武道初心集 / 親族一
世間において。我が兄の子をも。弟の子をも。甥と申。又我が姉妹の他へ嫁して設けたる子をも。同じく甥と名付て。何れも替る事なしと心得罷在るは。百姓町人の上の事にて。武士は格別の樣子有之事に候。たとへば其家の嫡子たる兄の持たる子は。甥ながらも我親兄の跡式をふまひ。總領家と申すにて候へば。たとひ甥の代となりても。親兄を敬ひたる如く馳走致す事に候。全く其甥に對しての義にては無之。偏に家元の先祖を敬ふ道理にて候。其二男三男。幷に我が弟の持たる子供へ對し候ては。世間體の伯父甥の交りにて事濟み候。姉妹の持たる子供の義も。甥には候へ共。是は他姓を稟たる義に候へば。其心得を以て。常の言葉づかひ。書狀の文言などにも。隔意を用ひ尤に候。甥弟又は。我子たりといふ共。他の家へ養子に遣し候ては。其心得あるべき事に候。たとひ內證の出合。參會の刻みの言葉づかひなどは。いかんも候へ。他所他門のつき合に於ては。隔意の挨拶尤に候。他人の子に致したる後も。猶我が子我弟の如く。介抱だてを致すべき所存ならば。本より手前にさし置たるがよきにと。養父方の諸親類。向の家頼の下墨もなくては不叶候。但し養父方において。啶と致したる親類とても無之。家の締りもなく。相續なりがたき樣子に付ては。
新字:世間において。我が兄の子をも。弟の子をも。甥と申。又我が姉妹の他へ嫁して設けたる子をも。同じく甥と名付て。何れも替る事なしと心得罷在るは。百姓町人の上の事にて。武士は格別の様子有之事に候。たとへば其家の嫡子たる兄の持たる子は。甥ながらも我親兄の跡式をふまひ。総領家と申すにて候へば。たとひ甥の代となりても。親兄を敬ひたる如く馳走致す事に候。全く其甥に対しての義にては無之。偏に家元の先祖を敬ふ道理にて候。其二男三男。幷に我が弟の持たる子供へ対し候ては。世間体の伯父甥の交りにて事済み候。姉妹の持たる子供の義も。甥には候へ共。是は他姓を稟たる義に候へば。其心得を以て。常の言葉づかひ。書状の文言などにも。隔意を用ひ尤に候。甥弟又は。我子たりといふ共。他の家へ養子に遣し候ては。其心得あるべき事に候。たとひ内証の出合。参会の刻みの言葉づかひなどは。いかんも候へ。他所他門のつき合に於ては。隔意の挨拶尤に候。他人の子に致したる後も。猶我が子我弟の如く。介抱だてを致すべき所存ならば。本より手前にさし置たるがよきにと。養父方の諸親類。向の家頼の下墨もなくては不叶候。但し養父方において。啶と致したる親類とても無之。家の締りもなく。相続なりがたき様子に付ては。
書き下し
世間において。我が兄の子をも。弟の子をも。甥と申。又我が姉妹の他へ嫁して設けたる子をも。同じく甥と名付て。何れも替る事なしと心得罷在るは。百姓町人の上の事にて。武士は格別の樣子有之事に候。たとへば其家の嫡子たる兄の持たる子は。甥ながらも我親兄の跡式をふまひ。總領家と申すにて候へば。たとひ甥の代となりても。親兄を敬ひたる如く馳走致す事に候。全く其甥に對しての義にては無之。偏に家元の先祖を敬ふ道理にて候。其二男三男。幷に我が弟の持たる子供へ對し候ては。世間體の伯父甥の交りにて事濟み候。姉妹の持たる子供の義も。甥には候へ共。是は他姓を稟たる義に候へば。其心得を以て。常の言葉づかひ。書狀の文言などにも。隔意を用ひ尤に候。甥弟又は。我子たりといふ共。他の家へ養子に遣し候ては。其心得あるべき事に候。たとひ內證の出合。參會の刻みの言葉づかひなどは。いかんも候へ。他所他門のつき合に於ては。隔意の挨拶尤に候。他人の子に致したる後も。猶我が子我弟の如く。介抱だてを致すべき所存ならば。本より手前にさし置たるがよきにと。養父方の諸親類。向の家頼の下墨もなくては不叶候。但し養父方において。啶と致したる親類とても無之。家の締りもなく。相續なりがたき樣子に付ては。
現代語訳
世間では、自分の兄の子も弟の子も甥と言い、自分の姉妹が他家に嫁いで産んだ子も同じく甥と名づけて、どれも変わりはないと心得ているのは、百姓や町人の上のことで、武士には格別のわけがあります。たとえば、その家の嫡子である兄が持った子は、甥ではあっても、自分の親や兄の跡式を継ぐ者で、総領家というので、たとえ甥の代となっても、親や兄を敬ったように馳走するものです。これは決してその甥個人への対応ではなく、ひとえに家元の先祖を敬う道理からです。その二男・三男、ならびに自分の弟が持った子供に対しては、世間並みの伯父甥の交わりで済みます。姉妹の産んだ子供のことも、甥ではあっても、これは他姓を受けた者なので、その心得で、ふだんの言葉づかいや手紙の文言などにも、隔意を用いるのがよいのです。甥や弟、または自分の子であっても、他の家へ養子に遣わした以上は、その心得があるべきです。たとえ内輪の出会いや寄り合いのときの言葉づかいはどうあれ、他所他門との付き合いでは、隔意のある挨拶をするのがよいのです。他人の子にした後も、なお自分の子や弟のように世話をするつもりなら、初めから手元に置いておくのがよかったので、養父方の諸親類や向こうの家来たちの内々の了解もなくてはかないません。ただし、養父方にしっかりした親類もなく、家の締まりもなく、相続しがたい様子であれば、
解説
この章句が説くこと
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『武道初心集』交誼(二)或は異見を加へ候も。勘辨あるべき事にて候。子細を申すに。人の親師匠。兄伯父などの身にて。子や弟子や。甥弟へ對しては。たとひいか樣の思ひ寄を申過し候ても。苦しかるまじく候へ共。それさへ武士の口より物を申出すは。遠慮勘辨なくては不叶候。況や友傍輩へ對し候ては。猶更遠慮尤に候。扨又人より打わりて。相談を致し懸る義有之節。我等も了簡に及ばずと云て。一向相談を斷り候は格別の義に候。既に其相談相手と罷成より初めては。たとひ其人の心に叶はず。氣に入らぬ事なりとも。少しも遠慮なく道理をせめて。我が存寄の一とほりを殘らず申述るは。一段頼母しき意地に候。然るを心弱くて。个樣に申したらんには。若も心に障るべきか。氣に當るべきかなど。下手遠慮を致して。事の道理に背き。筋目にあらざる義を。尤左樣にも可然など。間に合なる相談に及び。其人に云まじき事をいはせ。或は仕形の負を取らせなど致して。後日人々の誹嘲りに逢せ候は。相談相手に頼まれたる甲斐もなき仕合に候。或は我を人がましく思ひて。相談を致すに付て。理の當る所を以て。相談に及ぶ義を不用して。己が心任せに致し。事を仕損ずる樣なる無分別ものならば。向後入魂仕間敷事に候。初心の武士心得のため仍如件。
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