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武学啓蒙 / 論・三世相恩の主君に誠を尽くす

○凡そ武門に生れては、幼年より、きはめて、知るべき一條あり、三世相恩といふ義、是なり、げに、かゝる人心、定めにくき浮世の中にて、世を累ね、たがひに、深き恩義を結ぶは、ひとかたならぬ、宿緣なり、さらば君のため、危きに、かわり、忠死する如きは、云に及ばず、常々にも、君の、かけたることは補ひ、君の心得ちがひは、諫め、いかにも、明君と、隣國、他國にも、よばせ奉るやう、晝夜に心を、つくすべし、たとひ、わが働きありて、恩賞うすしとて、ゆめ〱怨むる心あるべからず、たとひ、我諫ること用ひられずとて、毛頭いかる心あるべからず、只己の、行とゞかざるかと、考索し、時節をはかり、場合を知りて後、再び顔を犯し、死を以て、諫めんとするに及ぶとも、實々、底意の、敬禮を盡すより、出すべし、已に如此の誠忠の心なれども、萬一不幸にして、時の、ふりあひ、餘義なく、他國することゝなり、他の恩寵ありとも、二君に仕ふるは、武士の本意なき筋と、心に記し、たとひ、冥加により、富貴なりとも、けつして、得たり顔などせざるは勿論、いかやうのことにも、舊主君の惡き沙汰、くちより出すを、未煉とするなり、是もまた譜第相傳の士の、人しらぬ内心にて、多年の恩義に、報ゆる法なり、次には、一日の主たりとも、つとめに、聊か、かげ、ひなたの、二心に似ることあらば、弓箭靈への、おそれ思ふべし、大抵武士の道、おのが、かつてづく、私といふ黑き心を、とんと、たちさるにあらざれば、奉公と、いひがたき場なりと、神かけて、眞實に、よくがてんすべし、

新字:○凡そ武門に生れては、幼年より、きはめて、知るべき一条あり、三世相恩といふ義、是なり、げに、かゝる人心、定めにくき浮世の中にて、世を累ね、たがひに、深き恩義を結ぶは、ひとかたならぬ、宿縁なり、さらば君のため、危きに、かわり、忠死する如きは、云に及ばず、常々にも、君の、かけたることは補ひ、君の心得ちがひは、諫め、いかにも、明君と、隣国、他国にも、よばせ奉るやう、昼夜に心を、つくすべし、たとひ、わが働きありて、恩賞うすしとて、ゆめ〱怨むる心あるべからず、たとひ、我諫ること用ひられずとて、毛頭いかる心あるべからず、只己の、行とゞかざるかと、考索し、時節をはかり、場合を知りて後、再び顔を犯し、死を以て、諫めんとするに及ぶとも、実々、底意の、敬礼を尽すより、出すべし、已に如此の誠忠の心なれども、万一不幸にして、時の、ふりあひ、余義なく、他国することゝなり、他の恩寵ありとも、二君に仕ふるは、武士の本意なき筋と、心に記し、たとひ、冥加により、富貴なりとも、けつして、得たり顔などせざるは勿論、いかやうのことにも、旧主君の悪き沙汰、くちより出すを、未煉とするなり、是もまた譜第相伝の士の、人しらぬ内心にて、多年の恩義に、報ゆる法なり、次には、一日の主たりとも、つとめに、聊か、かげ、ひなたの、二心に似ることあらば、弓箭霊への、おそれ思ふべし、大抵武士の道、おのが、かつてづく、私といふ黒き心を、とんと、たちさるにあらざれば、奉公と、いひがたき場なりと、神かけて、真実に、よくがてんすべし、

