武学啓蒙 / 論・先覚に従い、時に応じて貴いものが変わる
人の藝能、おのづから得手、不得手、あれば、其ことの先覺に、從がひ、學ぶに、しくことなし、又千聞一見に、しかずと云なれば、老武者、もつとも、すてがたきわけあり、學の如き、書をよむに、あれども、人の資稟の賢愚、考索の精粗により、其書の、微旨微言を、窺ひ得ると、得ざるとあり、聰明智慧、一等高ければ、一等の、看破あり、たとへば、高きにある人の、遠きに及ぶが如し、初心の兒輩、徒に、足場ひさゝより、首を、のばし、目を、みはるとも、とゞかざること多し、故に、ものしり顏をやめ、長上、及び、明師に從ひ、道の指南を受るに、しくはなし、もちろん、道を、受るものは、王公も、貴を挾まず、其道を崇敬ありしこと、群籍に、いふものゝ如し、引ところの諺以下、皆道理あり、木を伐るには、斧、衣を縫には、針、中流にして、舟を失へば、一瓠も千金、瓠は、もとより貴きには、あらず、たゞ此時に、あたりて、天下、瓠より外、たつとき、ものなし、戰場に、くみしきて後、やり、なぎなたは、用をなさず、此時に、あたりては、天下、九寸五分の短刀より、貴きものなし、時により、所による帝、よろづに、類推すべし、此もまた、人に上たるもの、知らずんば、あるべからざるの、一義なり、
新字:人の芸能、おのづから得手、不得手、あれば、其ことの先覚に、従がひ、学ぶに、しくことなし、又千聞一見に、しかずと云なれば、老武者、もつとも、すてがたきわけあり、学の如き、書をよむに、あれども、人の資稟の賢愚、考索の精粗により、其書の、微旨微言を、窺ひ得ると、得ざるとあり、聰明智慧、一等高ければ、一等の、看破あり、たとへば、高きにある人の、遠きに及ぶが如し、初心の児輩、徒に、足場ひさゝより、首を、のばし、目を、みはるとも、とゞかざること多し、故に、ものしり顔をやめ、長上、及び、明師に従ひ、道の指南を受るに、しくはなし、もちろん、道を、受るものは、王公も、貴を挟まず、其道を崇敬ありしこと、群籍に、いふものゝ如し、引ところの諺以下、皆道理あり、木を伐るには、斧、衣を縫には、針、中流にして、舟を失へば、一瓠も千金、瓠は、もとより貴きには、あらず、たゞ此時に、あたりて、天下、瓠より外、たつとき、ものなし、戦場に、くみしきて後、やり、なぎなたは、用をなさず、此時に、あたりては、天下、九寸五分の短刀より、貴きものなし、時により、所による帝、よろづに、類推すべし、此もまた、人に上たるもの、知らずんば、あるべからざるの、一義なり、
書き下し
人の藝能、おのづから得手、不得手、あれば、其ことの先覺に、從がひ、學ぶに、しくことなし、又千聞一見に、しかずと云なれば、老武者、もつとも、すてがたきわけあり、學の如き、書をよむに、あれども、人の資稟の賢愚、考索の精粗により、其書の、微旨微言を、窺ひ得ると、得ざるとあり、聰明智慧、一等高ければ、一等の、看破あり、たとへば、高きにある人の、遠きに及ぶが如し、初心の兒輩、徒に、足場ひさゝより、首を、のばし、目を、みはるとも、とゞかざること多し、故に、ものしり顏をやめ、長上、及び、明師に從ひ、道の指南を受るに、しくはなし、もちろん、道を、受るものは、王公も、貴を挾まず、其道を崇敬ありしこと、群籍に、いふものゝ如し、引ところの諺以下、皆道理あり、木を伐るには、斧、衣を縫には、針、中流にして、舟を失へば、一瓠も千金、瓠は、もとより貴きには、あらず、たゞ此時に、あたりて、天下、瓠より外、たつとき、ものなし、戰場に、くみしきて後、やり、なぎなたは、用をなさず、此時に、あたりては、天下、九寸五分の短刀より、貴きものなし、時により、所による帝、よろづに、類推すべし、此もまた、人に上たるもの、知らずんば、あるべからざるの、一義なり、
現代語訳
