武道初心集 / 陣代二
先づ二三年の間は。其方相勤め候樣になど。被仰付有まじきに非ず。たとひ如何樣の重き仰せあり共。達て御理り申上。儲願の通りと有之時は。其初調べ置たる帳面を以て。先代の諸道具不殘引渡し。其身陣代を勤め罷在內に。調義致したる諸色の內にも。讓り與へて可然品あらば。是をも帳面に記して相渡し尤に候。且又右の通り家督被仰付刻。たとへば五百石本高の內三百石を甥に賜り。殘る二百石をば。數年陣代仕りたれば。其方へ被下置など被仰出義も可有之。左樣の節は。難有仕合身に餘り奉存候得共。本家の知行高減じ候段。迷惑に存候間。何分にも兄が舊知相違なく甥に仰付られ。私義は御暇被下置候樣にと。願立可申候。右の如く候てこそ陣代勤めたる武士の本意たるべきに。もはや初陣を勤る程の年來に成たる甥に。家督を渡さず。或は家督を渡し候ても。我が陣代を勤る內に。讓りの諸道具悉く紛失致し。家居さへ住荒したるまゝ。修復も致さず。剩へ兄が讓らざる借金買掛りを仕て是を引渡し。猶其上に扶持米。合力金などのねだり言を申て。若輩なる甥の臑をかぢる分別を仕るは。不埒の至りと可申候。初心の武士心得のため仍如件。
新字:先づ二三年の間は。其方相勤め候様になど。被仰付有まじきに非ず。たとひ如何様の重き仰せあり共。達て御理り申上。儲願の通りと有之時は。其初調べ置たる帳面を以て。先代の諸道具不残引渡し。其身陣代を勤め罷在内に。調義致したる諸色の内にも。譲り与へて可然品あらば。是をも帳面に記して相渡し尤に候。且又右の通り家督被仰付刻。たとへば五百石本高の内三百石を甥に賜り。残る二百石をば。数年陣代仕りたれば。其方へ被下置など被仰出義も可有之。左様の節は。難有仕合身に余り奉存候得共。本家の知行高減じ候段。迷惑に存候間。何分にも兄が旧知相違なく甥に仰付られ。私義は御暇被下置候様にと。願立可申候。右の如く候てこそ陣代勤めたる武士の本意たるべきに。もはや初陣を勤る程の年来に成たる甥に。家督を渡さず。或は家督を渡し候ても。我が陣代を勤る内に。譲りの諸道具悉く紛失致し。家居さへ住荒したるまゝ。修復も致さず。剰へ兄が譲らざる借金買掛りを仕て是を引渡し。猶其上に扶持米。合力金などのねだり言を申て。若輩なる甥の臑をかぢる分別を仕るは。不埒の至りと可申候。初心の武士心得のため仍如件。
書き下し
先づ二三年の間は。其方相勤め候樣になど。被仰付有まじきに非ず。たとひ如何樣の重き仰せあり共。達て御理り申上。儲願の通りと有之時は。其初調べ置たる帳面を以て。先代の諸道具不殘引渡し。其身陣代を勤め罷在內に。調義致したる諸色の內にも。讓り與へて可然品あらば。是をも帳面に記して相渡し尤に候。且又右の通り家督被仰付刻。たとへば五百石本高の內三百石を甥に賜り。殘る二百石をば。數年陣代仕りたれば。其方へ被下置など被仰出義も可有之。左樣の節は。難有仕合身に餘り奉存候得共。本家の知行高減じ候段。迷惑に存候間。何分にも兄が舊知相違なく甥に仰付られ。私義は御暇被下置候樣にと。願立可申候。右の如く候てこそ陣代勤めたる武士の本意たるべきに。もはや初陣を勤る程の年來に成たる甥に。家督を渡さず。或は家督を渡し候ても。我が陣代を勤る內に。讓りの諸道具悉く紛失致し。家居さへ住荒したるまゝ。修復も致さず。剩へ兄が讓らざる借金買掛りを仕て是を引渡し。猶其上に扶持米。合力金などのねだり言を申て。若輩なる甥の臑をかぢる分別を仕るは。不埒の至りと可申候。初心の武士心得のため仍如件。
現代語訳
まず二、三年の間はその方が勤めるようにと、仰せつけられることがないとも限りません。たとえどのように重い仰せがあっても、あくまで辞退を申し上げ、もとの願いのとおりにと許されたときは、最初に調べておいた帳面によって先代の諸道具を残らず引き渡し、その身が陣代を勤めている間に調達した諸品の中にも、譲り与えてよい品があれば、それも帳面に記して渡すのがもっともです。またこのとおり家督を仰せつけられるとき、たとえば五百石の本高のうち三百石を甥に賜り、残る二百石を長年陣代を勤めたのだからその方に下される、などと仰せ出されることもあるでしょう。そうしたときは、ありがたい幸せで身に余ると存じますが、本家の知行高が減るのは迷惑ですので、何としても兄の旧知行を間違いなく甥に仰せつけられ、私にはお暇を下されるようにと願い出るのがよいのです。このようにしてこそ陣代を勤めた武士の本意というべきなのに、もう初陣を勤めるほどの年ごろになった甥に家督を渡さず、あるいは家督を渡しても、自分が陣代を勤めている間に、譲られた道具をすべて紛失し、家屋さえ住み荒らしたまま修復もせず、そのうえ兄が残さなかった借金や買掛金をつくってこれを引き渡し、さらに扶持米や合力金などをねだって、若い甥のすねをかじる考えを持つのは、不埒の至りというべきです。初心の武士の心得のために、以上のとおりです。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『武道初心集』陣代(一)戰國の時代。合戰迫合の砌。よき働を致し討死仕るか。又は深手を負て。其療養叶はず。相果候士をば。主君大將も。別して不便に思召をもつて。たとひ當歲生れにてもあれ。男をさへ持候へば。跡式に於ては。相違なく被下置義に候。然れ共其子幼少にて。軍役の勤め不罷成に付。其親の弟など。浪人にて罷在候へば。當分其者に兄の遺跡を賜り。此者幼年の間は。後見を仕れと。主君より仰付らるゝ義有之。是を陣代と申候。此陣代に古法有之候。其子細は。右の次第を以て。兄の遺跡を相續仕るからは。甥ながらも我が實子と存じ。眞實に不便を加へて養育仕るは。勿論の義に候。扱兄の跡式を受取候はゞ。武具馬具等は申すに及ばず。外々の雜具に至るまで。一所に集め。一家の內にて一兩輩も立合せて。委細に是を改め。悉く帳面に記し置義肝要に候。扱其子恙なく成長致し。既に十五歲に罷成候においては。來年は十六歲にも罷成候得ば。若輩ながらも。一騎前の御用には相立可申候間。唯今まで手前へ被下置候知行を讓渡し。御奉公相勤めさせ申度旨。書付を以て。急度願ひを相立候義尤に候。其節品に依ては。願の通り尤には思召候得共未だ若年の義にも有之間。
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