武道初心集 / 儉畜一
奉公仕る武士は。大身小身に限らず。常に儉約を用ゐて。隨分勝手をすり切不申分別尤に候。但し知行高を取武士の義は。たとひ一度勝手をすり切候ても。早く思案を致しかへて。爰をつめ彼所をちゞめ。諸事に氣を付て簡畧をさへ致候へば。程なく勝手を取直し申義も罷成候は。身上に餘計あるを以ての義に候。小身にて大身の眞似を致し。無用の義に物を入れ。勝手を仕損じ候ては。身上の餘計無之に付。萬事跡ひけになり。何程簡略致し候ても補ひ兼。後々は跡へも先へも行兼る。大すり切と罷成るは必定に候。人々勝手に成るぞ成らぬぞとは申すは內證の義にて。奉公を致す身には。傍輩一列の格合有之。止事を得ざる物入もなくては叶はず。左樣の刻み爲方なければ。種々の才覺手段に及び。云まじき事をもいひ。仕間敷事をも仕りて。生れも付ざる不律義もの。大はつ者の名取を仕るも。畢竟不勝手より起る過失に候。爰を以て前かたより其覺悟を定め。
新字:奉公仕る武士は。大身小身に限らず。常に倹約を用ゐて。随分勝手をすり切不申分別尤に候。但し知行高を取武士の義は。たとひ一度勝手をすり切候ても。早く思案を致しかへて。爰をつめ彼所をちゞめ。諸事に気を付て簡略をさへ致候へば。程なく勝手を取直し申義も罷成候は。身上に余計あるを以ての義に候。小身にて大身の真似を致し。無用の義に物を入れ。勝手を仕損じ候ては。身上の余計無之に付。万事跡ひけになり。何程簡略致し候ても補ひ兼。後々は跡へも先へも行兼る。大すり切と罷成るは必定に候。人々勝手に成るぞ成らぬぞとは申すは内証の義にて。奉公を致す身には。傍輩一列の格合有之。止事を得ざる物入もなくては叶はず。左様の刻み為方なければ。種々の才覚手段に及び。云まじき事をもいひ。仕間敷事をも仕りて。生れも付ざる不律義もの。大はつ者の名取を仕るも。畢竟不勝手より起る過失に候。爰を以て前かたより其覚悟を定め。
書き下し
奉公仕る武士は。大身小身に限らず。常に儉約を用ゐて。隨分勝手をすり切不申分別尤に候。但し知行高を取武士の義は。たとひ一度勝手をすり切候ても。早く思案を致しかへて。爰をつめ彼所をちゞめ。諸事に氣を付て簡畧をさへ致候へば。程なく勝手を取直し申義も罷成候は。身上に餘計あるを以ての義に候。小身にて大身の眞似を致し。無用の義に物を入れ。勝手を仕損じ候ては。身上の餘計無之に付。萬事跡ひけになり。何程簡略致し候ても補ひ兼。後々は跡へも先へも行兼る。大すり切と罷成るは必定に候。人々勝手に成るぞ成らぬぞとは申すは內證の義にて。奉公を致す身には。傍輩一列の格合有之。止事を得ざる物入もなくては叶はず。左樣の刻み爲方なければ。種々の才覺手段に及び。云まじき事をもいひ。仕間敷事をも仕りて。生れも付ざる不律義もの。大はつ者の名取を仕るも。畢竟不勝手より起る過失に候。爰を以て前かたより其覺悟を定め。
現代語訳
奉公する武士は、大身・小身を問わず、常に倹約を心がけ、できるだけ暮らし向きをすり切らないようにする分別がもっともです。ただし知行高を取る武士の場合は、たとえ一度暮らしをすり切ったとしても、早く考えを改め、ここを詰めあそこを縮め、万事に気を付けて簡略にさえすれば、ほどなく暮らし向きを立て直すこともできるのは、身上に余りがあるからです。小身でありながら大身の真似をし、無用のことに物を費やして暮らしを損なうと、身上に余りがないので、万事が行き詰まり、どれほど簡略にしても補いきれず、のちには前にも後ろにも行けなくなって、大すり切りとなるのは必定です。人々が「暮らし向きが成るの成らないの」と言うのは内証(家計)のことですが、奉公する身には同輩一同との格合いがあり、やむを得ない出費もなくてはなりません。そのような出費を切り詰める方法がなければ、さまざまな才覚や手段に及び、言うべきでないことを言い、すべきでないことをして、生まれつきでもない不律義者、大はず者の名をとるのも、結局は不如意から起こる過失です。そのため前々からその覚悟を定め、