人の芸能には自然と得手・不得手があるので、そのことの先覚(先に悟った人)に従って学ぶのにまさることはありません。また「千聞は一見にしかず」と言いますから、老練な武者の話はとりわけ捨てがたいわけがあります。学問のようなものは書を読むことにありますが、人の資質の賢愚や、考え調べる精粗によって、その書の微かな趣旨や言葉を窺い得る者と、得ない者とがあります。聡明・智慧が一段高ければ一段上の見抜きがあります。たとえば、高い所にいる人が遠くまで見渡せるようなものです。初心の子らがむなしく踏み台の低いところから首を伸ばし目を見張っても、届かないことが多いのです。ですから、物知り顔をやめ、長上および明師に従って道の指南を受けるにこしたことはありません。もちろん、道を受ける者は、王や公であっても貴い身分を鼻にかけず、その道を崇め敬ったことが、多くの書物に述べられているとおりです。引いたことわざ以下は、みな道理があります。木を伐るには斧、衣を縫うには針、川の中ほどで舟を失えば、一つの瓢も千金です。瓢はもとより貴いものではありませんが、ただその時に当たっては、天下に瓢より貴いものはありません。戦場で組み敷いた後は、槍や薙刀は用をなしません。この時に当たっては、天下に九寸五分の短刀より貴いものはありません。時により所によることを、万事に類推すべきです。これもまた、人の上に立つ者が知らなければならない一つの義です。
解説

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本の中身を見るこの章句が説くこと
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『武学啓蒙』・論・師に学ぶ礼を尽くし、謙虚に教えを受ける○凡そ子弟の業、己が博物顏を、やめて、長の人に、したがひ、學び得たる道の、奧義をも、受、且は、其人の親みたる、往事なども、きゝ、たゞし、場を、經て、心得たる義等、習ひ得ること、肝要なり、是も、長上は、いふに及ばず、其道に、かしこき人に、よりて、其ことを、受るは、崇敬の心、うすくしては、學び得がたかるべし、凡そ物、彼にあるを、とりて、此方の、德とするならば、通例も、其禮義あり、さらば、彼乙の道を、授かりて、我の德とするの禮義、もつとも大せつなること、知るべし、昔より、一天の主たりとも、道を學ぶと云は、わけて敬禮ありしとぞ、まして、是より、下の、下なるものにては、其心得あるべきことなり、諺に云、錦のうつくしきも、夏月は、葛衣の、いやしきに、しかずと、各々時處に、よりての、貴きことあればなり、何ぞ、かたくなに、錦の美きに、ほこり、汗を、ながすを、よしとせん、世界のこと、此場合を、よく會得せば、己れの、はたらきも、人を、つかふも、貴き身の、いやしさに、くだるも、きわめて、わかり、やすきこと、あるべし、
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『武学啓蒙』・論・明師につき礼法と故実を学ぶ○凡そ、武士たらんものは、幼年より、先一願をたて、何とぞ明師につき、和漢の軍法、武功の大路を、曉得し、もし萬一のことあらば、己れ一手の、裁配をも、握かねざらんものと、心がくる、是其第一義なり、されば、世の諺にも、虎を畫むと學びて、漸く猫に類すると云ことあり、大にせんと、心がけても、物たらず、事廣からざるは、もの學びするの常なり、大抵、貴さに、侍坐するより、物のうけとり、わたしの法など、諸流の、禮家と云ものによりて、きゝ置べし、是も高きにのぼる、卑きよりする、道なりとぞ、所謂、太刀、折紙より、坐作進退言語應對の道理、顏色をとゝのへ、容體を正し、辭命の順序を習ひ、送迎の上下を、わきまへ、くに 家の先規、故實の彼是に、わたり、飲食宴享、當用の、しつけがたども、心に守り、身に行ふの法度を、よく會得し、弓馬の式法、器物の制品、つれに、つきたる故實、狩場の法より、軍配の禮義に、いたるまで、皆其人に問ひ學びて、すじ〱を、わきまへ置べし、
