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武道初心集 / 戒背語

主君を持奉公仕る武士は。諸傍輩の身の上の惡事を見聞ても。陰噂を仕間敷と。常々たしなみ肝要に候。如何となれば。我が身とても我知らず。いか樣の致し損じ心得違ひ。有るべきも計られず。其上總じて家老年寄をはじめ諸役人の義は。主君の御目がねを以て。仰付らるゝ事にて候へば。其面々の義を惡しく申す時は。主君を謗り申すも同然の義に候。又何ぞに付。其人を頼まずして叶はざる用事ある時は。機嫌を見合せ。手を束ね。膝を屈め。偏に頼み入存ずるなどゝも。いはねばならぬ事も有るまじきに非ず候。只今までは陰うしろに於て。誹り嘲りたる口を噤めて。如何に用があればとて。武士たる者の口より。申出されたる口上にては無之候。初心の武士心得のため仍如件。

新字:主君を持奉公仕る武士は。諸傍輩の身の上の悪事を見聞ても。陰噂を仕間敷と。常々たしなみ肝要に候。如何となれば。我が身とても我知らず。いか様の致し損じ心得違ひ。有るべきも計られず。其上総じて家老年寄をはじめ諸役人の義は。主君の御目がねを以て。仰付らるゝ事にて候へば。其面々の義を悪しく申す時は。主君を謗り申すも同然の義に候。又何ぞに付。其人を頼まずして叶はざる用事ある時は。機嫌を見合せ。手を束ね。膝を屈め。偏に頼み入存ずるなどゝも。いはねばならぬ事も有るまじきに非ず候。只今までは陰うしろに於て。誹り嘲りたる口を噤めて。如何に用があればとて。武士たる者の口より。申出されたる口上にては無之候。初心の武士心得のため仍如件。

書き下し

主君を持奉公仕る武士は。諸傍輩の身の上の惡事を見聞ても。陰噂を仕間敷と。常々たしなみ肝要に候。如何となれば。我が身とても我知らず。いか樣の致し損じ心得違ひ。有るべきも計られず。其上總じて家老年寄をはじめ諸役人の義は。主君の御目がねを以て。仰付らるゝ事にて候へば。其面々の義を惡しく申す時は。主君を謗り申すも同然の義に候。又何ぞに付。其人を頼まずして叶はざる用事ある時は。機嫌を見合せ。手を束ね。膝を屈め。偏に頼み入存ずるなどゝも。いはねばならぬ事も有るまじきに非ず候。只今までは陰うしろに於て。誹り嘲りたる口を噤めて。如何に用があればとて。武士たる者の口より。申出されたる口上にては無之候。初心の武士心得のため仍如件。

現代語訳

主君を持って奉公する武士は、同僚たちの身の上の悪事を見聞きしても、陰で噂をするまいと、常日頃たしなむことが肝要です。なぜなら、わが身とても、知らないうちにどんな失敗や心得違いをするか、はかり知れないからです。そのうえ総じて、家老・年寄をはじめ諸役人は、主君のお眼鏡によって仰せつけられた者ですから、その人々のことを悪く言うのは、主君を謗るのも同じことです。また、何かのことでその人を頼まなければならない用事があるときは、機嫌を見はからい、手を束ね、膝を屈めて、ひとえにお頼み申しますなどとも、言わなければならないことがないとは限りません。ついこのあいだまで陰で誹り嘲っていた口を閉ざして、どんなに用があるからといって、武士たる者の口から言い出すような口上ではありません。初心の武士の心得のために、以上のとおりです。

解説

同僚の悪事を見聞きしても陰で噂をしてはならない、という戒めです。理由は二つあります。一つは、自分自身もいつ失敗や心得違いをするか分からないこと。もう一つは、家老や諸役人は主君が見込んで任じた者であり、彼らを悪く言うことは主君の人選を謗るのと同じだということです。さらに友山は現実的な不利益を示します。いつか頼み事をしなければならない相手を、これまで陰で嘲っていたのでは、頭を下げるときにどの口で言うのかという話になります。社内の陰口は、いずれその相手の協力が要る場面で自分に返ってきます。批判すべきことは本人や正規の場で述べ、陰では言わない。その習慣が信用の土台になるという実務的な教えです。

この章句が説くこと

戒背語陰口噂信用主君武道初心集

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