武道初心集 / 陣代一
戰國の時代。合戰迫合の砌。よき働を致し討死仕るか。又は深手を負て。其療養叶はず。相果候士をば。主君大將も。別して不便に思召をもつて。たとひ當歲生れにてもあれ。男をさへ持候へば。跡式に於ては。相違なく被下置義に候。然れ共其子幼少にて。軍役の勤め不罷成に付。其親の弟など。浪人にて罷在候へば。當分其者に兄の遺跡を賜り。此者幼年の間は。後見を仕れと。主君より仰付らるゝ義有之。是を陣代と申候。此陣代に古法有之候。其子細は。右の次第を以て。兄の遺跡を相續仕るからは。甥ながらも我が實子と存じ。眞實に不便を加へて養育仕るは。勿論の義に候。扱兄の跡式を受取候はゞ。武具馬具等は申すに及ばず。外々の雜具に至るまで。一所に集め。一家の內にて一兩輩も立合せて。委細に是を改め。悉く帳面に記し置義肝要に候。扱其子恙なく成長致し。既に十五歲に罷成候においては。來年は十六歲にも罷成候得ば。若輩ながらも。一騎前の御用には相立可申候間。唯今まで手前へ被下置候知行を讓渡し。御奉公相勤めさせ申度旨。書付を以て。急度願ひを相立候義尤に候。其節品に依ては。願の通り尤には思召候得共未だ若年の義にも有之間。
新字:戦国の時代。合戦迫合の砌。よき働を致し討死仕るか。又は深手を負て。其療養叶はず。相果候士をば。主君大将も。別して不便に思召をもつて。たとひ当歳生れにてもあれ。男をさへ持候へば。跡式に於ては。相違なく被下置義に候。然れ共其子幼少にて。軍役の勤め不罷成に付。其親の弟など。浪人にて罷在候へば。当分其者に兄の遺跡を賜り。此者幼年の間は。後見を仕れと。主君より仰付らるゝ義有之。是を陣代と申候。此陣代に古法有之候。其子細は。右の次第を以て。兄の遺跡を相続仕るからは。甥ながらも我が実子と存じ。真実に不便を加へて養育仕るは。勿論の義に候。扱兄の跡式を受取候はゞ。武具馬具等は申すに及ばず。外々の雑具に至るまで。一所に集め。一家の内にて一両輩も立合せて。委細に是を改め。悉く帳面に記し置義肝要に候。扱其子恙なく成長致し。既に十五歳に罷成候においては。来年は十六歳にも罷成候得ば。若輩ながらも。一騎前の御用には相立可申候間。唯今まで手前へ被下置候知行を譲渡し。御奉公相勤めさせ申度旨。書付を以て。急度願ひを相立候義尤に候。其節品に依ては。願の通り尤には思召候得共未だ若年の義にも有之間。
書き下し
戰國の時代。合戰迫合の砌。よき働を致し討死仕るか。又は深手を負て。其療養叶はず。相果候士をば。主君大將も。別して不便に思召をもつて。たとひ當歲生れにてもあれ。男をさへ持候へば。跡式に於ては。相違なく被下置義に候。然れ共其子幼少にて。軍役の勤め不罷成に付。其親の弟など。浪人にて罷在候へば。當分其者に兄の遺跡を賜り。此者幼年の間は。後見を仕れと。主君より仰付らるゝ義有之。是を陣代と申候。此陣代に古法有之候。其子細は。右の次第を以て。兄の遺跡を相續仕るからは。甥ながらも我が實子と存じ。眞實に不便を加へて養育仕るは。勿論の義に候。扱兄の跡式を受取候はゞ。武具馬具等は申すに及ばず。外々の雜具に至るまで。一所に集め。一家の內にて一兩輩も立合せて。委細に是を改め。悉く帳面に記し置義肝要に候。扱其子恙なく成長致し。既に十五歲に罷成候においては。來年は十六歲にも罷成候得ば。若輩ながらも。一騎前の御用には相立可申候間。唯今まで手前へ被下置候知行を讓渡し。御奉公相勤めさせ申度旨。書付を以て。急度願ひを相立候義尤に候。其節品に依ては。願の通り尤には思召候得共未だ若年の義にも有之間。
現代語訳
戦国の時代、合戦の際に、よい働きをして討ち死にするか、あるいは深手を負って療養がかなわず亡くなった武士については、主君や大将もとりわけ不憫に思われ、たとえ今年生まれの子であっても、男の子さえいれば、跡目は間違いなく与えられることになっていました。しかしその子が幼少で軍役を勤められないので、その親の弟などが浪人でいれば、当面その者に兄の遺跡を賜り、この者は幼年の間後見をせよと、主君から仰せつけられることがあります。これを陣代と言います。この陣代には古来の作法があります。そのわけは、以上のとおりで兄の遺跡を相続するからには、甥ではあっても実の子と思い、真実に不憫を加えて養育するのは言うまでもないことです。