武道初心集 / 奉公一
奉公を勤る武士。我が頼み奉る主君。何ぞ大きなる御物入さし集ひて。御勝手向ひしと廻りかね。何共可被成樣無之に至りて。常々家中へ下し置るゝ知行切符の內を。いか程づゝ何が年が間。御借川に被成度などゝ有之義もなくては不叶候。其多少によらず。畏りて御請を申上るより初ては。他人の義は申すに及ばず。たとひ女房子供の寄合雜談の中に於ても。是は難義の至り。迷惑の仕合など。言葉の端にも申出すは。武士の本意に非ず候。子細を申すに。昔が今に至るまで。主君の御難義をば家來共が打寄て是を見屆け奉り。家來の難義をば。主君の御力を以て救ひ被下候は。是皆定れる武家の作法に候。頼み奉る主君の御內證御さし詰り。御手づかへ申すに至りては。公界へ懸り。是は大名役にて不被成しては叶はざる義までも。大形はさし止められ。萬事を御勘忍被成候を見奉るに付ては。御家來の身にて。氣の毒にも。口惜しくも存間敷樣とては無之候。但常式の義は成次第とも可申候。只明日にも天下の國端に於て。不慮の騷動有之刻。相定れる軍役を以て。近日彼地へ發向あられ候樣にとの上意下り。すはや其支度あるに及ても。先づ入用のものは金銀に候。然れば其才覺と有ても。何方よりも出所無之。石にて手を詰たると申す喩のごとくにて。跡へも先へも行乘る難義の內に。同刻の大名衆は。用意相調ひ。
新字:奉公を勤る武士。我が頼み奉る主君。何ぞ大きなる御物入さし集ひて。御勝手向ひしと廻りかね。何共可被成様無之に至りて。常々家中へ下し置るゝ知行切符の内を。いか程づゝ何が年が間。御借川に被成度などゝ有之義もなくては不叶候。其多少によらず。畏りて御請を申上るより初ては。他人の義は申すに及ばず。たとひ女房子供の寄合雑談の中に於ても。是は難義の至り。迷惑の仕合など。言葉の端にも申出すは。武士の本意に非ず候。子細を申すに。昔が今に至るまで。主君の御難義をば家来共が打寄て是を見届け奉り。家来の難義をば。主君の御力を以て救ひ被下候は。是皆定れる武家の作法に候。頼み奉る主君の御内証御さし詰り。御手づかへ申すに至りては。公界へ懸り。是は大名役にて不被成しては叶はざる義までも。大形はさし止められ。万事を御勘忍被成候を見奉るに付ては。御家来の身にて。気の毒にも。口惜しくも存間敷様とては無之候。但常式の義は成次第とも可申候。只明日にも天下の国端に於て。不慮の騷動有之刻。相定れる軍役を以て。近日彼地へ発向あられ候様にとの上意下り。すはや其支度あるに及ても。先づ入用のものは金銀に候。然れば其才覚と有ても。何方よりも出所無之。石にて手を詰たると申す喩のごとくにて。跡へも先へも行乗る難義の内に。同刻の大名衆は。用意相調ひ。
書き下し
奉公を勤る武士。我が頼み奉る主君。何ぞ大きなる御物入さし集ひて。御勝手向ひしと廻りかね。何共可被成樣無之に至りて。常々家中へ下し置るゝ知行切符の內を。いか程づゝ何が年が間。御借川に被成度などゝ有之義もなくては不叶候。其多少によらず。畏りて御請を申上るより初ては。他人の義は申すに及ばず。たとひ女房子供の寄合雜談の中に於ても。是は難義の至り。迷惑の仕合など。言葉の端にも申出すは。武士の本意に非ず候。子細を申すに。昔が今に至るまで。主君の御難義をば家來共が打寄て是を見屆け奉り。家來の難義をば。主君の御力を以て救ひ被下候は。是皆定れる武家の作法に候。頼み奉る主君の御內證御さし詰り。御手づかへ申すに至りては。公界へ懸り。是は大名役にて不被成しては叶はざる義までも。大形はさし止められ。萬事を御勘忍被成候を見奉るに付ては。御家來の身にて。氣の毒にも。口惜しくも存間敷樣とては無之候。但常式の義は成次第とも可申候。只明日にも天下の國端に於て。不慮の騷動有之刻。相定れる軍役を以て。近日彼地へ發向あられ候樣にとの上意下り。すはや其支度あるに及ても。先づ入用のものは金銀に候。然れば其才覺と有ても。何方よりも出所無之。石にて手を詰たると申す喩のごとくにて。跡へも先へも行乘る難義の內に。同刻の大名衆は。用意相調ひ。
現代語訳