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『武学啓蒙』・論・分別を増す学びと、身の程の見極め○凡そ花には、色香あるを賞し、武士は、分別多きを賞すべし、たゞ花に、色香を、ますの術あることを、きかず、幸ひ武士の分別を、ますに、道あり、學文、諸藝を習ふ是なり、此道を、學びても、何の、わきまへもなく、物事、ふけつだんにして、氣象とかくに、おくびやうけの、はなれがたきは、武士の家にては、是非もなき、生得の不具人と、云ものなり、如此の子孫ありとも、血脈斷絶に、ちかく、治にも、亂にも、用ひ所なき、わけにて、なげくも、猶あまりあることとなり、やむことを得ずんば、親の慈悲に、智慮、方便のくはしき、明師を、ゑらびて、敎訓、手をつくし、ため直し、みるべし、是にても、やはり、蒙昧あらためがたきは、士の業を、やむるに、しくはなし、器量に、すぎたる職に、あるは、ふかくをとり、わざわひを、ひきだす基なればなり、父師たるもの、知んずんば、あるべからず、案ずるに、楚語に、敎そなわりて、從ざるものは、非人なり、其興るべけんやと、適に、上條と、同談なり、只武士は、分別多きを賞すべしとは、いかゞなる云やうなれども、又子細ある詞にや、なるほど、農夫の、種を、おろし、くさぎり、かりいれ、大抵、里中一同、工の、すみ、かね、商の、一わり、二わりなど、各々、差略、むつかしからず、智慮分別、大ならずとも、そこ〱、怠らずんば、世は、わたるべし、唯士の業は、彼三民の、上にたち、天下國家と云ふ、天職の末にも、興れば、實に、操節正しくして、古今の事變に、達せる、經濟の學よりする、分別機轉にあらざれば、其用に、たちがたし、苟己れを行ふも、農工商の具贍なしと、云がたく、出て使する、一言とても、事によりての大事、君上に、かゝるあればなり、さらば、士の子弟、如癡如醉なるは、すてものと云も、誣たりとせず、
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『武学啓蒙』・論・弓馬砲術と文字・数学の心得最も後に、本邦、神代相承の故實より、比岐女の類、確然拔べからざる、明法を受て、始て雲霧をひらき、靑天日月をみる心地せり、其譜を閲するに、鎌倉右大將家も、此ひきめを、授かり玉ひし列なり、鳴呼上古の大道、久く人間に隱晦せしも、盛哉昇平の德、また世に明ならんとす、萬物の復古、思ひ合すること多し、有志の士、國故の、ぎんみあるは、忠孝の道にして、本を忘れざる禮とも云べし、さて、射術品類多し、但今の人謂ふ砲術あれば、他を、またずと、是は、全く場所を知ざる論なり、たとひ何の器、備とも火矢遠矢、さしや術は、すてがたし、わけて、さしや、がゝりと云こと、きはめて、要用の伎なり、必、心を用べし、御また精しく、せずんば、あるべからず、尚古來目部あり、方今の令條にも、弓馬は、武士の樞要、きつと習熟すべきの旨あり、書は學ぶに、たらずなど云ことあれども、もと道をのせ、志を通達する器なれば、後世入木家の説は、ともかくも、ひたすら、文字を知り、筆記に、うとからざるやうにすべし、數學、緊要具と云べし、平立の法までは、必幼年の内、大略を、わきまふべし、是より以往、武備の品々には、たとひ、後の代、邊鄙下賤に出たりとも、其用、あるものは識者に、たより、多くきゝ、廣く學び、例の集成を、なすべし、砲術、諸火器の類、是なり、もつとも、釼槍の、身に帶び、手に握るの常の具、細矛、寶釼の故、あらずとも、釼術、鎗とりの術より、拔刀法、柔術、拳術、いづれも、其手練なくしては、武士と云がたき道理、よくがてんすべし、或曰、子、五藝をいひ、樂に及ばざる、いかんと、予が曰く、上古の大聖、子羽のことあれば、武備に、云べけれども、孔子の玉ふ、樂の、樂たるは、鐘鼓を、いふばかりには、あらずと、何分、容易の論たらず、武門子弟のために、迂なゝ、今、本條與からざるを、幸とし、こゝに、これを、はぶけるなり、