さて兄の跡式を受け取ったなら、武具・馬具などはもとより、その他の雑多な道具に至るまで、一か所に集め、一族のうちから一、二人を立ち会わせて、詳しくこれを改め、すべて帳面に記しておくことが肝要です。そのうえでその子が無事に成長して十五歳になれば、来年は十六歳になりますから、若年ながら一騎前の御用には立つでしょう。そこで今までわが手元に下されていた知行を譲り渡し、奉公を勤めさせたいと、書付をもって必ず願い出るのがもっともです。その折、場合によっては、願いのとおりにするのがもっともだとは思われても、まだ若年のことでもあるので、
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『武道初心集』陣代(二)先づ二三年の間は。其方相勤め候樣になど。被仰付有まじきに非ず。たとひ如何樣の重き仰せあり共。達て御理り申上。儲願の通りと有之時は。其初調べ置たる帳面を以て。先代の諸道具不殘引渡し。其身陣代を勤め罷在內に。調義致したる諸色の內にも。讓り與へて可然品あらば。是をも帳面に記して相渡し尤に候。且又右の通り家督被仰付刻。たとへば五百石本高の內三百石を甥に賜り。殘る二百石をば。數年陣代仕りたれば。其方へ被下置など被仰出義も可有之。左樣の節は。難有仕合身に餘り奉存候得共。本家の知行高減じ候段。迷惑に存候間。何分にも兄が舊知相違なく甥に仰付られ。私義は御暇被下置候樣にと。願立可申候。右の如く候てこそ陣代勤めたる武士の本意たるべきに。もはや初陣を勤る程の年來に成たる甥に。家督を渡さず。或は家督を渡し候ても。我が陣代を勤る內に。讓りの諸道具悉く紛失致し。家居さへ住荒したるまゝ。修復も致さず。剩へ兄が讓らざる借金買掛りを仕て是を引渡し。猶其上に扶持米。合力金などのねだり言を申て。若輩なる甥の臑をかぢる分別を仕るは。不埒の至りと可申候。初心の武士心得のため仍如件。
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『武道初心集』親族(二)實子實弟のあいさつなれば。見放しがたくて。餘伎なく世話に致すなどは。左もあるべき義に候。次に我が娘を他へ嫁せしめ。男子產れて後。其聟相果。幼少の外孫家督に備はり。其跡式の義に付。聟の方の親類縁者と立合相談の義など有之においては。十の物ならば八つ九つまでも。聟の方の諸親類の取捌に致させて。指置申心得肝要に候。但し其聟存生の時より。勝手不如意なる跡式などにて。諸親類の厄介とも罷成次第ならば。畢竟我が娘の難義をも。見屆け遣はす道理にも有之候へば。彼是と世話にも不致しては不叶候。其聟の果たる跡に。何の事欠る義も無之か。又は少しにてもたくはひなども有之ならば。猶以て舅方より手ざしは致さぬ筈の義に候。其孫とてもいまだ幼少なるに。我娘と相談を以ての後見。一圓其意を得ぬと。他人の批判も憚るべき事に候。扨又一家の總領筋。或は先祖の主筋。旗頭など申す人の家衰へ。世に落ぶれて。見る影もなく成果たるを。少しも疎略致さず。むかしの筋目を立て折々の心寄せをも仕るは。武士の本意に候。襟元足元にばかり目を付け。盛なると見ては。敬ふまじきをも敬まひ。衰へたると見ては。賤しむまじきをも賤しむは。悉皆百姓町人の意地合にして。武士の正義にあらず候。初心の武士心得のため仍如件。
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『武道初心集』臣職(二)殘し置れずしては叶はず候。去るに依て。常々はさして御入用も無之樣に候得共。大身小身へかけ。數多の士を抱へ置被成。家中多き中には不器量沙汰の限り。或は五體不具なる生れ付。又は心行不足に見ゆる者をも。大目に御覽被成て。父祖の知行を相違なく下し置るゝ事に候。然れば御家來の身にて勘辨致すべきは。日本國中國主城主多き中に。いかなる宿緣ありてか主從の約をなし。似合相應の祿を賜り。譬ば百石と申す少知にても。十年には千石の米高に罷成候を。先祖の代より其身の代まで幾十年ともなく。拜領致し來りたる俵子を積り候はゝ。凡如何程に可相成や。此君恩の深きに報謝し奉らんには。常々の番役供役使役などは。治世の只居り役と申物にて。世並人並の義なれば。押立たる奉公とは申難し。只明日にもすはといふ時。平塲の迫合ならば壹番鎗。敵城を攻るに於ては一番乘。もし味方利を失ひ引退く刻は殿。或は品に寄り敵の射る矢おもてに立塞りて。主君大將の御身代りにも罷立。