奉公を勤める武士は、頼みとする主君が、何か大きな出費が重なって、台所向きがひどく回らなくなり、どうなさりようもなくなったときには、ふだん家中へ下しおかれている知行切符のうちから、いくらずつを何年の間、お借り上げにしたい、などという申し出がなくてはすまないものです。その多少にかかわらず、かしこまってお請けを申し上げるのはもちろん、他人に対してはいうまでもなく、たとえ女房・子供との雑談の中においても、「これは難儀の至り、迷惑なことだ」と言葉の端にも出すのは、武士の本意ではありません。そのわけは、昔から今に至るまで、主君の難儀は家来たちが打ち寄ってこれを見届け、家来の難儀は主君のお力で救っていただくのが、これすべて定まった武家の作法だからです。頼みとする主君の内証が差し詰まり、手づかえに及べば、公の席に関わり、大名の役としてなさらなければならないことまで、大方は差し止められ、万事をご勘忍なさっているのを見るにつけ、家来の身として、気の毒にも悔しくも思わないということはないはずです。ただし、平常の事は成り行きしだいと申せましょう。ただ、明日にも天下のどこかの国の端で、不慮の騒動があったとき、決まった軍役でもって、近日あの地へ出向くようにとの上意が下り、すわ支度という段になって、まず必要なものは金銀です。ところが才覚をと言っても、どこからも出所がなく、石で手を詰めたという譬えのように、前にも後ろにも行けない難儀のうちに、同じころの大名衆は用意が整い、
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『武道初心集』奉公(二)來る幾日には必ず出馬と申合せ定り候ては。もはや延も縮もならざるに付。不足たらだらながらも出勢なくては不叶候。靜謐の時代には。我も人も能見物と心得市屋町屋を借りふさげ。野にも山にも立わだり。貴賤目晒しの武者押は。形のごとくの晴事なるに。家中の人馬出立共に。諸手に劣りて見苦しき樣子ならば。主君大將の御身に取て。御一生の御恥辱是に過ず。此一大事を以て考へ候時は。家中大小の諸士。新參古參に限らず拜領し罷在知行切符の內。分に相應に差上ずしては叶はず候。然れば物成減少の年限の內は。隨分簡略仕り。人馬をも減し。冬は紙子木綿の衣類。夏は布かたびらを着し。朝夕は黑米飯。糠味噌汁と分別を極め。自身は水を汲薪をさき。妻子に飯饗せ力に稱ふ程は難義苦勞を致し。何卒主君の御用途を整へさせまゐらせ度と一筋に存じ入候は。奉公の本意たるべく候。且又右の通り艱難を仕り罷在年限の內たり共。何ぞ臨時の御用を承り。非常の物入ある事も有べく候。左樣の砌りは。自身の指替。女房の手箱を質物に入ても。其償ひを致し。金銀拜借などを此方よりは願ふべからず候。子細を申すに。たとひ主君の御耳にこそ入らず共。家老年寄中の下墨にも。物成減少にあひたるを下心に含み。武士に似合ざるねだり言を申と思はれては。重ねて口もきかれずとのたしなみに候。初心の武士心得のため仍如件。
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『武道初心集』臣職(二)殘し置れずしては叶はず候。去るに依て。常々はさして御入用も無之樣に候得共。大身小身へかけ。數多の士を抱へ置被成。家中多き中には不器量沙汰の限り。或は五體不具なる生れ付。又は心行不足に見ゆる者をも。大目に御覽被成て。父祖の知行を相違なく下し置るゝ事に候。然れば御家來の身にて勘辨致すべきは。日本國中國主城主多き中に。いかなる宿緣ありてか主從の約をなし。似合相應の祿を賜り。譬ば百石と申す少知にても。十年には千石の米高に罷成候を。先祖の代より其身の代まで幾十年ともなく。拜領致し來りたる俵子を積り候はゝ。凡如何程に可相成や。此君恩の深きに報謝し奉らんには。常々の番役供役使役などは。治世の只居り役と申物にて。世並人並の義なれば。押立たる奉公とは申難し。只明日にもすはといふ時。平塲の迫合ならば壹番鎗。敵城を攻るに於ては一番乘。もし味方利を失ひ引退く刻は殿。或は品に寄り敵の射る矢おもてに立塞りて。主君大將の御身代りにも罷立。
