武道便蒙録 / 序・人を知ることこそ難しい
夫智莫難於知人。樊遲問智。孔子曰。知人。蓋 本邦亦然。大將三之采配厥一也。以知人爲治國之大要。甚矣。俗學兵家者流之行于世。其書繁多而。或簡。或雜。讀者往々憾之。何則不能達其意故也。此書爲初學。聯綴古語。以國字。便童蒙。署擧兵家之卒。今而思之。亦術之不擇哉。假令多々益辨。能左右百萬之衆。其本也。既以本邦之配。示軍賦所重也。是乃先王之道也。子之所見。其諸謂之乎。雖士庶人。不志於斯。則不能保身。無已以錄之。嗚乎知人難乎。于時天保五甲午初冬淳莽謹記
新字:夫智莫難於知人。樊遅問智。孔子曰。知人。蓋 本邦亦然。大将三之采配厥一也。以知人為治国之大要。甚矣。俗学兵家者流之行于世。其書繁多而。或簡。或雑。読者往々憾之。何則不能達其意故也。此書為初学。聯綴古語。以国字。便童蒙。署挙兵家之卒。今而思之。亦術之不択哉。仮令多々益弁。能左右百万之衆。其本也。既以本邦之配。示軍賦所重也。是乃先王之道也。子之所見。其諸謂之乎。雖士庶人。不志於斯。則不能保身。無已以録之。嗚乎知人難乎。于時天保五甲午初冬淳莽謹記
書き下し
夫れ智は人を知るより難きは莫し。樊遲智を問ふ。孔子曰く、人を知ると。蓋し本邦も亦然り。大將の三の采配、厥の一なり。人を知るを以て國を治むるの大要と爲す。甚しいかな。俗學兵家者流の世に行はるるや。其の書繁多にして、或いは簡、或いは雜、讀む者往々之を憾む。何となれば其の意に達すること能はざるが故なり。此の書は初學の爲に、古語を聯綴し、國字を以て、童蒙に便にす。署に兵家の卒を擧ぐ。今にして之を思へば、亦術の擇ばざるかな。假令多々益々辨じ、能く百萬の衆を左右すとも、其の本や、既に本邦の配を以て、軍賦の重んずる所を示すなり。是れ乃ち先王の道なり。子の見る所、其れ諸れ之を謂ふか。士庶人と雖も、斯に志さざれば、則ち身を保つこと能はず。已むこと無くして以て之を錄す。嗚乎、人を知るは難いかな。時に天保五甲午初冬、淳莽謹みて記す。
現代語訳
そもそも智というものは、人を知ることより難しいものはありません。樊遲(はんち)が智について尋ねたとき、孔子は「人を知ることだ」と答えました。思うに、わが国でも同じです。大将の三つの采配のうち、その一つがこれです。人を知ることを国を治める大切な要としています。まことに甚だしいことです。世間の俗学の兵家の流派が世に行われ、その書物は数が多く、簡略すぎるものもあれば雑多なものもあり、読む者はしばしばこれを残念に思います。なぜなら、その意味に行き着くことができないからです。この書は初学の者のために、古い言葉をつなぎ合わせ、仮名交じりの国字を用いて、子どもや初心者の便宜をはかりました。兵家の卒(兵)を挙げて示します。今になって思えば、これもまた術を選ばないということでしょう。たとえ多ければ多いほどよく兵を扱い、百万の軍勢を自在に動かせたとしても、その根本は、すでにわが国の采配によって、軍の賦(兵力や負担)で重んじるところを示すものです。これこそが先王の道です。あなた(子)の見るところも、おそらくこのことを言うのでしょう。身分の低い士や庶民であっても、ここに志さなければ身を保つことはできません。やむを得ずこれを書き記しました。ああ、人を知ることは難しいことです。ときに天保五年甲午の初冬、淳莽(じゅんぼう)が謹んで記しました。
解説

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