武道初心集 / 武役一
總じて武士の役義と申すは。陣普請兩役に候。天下戰國の時は。明ても暮ても爰の陣彼所の軍とて。一日たりとも武士としては。身を安く置事は不罷成候。陣とさへ申せば。普請は附合にて。爰の要害。彼所の堀切扱は取手陣城付城など申て。晝夜にかぎらぬ急ぎの普請に。上下の骨折辛勞は淺からざる義に候。治世に於ては。陣といふ事なければ。それに從て普請とても無之候。去るに依て。武將の下。大小の士に。番役供役使役等。其外役々を定められ。諸人只居役の勤をさせて指置被成候を。是が武士の役義ぞと心得。肝要の役義たる。陣普請の兩役の義をば曉の夢にも思ひ出さず。たまさかにも公義御普請の御手傳。主君へ仰付られ。其物入多さを以て。家中の士へ割合になり。少しづゝ出金有之時は。何ぞ出すまじき物を出すがごとく。悔みつぶやき候は。畢竟武士の役義に於ての肝要は。陣普請といふを。存じ辨へざるより起る事に候。扱常式の番役供役使役の義も。我が當り前の本番を勤るをさへ。大きなる難義と心得。させる病氣と申にても無之にも。病氣斷りを申立て。同役相番へ助を頼み。人に苦勞を懸るをば何共存ぜず。或は旅がけの使には。路銀の物入。
新字:総じて武士の役義と申すは。陣普請両役に候。天下戦国の時は。明ても暮ても爰の陣彼所の軍とて。一日たりとも武士としては。身を安く置事は不罷成候。陣とさへ申せば。普請は附合にて。爰の要害。彼所の堀切扱は取手陣城付城など申て。昼夜にかぎらぬ急ぎの普請に。上下の骨折辛労は浅からざる義に候。治世に於ては。陣といふ事なければ。それに従て普請とても無之候。去るに依て。武将の下。大小の士に。番役供役使役等。其外役々を定められ。諸人只居役の勤をさせて指置被成候を。是が武士の役義ぞと心得。肝要の役義たる。陣普請の両役の義をば暁の夢にも思ひ出さず。たまさかにも公義御普請の御手伝。主君へ仰付られ。其物入多さを以て。家中の士へ割合になり。少しづゝ出金有之時は。何ぞ出すまじき物を出すがごとく。悔みつぶやき候は。畢竟武士の役義に於ての肝要は。陣普請といふを。存じ弁へざるより起る事に候。扱常式の番役供役使役の義も。我が当り前の本番を勤るをさへ。大きなる難義と心得。させる病気と申にても無之にも。病気断りを申立て。同役相番へ助を頼み。人に苦労を懸るをば何共存ぜず。或は旅がけの使には。路銀の物入。
書き下し
總じて武士の役義と申すは。陣普請兩役に候。天下戰國の時は。明ても暮ても爰の陣彼所の軍とて。一日たりとも武士としては。身を安く置事は不罷成候。陣とさへ申せば。普請は附合にて。爰の要害。彼所の堀切扱は取手陣城付城など申て。晝夜にかぎらぬ急ぎの普請に。上下の骨折辛勞は淺からざる義に候。治世に於ては。陣といふ事なければ。それに從て普請とても無之候。去るに依て。武將の下。大小の士に。番役供役使役等。其外役々を定められ。諸人只居役の勤をさせて指置被成候を。是が武士の役義ぞと心得。肝要の役義たる。陣普請の兩役の義をば曉の夢にも思ひ出さず。たまさかにも公義御普請の御手傳。主君へ仰付られ。其物入多さを以て。家中の士へ割合になり。少しづゝ出金有之時は。何ぞ出すまじき物を出すがごとく。悔みつぶやき候は。畢竟武士の役義に於ての肝要は。陣普請といふを。存じ辨へざるより起る事に候。扱常式の番役供役使役の義も。我が當り前の本番を勤るをさへ。大きなる難義と心得。させる病氣と申にても無之にも。病氣斷りを申立て。同役相番へ助を頼み。人に苦勞を懸るをば何共存ぜず。或は旅がけの使には。路銀の物入。
現代語訳
総じて武士の役目というのは、陣と普請の両役です。天下が戦国の時代には、明けても暮れても「ここの陣」「あそこの戦」というありさまで、一日たりとも武士として身を安く置くことはできませんでした。陣と言えば普請がつきもので、ここの要害、あそこの堀切、取手、陣城、付城などと、昼夜を問わない急ぎの普請に、上下の者の骨折りと苦労は並ひととおりではありません。治世になると、陣ということがなければ、それに伴う普請もありません。そのため武将のもとで、大小の武士に番役、供役、使役などそのほかの役々が定められ、人々はただ居役の勤めをさせられて置かれているのですが、これを武士の役目だと心得て、肝心の役目である陣と普請の両役のことは、夢にも思い出さない者がいます。たまに幕府の御普請の御手伝いが主君に仰せつけられ、その費用の多さから家中の武士に割り当てられて、少しずつ出金があるときには、まるで出すはずのないものを出すかのように、悔やみ、ぶつぶつ言います。これは結局、武士の役目の肝要が陣と普請であることを、わきまえていないところから起こるのです。また、通常の番役、供役、使役にしても、自分に当たり前に回ってきた本番を勤めるのさえ大きな難儀と思い、それほどの病気でもないのに病気断りを申し立てて、同役や相番に助けを頼み、人に苦労をかけることを何とも思いません。あるいは旅がけの使いでは、路銀の費用や、
解説
この章句が説くこと
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説苑・善說晉獻公の時、東郭の民に祖朝なる者有り。上書して獻公に曰く、「草茅の臣、東郭の民祖朝、願わくは國家の計を聞くを請わん。」獻公使いをして出でて之に告げしめて曰く、「肉食する者已に之を慮れり。藿食する者尚お何ぞ與らんや。」祖朝對えて曰く、「大王獨り古の將桓司馬なる者を聞かざるか。朝々其の君に朝し、舉げて宴す。御車を呼ばば、驂も亦た車を呼ぶ。御其の驂に肘して曰く、『子何ぞ越えて云爲するか。何為れぞ藉りに車を呼ぶや。』驂其の御に謂いて曰く、『當に呼ぶべき者呼ぶは、乃ち吾が事なり。子は當に子の轡銜を正すべきのみ。子今轡銜を正さずして、馬をして卒然として驚かしめ、妄りに道中の行人を轢かば、必ず大敵に逢い、車を下り劍を免れ、血を涉り肝を履むは固より吾が事なり。子寧んぞ能く子の轡を辟け、下りて我を佐くるか。其の禍も亦た吾が身に及び、與に深憂有り。吾安んぞ車を呼ぶ無きを得んや。』今大王曰く、『肉を食う者已に之を慮れり、藿を食う者尚お何ぞ與らんや。』設し肉を食う者一旦廟堂の上に計を失わば、臣等藿を食う者の若きも、寧んぞ肝膽を中原の野に塗る無きを得んや。其の禍も亦た臣が身に及ぶ。臣與に其の憂い深し。臣安んぞ國家の計に與る無きを得んや。」獻公召して之を見、三日與に語り、復た憂うる者無し、乃ち立てて以て師と爲せり。
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人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
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