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『武道初心集』述懷奉公仕る武士。何事にてもあれ。主君の御爲に對し。一廉ある奉公を仕り。我が心にも。天晴一奉公をば勤めたりと存じ。人も感じ譽るといへ共。主君の御心には左程の事とも思召入られざるにや。又は御心底には感じ思召といへ共。何ぞ外に相障る事も有之やらん。異なる御恩賞もなく。功勞空しく埋るゝに付心底に不足を挾さみ。御情なき事と述懷たらだらにて。身に染ぬ奉公を致す者は。兎角に及ばず。心得違の事に候。戰國の武士の一生の間。幾度といふ事なく軍に立。主君大將の御爲に身命を拋ち。手柄高名を極めたる前に於ては。中々口のさかるゝ義にては無之候。子細は何を申しても治國の奉公と申すは。疊の上を這廻り。互ひに手の甲をさすり。舌先三寸の勝負を爭ふのみの善惡にて。身命をかけそくの働とては。先づは無之事に候。尤忠義の志に於ては。戰國にても治國にても。替る事は無之。勿論奉公する武士の役義に候。それを奇特と有て御賞美可被成も。被成間敷も。其段は主君の御心次第にて。自分は自分の役義を務るとさへ覺悟致し候得ば。事相濟。何にても不足述懷と申義無之道理に候。初心の武士心得のため仍如件。
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『武道初心集』臣職(一)主君より恩祿を受。一騎役を勤る士は。此身をも命をも。我物と心得候ては事濟不申候。子細を申すに。武家の奉公人の內に。二段の樣子有之候。身輕き小人中間なんど申類の義は。晝夜共に身の暇なく。手足に骨をば折候へ共。大切の一命は。必主君の御用に立ねばならぬと申す定めは無之に付。合戰迫合の塲所に於て。未練の振舞有之候ても。强ち不屆との詮議も懸り不申候。然れば身ばかりを賣切の奉公人共可申にて候。武士の義はそれとは違ひ。一命を奉る奉公人に候。抑主君はもと變の御役人なれば。萬一世の變有之刻は御身上相應の軍役有之。譬ば十萬石の高にて。馬上百七十騎。弓足輕六十人。鐵砲足輕三百五十人。鎗百五十本。旗二十本。これは公義より定め置るゝ所の軍役に候。外に召連玉ふ人數は。其大將の御器量次第。又思召次第に候。扱右の通相定れる軍役の人數を引つれ。御出陣あられたる跡とても。居城を持かためて。人に取られぬ樣に相守る程の人數をば。
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『武道初心集』陪從奉公を仕る武士。主君御旅行の御供を致し。泊りへ着候に於ては。其所の者をかたらひ。近所に見ゆる。山林寺宮などを目當にして。東西を問尋ね御本陣より何方に當りて。いか樣の廣き塲所有之。道筋は箇樣とまでをも。日の暮前に何となく見分致し。篤と心得罷在義肝要に候。子細は。夜中急火などの節。主君俄に御立退被成刻。御先に立て。御案内可申上が爲に候。扨又其身歩行にて御供を勤る節は。上り坂にては御先に立。下り坂にては御跡に立心得などは。尤輕き事ながらも。奉公の一つに候。右の如くの義を以て。手懸りと致し思案をめぐらし。迚も奉公を仕る身と罷成からは何がな一奉公もがなと。朝暮油斷なく心掛勵み候は。武士の本意に候。初心の武士心得のため仍如件。
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『武道初心集』儉畜(一)奉公仕る武士は。大身小身に限らず。常に儉約を用ゐて。隨分勝手をすり切不申分別尤に候。但し知行高を取武士の義は。たとひ一度勝手をすり切候ても。早く思案を致しかへて。爰をつめ彼所をちゞめ。諸事に氣を付て簡畧をさへ致候へば。程なく勝手を取直し申義も罷成候は。身上に餘計あるを以ての義に候。小身にて大身の眞似を致し。無用の義に物を入れ。勝手を仕損じ候ては。身上の餘計無之に付。萬事跡ひけになり。何程簡略致し候ても補ひ兼。後々は跡へも先へも行兼る。大すり切と罷成るは必定に候。人々勝手に成るぞ成らぬぞとは申すは內證の義にて。奉公を致す身には。傍輩一列の格合有之。止事を得ざる物入もなくては叶はず。左樣の刻み爲方なければ。種々の才覺手段に及び。云まじき事をもいひ。仕間敷事をも仕りて。生れも付ざる不律義もの。大はつ者の名取を仕るも。畢竟不勝手より起る過失に候。爰を以て前かたより其覺悟を定め。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
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