武道初心集 / 親族二
實子實弟のあいさつなれば。見放しがたくて。餘伎なく世話に致すなどは。左もあるべき義に候。次に我が娘を他へ嫁せしめ。男子產れて後。其聟相果。幼少の外孫家督に備はり。其跡式の義に付。聟の方の親類縁者と立合相談の義など有之においては。十の物ならば八つ九つまでも。聟の方の諸親類の取捌に致させて。指置申心得肝要に候。但し其聟存生の時より。勝手不如意なる跡式などにて。諸親類の厄介とも罷成次第ならば。畢竟我が娘の難義をも。見屆け遣はす道理にも有之候へば。彼是と世話にも不致しては不叶候。其聟の果たる跡に。何の事欠る義も無之か。又は少しにてもたくはひなども有之ならば。猶以て舅方より手ざしは致さぬ筈の義に候。其孫とてもいまだ幼少なるに。我娘と相談を以ての後見。一圓其意を得ぬと。他人の批判も憚るべき事に候。扨又一家の總領筋。或は先祖の主筋。旗頭など申す人の家衰へ。世に落ぶれて。見る影もなく成果たるを。少しも疎略致さず。むかしの筋目を立て折々の心寄せをも仕るは。武士の本意に候。襟元足元にばかり目を付け。盛なると見ては。敬ふまじきをも敬まひ。衰へたると見ては。賤しむまじきをも賤しむは。悉皆百姓町人の意地合にして。武士の正義にあらず候。初心の武士心得のため仍如件。
新字:実子実弟のあいさつなれば。見放しがたくて。余伎なく世話に致すなどは。左もあるべき義に候。次に我が娘を他へ嫁せしめ。男子産れて後。其婿相果。幼少の外孫家督に備はり。其跡式の義に付。婿の方の親類縁者と立合相談の義など有之においては。十の物ならば八つ九つまでも。婿の方の諸親類の取捌に致させて。指置申心得肝要に候。但し其婿存生の時より。勝手不如意なる跡式などにて。諸親類の厄介とも罷成次第ならば。畢竟我が娘の難義をも。見届け遣はす道理にも有之候へば。彼是と世話にも不致しては不叶候。其婿の果たる跡に。何の事欠る義も無之か。又は少しにてもたくはひなども有之ならば。猶以て舅方より手ざしは致さぬ筈の義に候。其孫とてもいまだ幼少なるに。我娘と相談を以ての後見。一円其意を得ぬと。他人の批判も憚るべき事に候。扨又一家の総領筋。或は先祖の主筋。旗頭など申す人の家衰へ。世に落ぶれて。見る影もなく成果たるを。少しも疎略致さず。むかしの筋目を立て折々の心寄せをも仕るは。武士の本意に候。襟元足元にばかり目を付け。盛なると見ては。敬ふまじきをも敬まひ。衰へたると見ては。賤しむまじきをも賤しむは。悉皆百姓町人の意地合にして。武士の正義にあらず候。初心の武士心得のため仍如件。
書き下し
實子實弟のあいさつなれば。見放しがたくて。餘伎なく世話に致すなどは。左もあるべき義に候。次に我が娘を他へ嫁せしめ。男子產れて後。其聟相果。幼少の外孫家督に備はり。其跡式の義に付。聟の方の親類縁者と立合相談の義など有之においては。十の物ならば八つ九つまでも。聟の方の諸親類の取捌に致させて。指置申心得肝要に候。但し其聟存生の時より。勝手不如意なる跡式などにて。諸親類の厄介とも罷成次第ならば。畢竟我が娘の難義をも。見屆け遣はす道理にも有之候へば。彼是と世話にも不致しては不叶候。其聟の果たる跡に。何の事欠る義も無之か。又は少しにてもたくはひなども有之ならば。猶以て舅方より手ざしは致さぬ筈の義に候。其孫とてもいまだ幼少なるに。我娘と相談を以ての後見。一圓其意を得ぬと。他人の批判も憚るべき事に候。扨又一家の總領筋。或は先祖の主筋。旗頭など申す人の家衰へ。世に落ぶれて。見る影もなく成果たるを。少しも疎略致さず。むかしの筋目を立て折々の心寄せをも仕るは。武士の本意に候。襟元足元にばかり目を付け。盛なると見ては。敬ふまじきをも敬まひ。衰へたると見ては。賤しむまじきをも賤しむは。悉皆百姓町人の意地合にして。武士の正義にあらず候。初心の武士心得のため仍如件。
現代語訳
