武道初心集 / 譜牒
奉公を勤る武士。古參の義は申すに及ばず。たとひ昨今の新參者たり共。主君の御家の起り。御先祖御代々の義。或は御親類御縁者方の御つゞきは申すに及ばず。家中においても。世間の人にも知られたる。名高き傍輩の噂などをば。古老の者に問尋ねて。覺悟致し罷在義尤に候。子細を申に。他家の者に參會談話の刻。我が主人の家の義を尋に逢ひ。それも存ぜず。是をも不承と申ては。大躰よき奉公人と見ゆる者も。是が爲に手淺く思ひなさるゝものにて候。初心の武士心得のため仍如件。
新字:奉公を勤る武士。古参の義は申すに及ばず。たとひ昨今の新参者たり共。主君の御家の起り。御先祖御代々の義。或は御親類御縁者方の御つゞきは申すに及ばず。家中においても。世間の人にも知られたる。名高き傍輩の噂などをば。古老の者に問尋ねて。覚悟致し罷在義尤に候。子細を申に。他家の者に参会談話の刻。我が主人の家の義を尋に逢ひ。それも存ぜず。是をも不承と申ては。大体よき奉公人と見ゆる者も。是が為に手浅く思ひなさるゝものにて候。初心の武士心得のため仍如件。
書き下し
奉公を勤る武士。古參の義は申すに及ばず。たとひ昨今の新參者たり共。主君の御家の起り。御先祖御代々の義。或は御親類御縁者方の御つゞきは申すに及ばず。家中においても。世間の人にも知られたる。名高き傍輩の噂などをば。古老の者に問尋ねて。覺悟致し罷在義尤に候。子細を申に。他家の者に參會談話の刻。我が主人の家の義を尋に逢ひ。それも存ぜず。是をも不承と申ては。大躰よき奉公人と見ゆる者も。是が爲に手淺く思ひなさるゝものにて候。初心の武士心得のため仍如件。
現代語訳
奉公を勤める武士は、古参の者はいうまでもなく、たとえ最近の新参者であっても、主君の御家の起こり、御先祖代々のこと、あるいは御親類や御縁者方のつながりはいうまでもなく、家中においても世間の人にも知られた名高い同僚の噂などを、古老の者に尋ねて、承知しておくのがもっともです。そのわけを申しますと、他家の者と会って話をする折に、自分の主人の家のことを尋ねられて、それも知らず、これも聞いていないと答えては、おおむねよい奉公人に見える者でも、このために軽く見られるものだからです。初心の武士の心得のために、以上のとおりである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『武道初心集』陪從奉公を仕る武士。主君御旅行の御供を致し。泊りへ着候に於ては。其所の者をかたらひ。近所に見ゆる。山林寺宮などを目當にして。東西を問尋ね御本陣より何方に當りて。いか樣の廣き塲所有之。道筋は箇樣とまでをも。日の暮前に何となく見分致し。篤と心得罷在義肝要に候。子細は。夜中急火などの節。主君俄に御立退被成刻。御先に立て。御案内可申上が爲に候。扨又其身歩行にて御供を勤る節は。上り坂にては御先に立。下り坂にては御跡に立心得などは。尤輕き事ながらも。奉公の一つに候。右の如くの義を以て。手懸りと致し思案をめぐらし。迚も奉公を仕る身と罷成からは何がな一奉公もがなと。朝暮油斷なく心掛勵み候は。武士の本意に候。初心の武士心得のため仍如件。
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『武道初心集』戒背語主君を持奉公仕る武士は。諸傍輩の身の上の惡事を見聞ても。陰噂を仕間敷と。常々たしなみ肝要に候。如何となれば。我が身とても我知らず。いか樣の致し損じ心得違ひ。有るべきも計られず。其上總じて家老年寄をはじめ諸役人の義は。主君の御目がねを以て。仰付らるゝ事にて候へば。其面々の義を惡しく申す時は。主君を謗り申すも同然の義に候。又何ぞに付。其人を頼まずして叶はざる用事ある時は。機嫌を見合せ。手を束ね。膝を屈め。偏に頼み入存ずるなどゝも。いはねばならぬ事も有るまじきに非ず候。只今までは陰うしろに於て。誹り嘲りたる口を噤めて。如何に用があればとて。武士たる者の口より。申出されたる口上にては無之候。初心の武士心得のため仍如件。