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『武道初心集』儉畜(二)身上相應の暮しを仕り。少しなりとも無益の義には。物を入れぬ分別を仕り。是非致さずしては叶はざる事ばかりに物を入る。是を儉約の道と申候。但し此儉約に付て一つの心得有之候。いかんとなれば。儉約儉約とばかり申て。物の費をいとひ。內證をつめて簡畧專らなる時は。程なく勝手を持直し。其初め持つけぬ金銀を持てば。持つほど多くなるを悦び。耗るを悲しむむさき心と成り。後々は爲べき事をもせず。致さて叶はぬ事をも致さぬ。義理知らずとなり。兎にも角にも金銀を蓄ふる分別の外無之。之を名付て吝嗇と申候。百姓町人の上はいかんも候へ。武士の吝嗇と申すは。三寶の棄物とやらんにて。大きに嫌ひ申義に候。其子細は。世に多き金銀をさへ。義理にかへて。遺ふ事をいやがり候心からは。ましては外に二つとなき一命を惜し氣もなく捨る義は。決して無之道理に候。されば吝嗇は。臆病の唐名なりと。古き人の申置候事に候。初心の武士心得のため仍如件。
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『武道初心集』奉公(二)來る幾日には必ず出馬と申合せ定り候ては。もはや延も縮もならざるに付。不足たらだらながらも出勢なくては不叶候。靜謐の時代には。我も人も能見物と心得市屋町屋を借りふさげ。野にも山にも立わだり。貴賤目晒しの武者押は。形のごとくの晴事なるに。家中の人馬出立共に。諸手に劣りて見苦しき樣子ならば。主君大將の御身に取て。御一生の御恥辱是に過ず。此一大事を以て考へ候時は。家中大小の諸士。新參古參に限らず拜領し罷在知行切符の內。分に相應に差上ずしては叶はず候。然れば物成減少の年限の內は。隨分簡略仕り。人馬をも減し。冬は紙子木綿の衣類。夏は布かたびらを着し。朝夕は黑米飯。糠味噌汁と分別を極め。自身は水を汲薪をさき。妻子に飯饗せ力に稱ふ程は難義苦勞を致し。何卒主君の御用途を整へさせまゐらせ度と一筋に存じ入候は。奉公の本意たるべく候。且又右の通り艱難を仕り罷在年限の內たり共。何ぞ臨時の御用を承り。非常の物入ある事も有べく候。左樣の砌りは。自身の指替。女房の手箱を質物に入ても。其償ひを致し。金銀拜借などを此方よりは願ふべからず候。子細を申すに。たとひ主君の御耳にこそ入らず共。家老年寄中の下墨にも。物成減少にあひたるを下心に含み。武士に似合ざるねだり言を申と思はれては。重ねて口もきかれずとのたしなみに候。初心の武士心得のため仍如件。
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『武道初心集』奉公(一)奉公を勤る武士。我が頼み奉る主君。何ぞ大きなる御物入さし集ひて。御勝手向ひしと廻りかね。何共可被成樣無之に至りて。常々家中へ下し置るゝ知行切符の內を。いか程づゝ何が年が間。御借川に被成度などゝ有之義もなくては不叶候。其多少によらず。畏りて御請を申上るより初ては。他人の義は申すに及ばず。たとひ女房子供の寄合雜談の中に於ても。是は難義の至り。迷惑の仕合など。言葉の端にも申出すは。武士の本意に非ず候。子細を申すに。昔が今に至るまで。主君の御難義をば家來共が打寄て是を見屆け奉り。家來の難義をば。主君の御力を以て救ひ被下候は。是皆定れる武家の作法に候。頼み奉る主君の御內證御さし詰り。御手づかへ申すに至りては。公界へ懸り。是は大名役にて不被成しては叶はざる義までも。大形はさし止められ。萬事を御勘忍被成候を見奉るに付ては。御家來の身にて。氣の毒にも。口惜しくも存間敷樣とては無之候。但常式の義は成次第とも可申候。只明日にも天下の國端に於て。不慮の騷動有之刻。相定れる軍役を以て。近日彼地へ發向あられ候樣にとの上意下り。すはや其支度あるに及ても。先づ入用のものは金銀に候。然れば其才覺と有ても。何方よりも出所無之。石にて手を詰たると申す喩のごとくにて。跡へも先へも行乘る難義の內に。同刻の大名衆は。用意相調ひ。