実の子や実の弟への情けであれば、見放しがたくて、余念なく世話をするのは、もっともなことです。次に、自分の娘を他家へ嫁がせ、男の子が生まれた後にその婿が亡くなり、幼い外孫が家督を継ぐことになって、その跡目のことで婿方の親類縁者と立ち会って相談する場合には、十のうち八つ九つまでも婿方の諸親類の取りさばきに任せ、差し置いておく心得が肝要です。ただし、その婿が生きていたときから暮らし向きが不如意な跡目で、諸親類の厄介になるほどであれば、つまるところ我が娘の難儀を見届けてやる道理もありますから、あれこれと世話をしなければなりません。婿が亡くなった跡に何の不足もなく、あるいは少しでも蓄えなどがあるなら、いっそう舅の側から手出しはしないはずのことです。その孫もまだ幼いのに、我が娘と相談して後見になるのは、まったく納得がいかないと、他人の批判も憚るべきことです。さてまた、一族の総領筋、あるいは先祖の主筋、旗頭などという人の家が衰え、世に落ちぶれて見る影もなくなったのを、少しも疎略にせず、昔の筋目を立てて折々に心を寄せるのは、武士の本意です。襟元や足元にばかり目をつけ、盛んなのを見れば敬うべきでない者まで敬い、衰えたのを見れば賤しむべきでない者まで賤しむのは、すべて百姓町人の根性であって、武士の正しい道ではありません。初心の武士の心得のために、以上のとおりである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『武道初心集』親族(一)世間において。我が兄の子をも。弟の子をも。甥と申。又我が姉妹の他へ嫁して設けたる子をも。同じく甥と名付て。何れも替る事なしと心得罷在るは。百姓町人の上の事にて。武士は格別の樣子有之事に候。たとへば其家の嫡子たる兄の持たる子は。甥ながらも我親兄の跡式をふまひ。總領家と申すにて候へば。たとひ甥の代となりても。親兄を敬ひたる如く馳走致す事に候。全く其甥に對しての義にては無之。偏に家元の先祖を敬ふ道理にて候。其二男三男。幷に我が弟の持たる子供へ對し候ては。世間體の伯父甥の交りにて事濟み候。姉妹の持たる子供の義も。甥には候へ共。是は他姓を稟たる義に候へば。其心得を以て。常の言葉づかひ。書狀の文言などにも。隔意を用ひ尤に候。甥弟又は。我子たりといふ共。他の家へ養子に遣し候ては。其心得あるべき事に候。たとひ內證の出合。參會の刻みの言葉づかひなどは。いかんも候へ。他所他門のつき合に於ては。隔意の挨拶尤に候。他人の子に致したる後も。猶我が子我弟の如く。介抱だてを致すべき所存ならば。本より手前にさし置たるがよきにと。養父方の諸親類。向の家頼の下墨もなくては不叶候。但し養父方において。啶と致したる親類とても無之。家の締りもなく。相續なりがたき樣子に付ては。
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『武道初心集』陣代(二)先づ二三年の間は。其方相勤め候樣になど。被仰付有まじきに非ず。たとひ如何樣の重き仰せあり共。達て御理り申上。儲願の通りと有之時は。其初調べ置たる帳面を以て。先代の諸道具不殘引渡し。其身陣代を勤め罷在內に。調義致したる諸色の內にも。讓り與へて可然品あらば。是をも帳面に記して相渡し尤に候。且又右の通り家督被仰付刻。たとへば五百石本高の內三百石を甥に賜り。殘る二百石をば。數年陣代仕りたれば。其方へ被下置など被仰出義も可有之。左樣の節は。難有仕合身に餘り奉存候得共。本家の知行高減じ候段。迷惑に存候間。何分にも兄が舊知相違なく甥に仰付られ。私義は御暇被下置候樣にと。願立可申候。右の如く候てこそ陣代勤めたる武士の本意たるべきに。もはや初陣を勤る程の年來に成たる甥に。家督を渡さず。或は家督を渡し候ても。我が陣代を勤る內に。讓りの諸道具悉く紛失致し。家居さへ住荒したるまゝ。修復も致さず。剩へ兄が讓らざる借金買掛りを仕て是を引渡し。猶其上に扶持米。合力金などのねだり言を申て。若輩なる甥の臑をかぢる分別を仕るは。不埒の至りと可申候。初心の武士心得のため仍如件。
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『武道初心集』交誼(二)或は異見を加へ候も。勘辨あるべき事にて候。子細を申すに。人の親師匠。兄伯父などの身にて。子や弟子や。甥弟へ對しては。たとひいか樣の思ひ寄を申過し候ても。苦しかるまじく候へ共。それさへ武士の口より物を申出すは。遠慮勘辨なくては不叶候。況や友傍輩へ對し候ては。猶更遠慮尤に候。扨又人より打わりて。相談を致し懸る義有之節。我等も了簡に及ばずと云て。一向相談を斷り候は格別の義に候。既に其相談相手と罷成より初めては。たとひ其人の心に叶はず。氣に入らぬ事なりとも。少しも遠慮なく道理をせめて。我が存寄の一とほりを殘らず申述るは。一段頼母しき意地に候。然るを心弱くて。个樣に申したらんには。若も心に障るべきか。氣に當るべきかなど。下手遠慮を致して。事の道理に背き。筋目にあらざる義を。尤左樣にも可然など。間に合なる相談に及び。其人に云まじき事をいはせ。或は仕形の負を取らせなど致して。後日人々の誹嘲りに逢せ候は。相談相手に頼まれたる甲斐もなき仕合に候。或は我を人がましく思ひて。相談を致すに付て。理の當る所を以て。相談に及ぶ義を不用して。己が心任せに致し。事を仕損ずる樣なる無分別ものならば。向後入魂仕間敷事に候。初心の武士心得のため仍如件。