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『武道初心集』奉公(一)奉公を勤る武士。我が頼み奉る主君。何ぞ大きなる御物入さし集ひて。御勝手向ひしと廻りかね。何共可被成樣無之に至りて。常々家中へ下し置るゝ知行切符の內を。いか程づゝ何が年が間。御借川に被成度などゝ有之義もなくては不叶候。其多少によらず。畏りて御請を申上るより初ては。他人の義は申すに及ばず。たとひ女房子供の寄合雜談の中に於ても。是は難義の至り。迷惑の仕合など。言葉の端にも申出すは。武士の本意に非ず候。子細を申すに。昔が今に至るまで。主君の御難義をば家來共が打寄て是を見屆け奉り。家來の難義をば。主君の御力を以て救ひ被下候は。是皆定れる武家の作法に候。頼み奉る主君の御內證御さし詰り。御手づかへ申すに至りては。公界へ懸り。是は大名役にて不被成しては叶はざる義までも。大形はさし止められ。萬事を御勘忍被成候を見奉るに付ては。御家來の身にて。氣の毒にも。口惜しくも存間敷樣とては無之候。但常式の義は成次第とも可申候。只明日にも天下の國端に於て。不慮の騷動有之刻。相定れる軍役を以て。近日彼地へ發向あられ候樣にとの上意下り。すはや其支度あるに及ても。先づ入用のものは金銀に候。然れば其才覺と有ても。何方よりも出所無之。石にて手を詰たると申す喩のごとくにて。跡へも先へも行乘る難義の內に。同刻の大名衆は。用意相調ひ。
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『武道初心集』武役(一)總じて武士の役義と申すは。陣普請兩役に候。天下戰國の時は。明ても暮ても爰の陣彼所の軍とて。一日たりとも武士としては。身を安く置事は不罷成候。陣とさへ申せば。普請は附合にて。爰の要害。彼所の堀切扱は取手陣城付城など申て。晝夜にかぎらぬ急ぎの普請に。上下の骨折辛勞は淺からざる義に候。治世に於ては。陣といふ事なければ。それに從て普請とても無之候。去るに依て。武將の下。大小の士に。番役供役使役等。其外役々を定められ。諸人只居役の勤をさせて指置被成候を。是が武士の役義ぞと心得。肝要の役義たる。陣普請の兩役の義をば曉の夢にも思ひ出さず。たまさかにも公義御普請の御手傳。主君へ仰付られ。其物入多さを以て。家中の士へ割合になり。少しづゝ出金有之時は。何ぞ出すまじき物を出すがごとく。悔みつぶやき候は。畢竟武士の役義に於ての肝要は。陣普請といふを。存じ辨へざるより起る事に候。扱常式の番役供役使役の義も。我が當り前の本番を勤るをさへ。大きなる難義と心得。させる病氣と申にても無之にも。病氣斷りを申立て。同役相番へ助を頼み。人に苦勞を懸るをば何共存ぜず。或は旅がけの使には。路銀の物入。
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『武道初心集』臨終(二)今生に心懸りなる事の無之樣に致し。重き職役をも相勤るに於ては。勿論の儀。たとひ輕き奉公の身たりといふとも。物のいはるゝ內。支配頭を招請致し。年來上の御厚恩に預り候得ば。いか樣一度は御用に相立申度と。常々心懸罷在候處。如此く重病に懸り。最はや本復難仕次第に罷成。近頃殘念に存候得共。今更是非に不及候。愈相果候に於ては。只今迄の御厚恩あり難き仕合に奉存旨。御家老中迄被仰上被下候樣にと申述尤に候。其義を濟したる上にて。一家朋友などへも。最後の暇乞を致し候刻み。子供をも呼出し。我等義多年上の御厚恩を蒙りながら。病死を致すは。武士の本意に非ずといへ共。其段は是非に及ばざる所なり。其方共義は年若ければ。我等が志を受繼。若自然の義も有之に於ては。是非上の御用に可相立と覺悟致し。常に忠義の志を勵まし。御奉公に精出し勤むべく候。もし此遺言に違ひ。不忠不義の仕形有之に於ては。草葉の陰に於ても。勘當と心得べしなど。
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