書き下し

○凡そ武門に生れては、幼年より、きはめて、知るべき一條あり、三世相恩といふ義、是なり、げに、かゝる人心、定めにくき浮世の中にて、世を累ね、たがひに、深き恩義を結ぶは、ひとかたならぬ、宿緣なり、さらば君のため、危きに、かわり、忠死する如きは、云に及ばず、常々にも、君の、かけたることは補ひ、君の心得ちがひは、諫め、いかにも、明君と、隣國、他國にも、よばせ奉るやう、晝夜に心を、つくすべし、たとひ、わが働きありて、恩賞うすしとて、ゆめ〱怨むる心あるべからず、たとひ、我諫ること用ひられずとて、毛頭いかる心あるべからず、只己の、行とゞかざるかと、考索し、時節をはかり、場合を知りて後、再び顔を犯し、死を以て、諫めんとするに及ぶとも、實々、底意の、敬禮を盡すより、出すべし、已に如此の誠忠の心なれども、萬一不幸にして、時の、ふりあひ、餘義なく、他國することゝなり、他の恩寵ありとも、二君に仕ふるは、武士の本意なき筋と、心に記し、たとひ、冥加により、富貴なりとも、けつして、得たり顔などせざるは勿論、いかやうのことにも、舊主君の惡き沙汰、くちより出すを、未煉とするなり、是もまた譜第相傳の士の、人しらぬ内心にて、多年の恩義に、報ゆる法なり、次には、一日の主たりとも、つとめに、聊か、かげ、ひなたの、二心に似ることあらば、弓箭靈への、おそれ思ふべし、大抵武士の道、おのが、かつてづく、私といふ黑き心を、とんと、たちさるにあらざれば、奉公と、いひがたき場なりと、神かけて、眞實に、よくがてんすべし、

現代語訳

およそ武門に生まれたからには、幼年から必ず知っておくべき一条があります。三世相恩という義がこれです。まことに、人の心が定めにくいこの浮世の中で、代を重ねてたがいに深い恩義を結ぶのは、並々でない宿縁です。それならば、君のために危うきに代わり忠義の死を遂げるようなことは言うまでもなく、日ごろも、君に欠けたところは補い、君の心得違いは諫め、なんとか明君と隣国や他国にも呼ばれるよう、昼夜に心を尽くすべきです。たとえ自分に働きがあって恩賞が薄くとも、決して怨む心があってはなりません。たとえ自分の諫めが用いられなくても、少しも怒る心があってはなりません。ただ自分の行いが行き届かないのかと考えめぐらし、時節をはかり、場合を知ったのち、再び君の顔色に逆らって、死をもって諫めるまでに及ぶとしても、真実に、心の底からの敬礼を尽くすところから出すべきです。すでにこのような誠忠の心でありながら、万一不幸にして、時の巡り合わせにより余儀なく他国へ移ることとなり、他国で恩寵を受けたとしても、二君に仕えるのは武士の本意でないことと心に記し、たとえ幸運で富貴になっても、決して得意顔をしないのはもちろん、どんなことにも旧主君の悪い噂を口から出すのは未熟と見なします。これもまた、代々相伝の家臣が人知れず内心に持つ、多年の恩義に報いる方法です。次に、たとえ一日の主君であっても、勤めにわずかでも陰日向の二心に似ることがあれば、弓箭の霊に畏れを思いなさい。おおよそ武士の道は、自分勝手という私の黒い心をすっかり断ち去らなければ、奉公とは言いがたい場であると、神に誓って、真実によく合点しなさい。

解説

三世相恩とは、代々重ねた恩義を指す言葉で、主君を補い、誤りは諫め、評価や諫言が通らなくても恨まないことが説かれます。諫める際も、まず自分の行き届かなさを省み、時節と場を見て、底意に敬意を持って行うべきとします。去った後も旧主の悪口を言わない点は、現代の転職や退職の場面にも通じます。管理職は、評価や提案が通らなくても感情的にならず、伝え方とタイミングを工夫すること、組織を離れても古巣を悪く言わない姿勢が、信頼を長く保つ土台となります。
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人生を、一行の式にしてみた。

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この章句が説くこと

『武学啓蒙』力丸東山三世相恩諫言恩義私心

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