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『武道初心集』孝行(二)苦勞に預り候ものへは。此方からも女才を致さず。たとひ手前の事をさし置ても。其人の用事ならばと思ふ樣にも罷成候。況や我親として慈愛の心深く。其仕樣仕形ともに。殘る所もなきに於ては。其子の身にては。いか程孝養に力を盡し候とも。是にて事足れりと存ずる義は無之筈に候。爰を以て只尋常の孝行にては。感じ所も無之とは申にて候。其親の心だて直ならず。其上老僻みて。くだらぬ理窟立ばかりを申。何一色我家督と有て。讓り與へたる品も無之。勝手不如意なる辨へもなく。朝夕の飲物食物衣類等に付ても。種々のねだり事を申。剩へ他所他門の者に出逢ては。倅めが不孝ゆゑ。老後に存寄らぬ苦勞を仕り。思召の外迷惑致すなどゝ申觸れて。我が子の外聞を失はせ候樣なる。分別相違の親をも親とあがまへ。取にくき機嫌をとり。偏に親の老衰をかなしみ嘆きて。毛頭も女才を致さず。孝養の誠を盡すを孝子の本意とは申にて候。如此の意地ある武士は主君をとり奉公の身となり候ても。忠義の道をも能わきまへ。
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『武道初心集』治家武士たらむもの。我が妻女の身の上に於て。心に叶はざる義有之候はゞ。事の道理をいひ分けて。よく合點致す樣に申し敎へ。少々の義ならば思ひ免し。堪忍仕りて差置尤に候。然れ共元來心だて惡く。畢竟用に立間敷と存ずる程ならば。一向に暇を遣はし。親のもとへ送り返すは格別の義に候。左ながら左樣にも致さず。我が女房と定め。奧樣かみ樣と人にも言はせて指置者へ對し。高聲を揚げ。種々の惡口雜言に及ぶは。市町の裏屋脊戸屋の。傭夫役丁の風情は格別。既に一騎役をも勤むる武士の所行には。決して有まじき義に候。況や腰刀などをひねくり廻し。或は握り拳の一つもあて候類は。言語道斷の事にて臆病武士の仕業に候。子細を申すに武士の娘に生れ。人の女房と成程の年齡にて。男子の義ならば人に拳をあてられては中々こらへぬ筈なれ共。女性の淺ましさに。是非なく涙を流して。堪忍をば仕るにて候。總じて我に手向ひのならぬ相手と見懸て。理不盡の仕形に及ぶ義をば。猛き武士は決して致さぬものに候。猛き武士の嫌ふてせぬ事を。好みて致すものをさして。臆病者とは申にて候。初心の武士心得のため仍如件。
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『武道初心集』孝行(一)武士たらんものは。親へ孝養のつとめの厚きを以て。根本と仕り候。たとひ利發才覺。人に勝れ。辯舌明らかにして。器量よろしく生れ付候ても。親へ不孝のものは。何の用にも立不申候。子細を申に。武士道は本末を正しく致すを以て。肝要と仕る事にて候。本末の辨へ無之候ては。義理を知るべき樣無之候。義理を知らざるものは。武士とは申がたく候。本末を知ると申は。親は我身の本にして。我身は親の骨肉の末と申義を辨へ候事に候。然るに其末たる我が身を立る心から事起りて。根本たる親をば踈略に仕るにて候。是れ本末を辨へざる故に候。儲又親へ孝養を盡すに二段の樣子有之候。たとへば其親の心だてすなほにして。慈愛の誠を以て敎育に預り。其上人の取得がたき高知行に。武具馬具家財に至るまで。事缺なく。剩へ宜しき嫁までとり迎へて。何に不足なき家督を讓り。おのれは隱居となりたる親々へは。其子として。常大體の孝養にては。譽所も感じ所も無之候。赤の他人にても。入魂のうへ。我身上勝手向の事までも。
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