武道初心集 / 出家士一
昔より出家士と申ならはし候が。實も相似寄たる樣子も有之候。たとへば禪家に於て。何藏主何首座など名付たるは。是皆平僧にて。武家にとりては。外樣奉公を仕る。組付の平士と同格に候。次に一段級を踰ゑ。單寮西堂など申候は。武家に於て目付役。番士の組頭。或は徒士頭等の諸役者にひとしきものに候。儲亦同じ出家ながらも。色衣の法服を身にまとひ。手に拂子執柄を持て。大勢の大衆を攝得致し候を。長老和尚と申候は。武家に於ては自分指物をさし。或は羽織采拜を許されて。士卒を引廻し。軍の下知をなす。士大將足輕大將。扱は弓矢の六奉行など申す武士に同じき樣子に候。但し學問の務め方に於ては。釋門の同宿共の務め方に合せては。武家の同宿は遙に劣りて覺ゑ候。子細を申すに。釋門の作法は。平僧にて罷在候內に。師匠の手前を離れ。諸寺諸山を遍歷仕り。餘多の學匠明師にも出會。參禪參得の功を積み。たとひ單寮西堂。又は長老和尚に經上り。本寺本山の住職を勤る身と罷成候ても。少しも恥かしからぬ樣に。學問を致し究めて。出世の時の至るを相待罷在候。武家に於ても。左樣にこそ有り度事に候所。無役の平士にて。外樣奉公仕り。隙にて罷在候者も。似合相當の祿有之。衣食住の三つに於て。何の不足も無之故。
新字:昔より出家士と申ならはし候が。実も相似寄たる様子も有之候。たとへば禅家に於て。何蔵主何首座など名付たるは。是皆平僧にて。武家にとりては。外様奉公を仕る。組付の平士と同格に候。次に一段級を踰ゑ。単寮西堂など申候は。武家に於て目付役。番士の組頭。或は徒士頭等の諸役者にひとしきものに候。儲亦同じ出家ながらも。色衣の法服を身にまとひ。手に払子執柄を持て。大勢の大衆を摂得致し候を。長老和尚と申候は。武家に於ては自分指物をさし。或は羽織采拝を許されて。士卒を引廻し。軍の下知をなす。士大将足軽大将。扱は弓矢の六奉行など申す武士に同じき様子に候。但し学問の務め方に於ては。釈門の同宿共の務め方に合せては。武家の同宿は遥に劣りて覚ゑ候。子細を申すに。釈門の作法は。平僧にて罷在候内に。師匠の手前を離れ。諸寺諸山を遍歴仕り。余多の学匠明師にも出会。参禅参得の功を積み。たとひ単寮西堂。又は長老和尚に経上り。本寺本山の住職を勤る身と罷成候ても。少しも恥かしからぬ様に。学問を致し究めて。出世の時の至るを相待罷在候。武家に於ても。左様にこそ有り度事に候所。無役の平士にて。外様奉公仕り。隙にて罷在候者も。似合相当の禄有之。衣食住の三つに於て。何の不足も無之故。
書き下し
昔より出家士と申ならはし候が。實も相似寄たる樣子も有之候。たとへば禪家に於て。何藏主何首座など名付たるは。是皆平僧にて。武家にとりては。外樣奉公を仕る。組付の平士と同格に候。次に一段級を踰ゑ。單寮西堂など申候は。武家に於て目付役。番士の組頭。或は徒士頭等の諸役者にひとしきものに候。儲亦同じ出家ながらも。色衣の法服を身にまとひ。手に拂子執柄を持て。大勢の大衆を攝得致し候を。長老和尚と申候は。武家に於ては自分指物をさし。或は羽織采拜を許されて。士卒を引廻し。軍の下知をなす。士大將足輕大將。扱は弓矢の六奉行など申す武士に同じき樣子に候。但し學問の務め方に於ては。釋門の同宿共の務め方に合せては。武家の同宿は遙に劣りて覺ゑ候。子細を申すに。釋門の作法は。平僧にて罷在候內に。師匠の手前を離れ。諸寺諸山を遍歷仕り。餘多の學匠明師にも出會。參禪參得の功を積み。たとひ單寮西堂。又は長老和尚に經上り。本寺本山の住職を勤る身と罷成候ても。少しも恥かしからぬ樣に。學問を致し究めて。出世の時の至るを相待罷在候。武家に於ても。左樣にこそ有り度事に候所。無役の平士にて。外樣奉公仕り。隙にて罷在候者も。似合相當の祿有之。衣食住の三つに於て。何の不足も無之故。
現代語訳
昔から出家士と言い習わしていますが、まことによく似通った様子がございます。たとえば禅家において、何蔵主、何首座などと名付けられた者は、みな平僧であり、武家で言えば、外様奉公を務める、組付きの平士と同格です。次に一段、級を越えて、単寮・西堂などと申す者は、武家において目付役、番士の組頭、あるいは徒士頭などの諸役にひとしい者です。さらに、同じ出家でも、色衣の法服を身にまとい、手に払子や拄杖を持って、大勢の大衆をとりまとめる者を、長老和尚と申しますが、これは武家においては、自分の指物をさし、あるいは羽織や采配を許されて、士卒を引き回し、軍の指図をする士大将・足軽大将、さらには弓矢の六奉行などと申す武士に同じ様子です。ただし、学問の務め方においては、釈門の同宿たちの務め方に比べると、武家の同宿ははるかに劣ると思われます。その理由を申しますと、釈門の作法は、平僧でいる間に、師匠のもとを離れ、諸寺諸山を巡り歩き、数多くの学匠や明師にも出会い、参禅参得の功を積み、たとえ単寮・西堂、または長老和尚にまで経上がり、本寺本山の住職を務める身になっても、少しも恥ずかしくないように学問をし究めて、出世の時が至るのを待っています。武家においても、そのようにありたいところですが、無役の平士で、外様奉公をして暇にしている者も、身分相応の禄があり、衣・食・住の三つにおいて何の不足もないので、
解説
この章句が説くこと
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