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『武道初心集』臣職(三)或は其塲を一足も引退かずして。晴なる討死をも遂なん。此義に於ては摩利支尊天も照覽あれ。人にさせては見まじき物をと、口廣くこそいはね。我が心一つに覺悟を極め罷在を。武士の奉公の奧意とは申候。扱右の如く奧意を極むるうへは。我が身も命も我が物に非ずいつ何時主君の御用有べきも難計からは。彌身命を大切にかけ。大食大酒淫欲等の不養生を愼しみ。疊の上の病死をさへも本意と思はず。ましてや喧嘩口論など仕出して友傍輩を打果し。我が身命を失ふ類ひの不忠不義は。深く愼しむべき事に候。其愼の致方は。むざと口をきかぬがよく候。口をきくから起りて口論あり。口論がつのりては必ず雜言あり。武士と武士との出會にて。互ひの雜言に及びて後。無事なる事は。千萬に一つも無之候。去るに依て。最初口論に及ぶ時。其心得を致し。兼て主君へ捧げ置たる身命といふ義を存じ出し。抑へ控へを仕るを忠義の武士共申し。又は分別者共申にて候。初心の武士心得のため仍如件。
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『武道初心集』家作奉公仕る武士。家作仕るに於ては。表向の門長屋。玄關の見入座敷の體などは。身上相應に暉麗に仕るも尤の義に候。子細は。何れの城下に於ても。外曲輪の邊までは。他所他國の者も入來り。見る事も有之候に。諸士の家居宜しければ。家中も落付て覺ゆるなれば。主君の御爲にも。少しは宜敷道理も有之かにて候。其外奧向。妻子など指置候處は。雨さへ漏ずば。いか樣に見苦しくても堪忍仕り。成べき程は。家普請に物を入ざる樣にと覺悟尤に候。子細を申すに。亂世には城主たる大名方にも。常に籠城の心懸おはしますを以て。二三の丸に罷在士屋敷は家を低く。梁間をつめて。譜請を手輕くとの制を定めらるゝ事に候。ましてや外曲輪に住居仕る士共の家宅は。變に臨みては。悉く自燒致して取拂ふ事なれば。末を兼たる家作とては。可仕樣も無之候。去るに依て。作事の至て輕さをば。寢小屋普請の樣なりとは申にて候。爰を以て存ずる時は。たとひ治世の今とても。武士道を磨く士は。居屋敷の家作に種々の物數奇を盡し。常住の思ひをなすは。有之間敷事に候。其上火災などに逢たる時は。早速似合の小屋掛不仕しては叶はず候に。左樣の勘辨もなく。分限に過たる普請に物を入れ。それを借金の高に結びて嬉しがり候は。至極の不物數奇とより外には可申樣も無之候。初心の武士心得のため仍如件。
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『武道初心集』謹慎主君の御定紋の付たる御小袖。又は上下など拜領致し候ものは。御紋付の小袖を着用の時は。自分の紋付の上下を着し。御紋付の上下を着し候はゞ。小袖は定めて自分の紋付を着し候心得尤に候。然るに小袖も上下も一様に。御紋付を着し候ては。主君の御親類方に均しき樣子なれば。主君へ對し奉り慮外に候。右拜領の小袖上下。克く成て着用ならぬ時は。御紋所は切拔て燒捨可申候。御紋を汚すまじとの愼しみに候。扨又近所に罷在傍輩の中に。重き病人。又は憂事など有之においては。たとひ其者と心易からぬ挨拶たり共。高笑音曲等堅く相愼しみ。妻子召使などへも其段急度可申付事に候。其者のおもはくばかりにも無之。不遠慮もの不作法者と諸傍輩の下墨を懸ての愼しみに候。初心の武士心得のため仍如件。
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