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『武学啓蒙』・附・士家心得・備えを怠るな:雨が降ってから傘を求める愚一人數つもり、町見見切の習ひ、幷に、小屋つもり、諸材木、雨具、防火具等のこと、一地理、地圖につき、土圖分寸の習ひ、高下かんべんし、幷に諸具のこと、一勝場禮、首途、勝鬨、雄詰、噴讓、凱陣等に、つき、諸作法のこと、一城壘、及び諸備の名目、幷に、勝場古法例、心得のこと、右論ずる所、父師に得たるあり、また臆見あり、今子弟のために、其要を擧ぐ、千分の一に、たらず、續て、思ひ出すを待て、再論せん、夫雨ふりて、傘あつらへんとし、渴して、井をほらんとし、盜とらへて、繩なわんとするは、恥しらぬ、うつけものなりと、貴き訓あり、何さま、此義を、よく、のみこまば、富强、皆いたすべし、大凡、此によりて、啓發し、志を煉ること、專一ならば、智慮日々に大にして、武士道の成就、疑なし、諺に、上工は、好からと、好ときは、寐ても、忘れず、於是に、物の類し聚る、神の手傳ほどなることあり、善惡、皆しからざることなし、世に、公務暇なしなど、云ながらも、逸樂を事とし、今は、人なしと、材能を、なひがしろにし、我より、求め、なすの志なきは、彼、うつけの類と、いましむべし、右跋文、一章、條々、詳說の後に、あり、今目次を、あぐる、つひでに、其ふるき、かたちを、存せりと云、男之靖又識
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『武学啓蒙』・論・常の心がけと不意への備え○凡そ、士たるものは、軍學は、もちろん、何ごとも、今、入用なしとて、打棄べからず、萬一かゝることも、あらばなど、夏の葛衣一つにて、足ぬれど、冬の綿續の、用心ある如く、思慮を、めぐらし、かね〱不意を防ぐ心あるべし、もし、わきまへがたきことあらば、師にも質し、同志朋友にも、相談して、是を、せんさくすべし、是皆、おくれをとらざらんとの、わけなり、世の中は、禍福ともに、思ひがけなき、寢耳に、水の入たるやうのことなしとも、云がたし、とかく、常の心がけにて、一人千騎に、あたるはたらきもあり、又一生の恪勤も、一度に滅却するもあり、さてこそ、其心の用ひやうは、人々、知ることなれども、まづ朝夕閑暇なる時も、なんどき君の命召あらんもと、省み、夜行は、云に及ばず、すべて無益の遊行を、戒め、太刀、鎗、弓馬、砲術の、けいこ、怠らず、休める時は、手に書記を、とるやうにし、ものごとに、厚く深く、志ざすべし、かく、ゆだんなければ、氣性、ほかにゆかずして、不善の念、發動せず、身體も、輕便になること、疑なし、昔より云、人の智慧と、人の筋骨とは、つかふに、したがひ、其妙の出ること、頻に汲る井の水の、いよ〱美が如しとぞ、次に、得道具、馬物の具の、置所、艸鞋、足牛、長手拭、細引、ためしなわ、用囊等の、雜具に、いたるまで、乘てより、氣をくばり察し、手にとり、足にて、とぶのみにはあらず、早業と云道あることを、忘るべからず、近くは、妻子、眷屬、譜第のものより、左右周旋のともがらまで、それ〱の法にて、よく勘辨し、出ては、かりそめ、門の出入より、塀際、山沿、川邊、道すぢの大小、迂曲など、眼の及ぶだけ、萬に心の備をなし、盜賊、又火の急なる時も、猥狽ざるやうに、心がくる、是もまた、つねの、かくごと、知べし、