武道初心集 / 武士
總じて武士と申すものは。世の亂賊を誅し三民の輩に。安堵の思ひをなさしむべき爲の役人に候へば。たとひ小身たり共。武士と呼るゝ身としては。三民の輩に對して。無理非道の仕形とては。仕間敷道理に候處。農人へは無體なる收納を申懸。其上に種々の過役を充て取潰し。職人には物をあつらへて。其作料手間代をも遣らず。町人商人の手前よりは物を調へて。其代物を無沙汰に致し。或は金銀を貸りても。橫に寢て貸取に仕るは。大不義と可申候。爰を能々勘辨致し領知の百姓をば勞はり。諸職人をもたふさぬ樣に仕り。町人商人の手前に。是まで有之買掛り借金等も。たとひ一度にこそは返濟不罷成候共。連々を以て少しづゝも是を遣はし。損をさせ。迷惑を致させぬ樣にと。心入有べき事に候。盜賊を戒むる役人たる武士として盜賊の眞似を仕るべき樣とては。無之事に候。初心の武士心得のため仍如件。
新字:総じて武士と申すものは。世の乱賊を誅し三民の輩に。安堵の思ひをなさしむべき為の役人に候へば。たとひ小身たり共。武士と呼るゝ身としては。三民の輩に対して。無理非道の仕形とては。仕間敷道理に候処。農人へは無体なる収納を申懸。其上に種々の過役を充て取潰し。職人には物をあつらへて。其作料手間代をも遣らず。町人商人の手前よりは物を調へて。其代物を無沙汰に致し。或は金銀を貸りても。横に寝て貸取に仕るは。大不義と可申候。爰を能々勘弁致し領知の百姓をば労はり。諸職人をもたふさぬ様に仕り。町人商人の手前に。是まで有之買掛り借金等も。たとひ一度にこそは返済不罷成候共。連々を以て少しづゝも是を遣はし。損をさせ。迷惑を致させぬ様にと。心入有べき事に候。盗賊を戒むる役人たる武士として盗賊の真似を仕るべき様とては。無之事に候。初心の武士心得のため仍如件。
書き下し
總じて武士と申すものは。世の亂賊を誅し三民の輩に。安堵の思ひをなさしむべき爲の役人に候へば。たとひ小身たり共。武士と呼るゝ身としては。三民の輩に對して。無理非道の仕形とては。仕間敷道理に候處。農人へは無體なる收納を申懸。其上に種々の過役を充て取潰し。職人には物をあつらへて。其作料手間代をも遣らず。町人商人の手前よりは物を調へて。其代物を無沙汰に致し。或は金銀を貸りても。橫に寢て貸取に仕るは。大不義と可申候。爰を能々勘辨致し領知の百姓をば勞はり。諸職人をもたふさぬ樣に仕り。町人商人の手前に。是まで有之買掛り借金等も。たとひ一度にこそは返濟不罷成候共。連々を以て少しづゝも是を遣はし。損をさせ。迷惑を致させぬ樣にと。心入有べき事に候。盜賊を戒むる役人たる武士として盜賊の眞似を仕るべき樣とては。無之事に候。初心の武士心得のため仍如件。
現代語訳
総じて武士というものは、世の乱賊を誅し、三民(農工商)の者たちに安堵の思いをさせるための役人ですから、たとえ小身でも、武士と呼ばれる身としては、三民の者に対して無理非道のふるまいをしてはならない道理です。それなのに、農民には無体な年貢を言いかけ、そのうえさまざまな過役を課して取り潰し、職人には物を注文して、その作料・手間代をも遣わさず、町人商人の手元からは物を調えて、その代金を無沙汰にし、あるいは金銀を借りても、横になって寝たまま(居直って)借りっぱなしにするのは、大不義と言うべきです。このことをよくよく考え、領知の百姓をいたわり、諸職人をないがしろにしないようにし、町人商人の手元にこれまでの買掛りや借金などがあれば、たとえ一度には返済できなくても、だんだんに少しずつでも返し、損をさせ迷惑をかけないようにと、心を配るべきです。盗賊を戒める役人である武士が、盗賊の真似をするようなことはあってはならないことです。初心の武士の心得のために、以上のとおりである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『武道初心集』禮敬(一)忠孝の二つの道は。武士の身の上に限りたる義にては無之。農工商とてもかはる義は無之候。然りといへども。三民のうへには。譬へば人の子人の下人たる者が。主親と同座を致すに。膝を組み。ぬき入手を致し。物を云ふにも手をつくこともなく。上に座して居る主親へ。立ながら物を申し。其外萬事に付。無禮不作法多けれども。それには搆ひなく。唯主親を大切に思ふ志の誠をさへ盡し候へば。事濟申候は。是三民の輩の忠孝に候。武士道に於ては。たとひいか程心に忠孝を守り候ても。其形に於て。主を敬ひ親を尊ぶの禮儀なくては。道に叶ひたるとは申されず候。但主君の御事は申すに及ばず。親々へ對し候ても。目の前に於ての慮外緩怠は。武士を立る程のものは。可仕樣無之候。主親の目通りを離れ。陰うしろに於ても。聊疎略を致す事なく。陰日向なきを以て。武士の忠孝とは申にて候。何れの所に寢臥を仕り候共。主君の御座の方へは。かりにも我足をさし向けず。卷藁を立弓を射るにも。御座の方へは矢落をなさず。鎗薙刀を懸置にも。切先をさし向けず。
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