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『武道初心集』名譽武士たらんものは。常に古き記錄を披見致して。其身の覺悟を相極め尤に候。子細を申すに。世の人のもてはやし候。甲陽軍鑑。信長記。大閤記など申す書の中に。合戰の次第を記し置候にも。名譽の働を遂たる輩の義は。誰がし何某と其姓名を顯はし。此外討死都合何千何百と相記し有之候。右何千何百と申す人數の內には。大身の士いか程も可有之候へ共。させる働も無之を以て。其名を書記すに及ばず候。小身にても。勝れたる武邊有之武士ばかりは擇拔て。姓名を書顯はしたる物にて候。右姓名も殘らぬ程の討死を致すも。又末世末代まで譽れを殘す討死を遂るも。敵に首を渡す時の苦痛に替りとては無之道理に候。爰を能々分別致し。逆も捨る身命ならば。諸手に勝れたる働を仕り討死を遂。敵味方の耳目を驚かし。主君大將の御惜みにも預り。子孫永々の面目にも備へむと心懸るこそ。武士の本意にて候。然るに意地きたなくして。懸る時は人の後。退く時は人の先とばかり心を働かせ。或は敵城を攻る砌も。矢玉の劇しき所にては。傍輩を楯につき。其陰にかゞみ居り。遁れぬ運の矢には中りて伏倒れ。剩さへ味方の踏草にまで成りて。犬死を仕り。大切の身命を失ひ候は。無念の至り。口惜き次第にて。武士の不覺此上有るべからず候。此旨能々思量致し。朝思暮練の工夫あるべき事に候。初心の武士心得のため仍如件。
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『武道初心集』頭支配番頭支配頭の下に付て。奉公勤る小身の武士。我が頭たる面々の心入。又は組あたりの善惡の義は。其身に引受。能合點致し罷在るに付。我々など若も武士の冥理に叶ひ立身を遂げて。組をも預る仕合にも罷成に於ては。組下の面々を。形の如く勞はり懷けて。主君の御用に相立べし。勿論依怙最屓などは。毛頭も仕るまじき物をと。人々存ずる物に候。然れども其身段々立身致して。番頭支配頭になり上り候へば。前方の心入とは相違致すものにて候。織田家の佐久間。羽柴家の魚住など申す輩。小身の時は。隨分の好武士に候ひしが。大身と成て後。分別相違致して。主君の見かぎりを蒙り。身上亡び候。是等よき先證と存候。初心の武士心得のため仍如件。
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『武道初心集』出家士(二)いまだ年若き者も妻子を持ち。朝寢晝寢を業と致し。士の常法たる。兵法をさへ學び務めず候からは。ましてや手遠なる。軍法戰法の事は。思ひがけもなくて。一日ぬらりに年月を送る內に。そろ〳〵髭白毛も生ひ出。額口も禿上りて。何樣尤らしき年齡に見ゆるを以て。役ぬけの撰擧に預り。譬へば使番などになり候ても。早當座から行あたり。同役仲間の介抱を以て。何とか相勤め罷在內に。常に無之遠國使など有之時は。俄に胸をつき。旅行の支度にとりまぜて。先輩の口傳を受け。古來の控覺書など借用して。漸々と其塲を勤め候は。幸にして免れたると申すものにて。本道の事とは申されず候。子細を申に。武家の諸役儀大形定り有ものなれば。其身無役の內。連々心にかけ。役義馴れたる功者に參會の序毎には。無益の雜談を相止め。向後の心付にも可罷成と。思ひ寄たる事共をば。幾度も問尋ねて。委細に聞覺え。或は古き控覺書。繪圖等までも借りあつめ寫し置き。勤方の大筋を呑込候得ば。何時何役に成り候ても。務り易き道理に候。其上先輩同役に便りて事を習ひ。介抱に預りて事を濟すも。常式の時の儀に候。萬一世の變に至り候ては。人の介抱引廻しに預る事はならざる事に候間。善くも惡くも我獨分別にて。埒を明るより外は無之候。
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『武道初心集』謹慎主君の御定紋の付たる御小袖。又は上下など拜領致し候ものは。御紋付の小袖を着用の時は。自分の紋付の上下を着し。御紋付の上下を着し候はゞ。小袖は定めて自分の紋付を着し候心得尤に候。然るに小袖も上下も一様に。御紋付を着し候ては。主君の御親類方に均しき樣子なれば。主君へ對し奉り慮外に候。右拜領の小袖上下。克く成て着用ならぬ時は。御紋所は切拔て燒捨可申候。御紋を汚すまじとの愼しみに候。扨又近所に罷在傍輩の中に。重き病人。又は憂事など有之においては。たとひ其者と心易からぬ挨拶たり共。高笑音曲等堅く相愼しみ。妻子召使などへも其段急度可申付事に候。其者のおもはくばかりにも無之。不遠慮もの不作法者と諸傍輩の下墨を懸ての愼しみに候。初心の武士心得のため仍如件。
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