを残した理由であり、武矩が早くから志したことです。初学者の助けになるだけではありません。もし士たる者がこれをよく読み、欠かせない業を知るならば、励むべき項目はみな至当となり、文武の道が完全に備わらないことを心配する必要はなくなるでしょう。
解説
この章句が説くこと
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