武治提要 / 知人・第6段
言を聞、行を察して、而して二のものを校量すべし。言行應當するものは常なり。言可にして行不可なるは、內に伏するものある歟、或は文に過て質にたらざるもの也。言不可にして行可なるは、文にたらずして質に過る歟、或は口舌に習慣すること深からざるもの也。爰に至て人品三等の大旨を記すべし。言行應當して可なるものは上材に屬す、言に不足して行の不可なるは中材に屬ず、言足て行不可なるは下材に屬す。善人の目五等にして、五を全く乘るものは士の粹なり、これを得ること尤も難し。二つ三つを有するものは中品なり。一つあるものは下品なり。下品なりといへども其功業重大なるときは、又小功の二つ三つを有するに超越することあり。此間の批判甚幽微にして、其品料の的切を得ること尤も難し。凡言行の撰如此して、而して后に其本意をはかるべし。若外表の言行のみを以て可否を定るときは、其實を得べからず。第二、料知と云は、外にあらわれずして內に伏する處の本意實趣を知こと也。見知を以て外を知といへども、料知を以て其內を詳にせざるときは、必ず可否をあやまつ、故に料知の道尤幽微なり。料知の大綱亦二義あり。第一かれが室內の常の政を察するなり。
新字:言を聞、行を察して、而して二のものを校量すべし。言行応当するものは常なり。言可にして行不可なるは、内に伏するものある歟、或は文に過て質にたらざるもの也。言不可にして行可なるは、文にたらずして質に過る歟、或は口舌に習慣すること深からざるもの也。爰に至て人品三等の大旨を記すべし。言行応当して可なるものは上材に属す、言に不足して行の不可なるは中材に属ず、言足て行不可なるは下材に属す。善人の目五等にして、五を全く乗るものは士の粋なり、これを得ること尤も難し。二つ三つを有するものは中品なり。一つあるものは下品なり。下品なりといへども其功業重大なるときは、又小功の二つ三つを有するに超越することあり。此間の批判甚幽微にして、其品料の的切を得ること尤も難し。凡言行の撰如此して、而して后に其本意をはかるべし。若外表の言行のみを以て可否を定るときは、其実を得べからず。第二、料知と云は、外にあらわれずして内に伏する処の本意実趣を知こと也。見知を以て外を知といへども、料知を以て其内を詳にせざるときは、必ず可否をあやまつ、故に料知の道尤幽微なり。料知の大綱亦二義あり。第一かれが室内の常の政を察するなり。
書き下し
言を聞、行を察して、而して二のものを校量すべし。言行應當するものは常なり。言可にして行不可なるは、內に伏するものある歟、或は文に過て質にたらざるもの也。言不可にして行可なるは、文にたらずして質に過る歟、或は口舌に習慣すること深からざるもの也。爰に至て人品三等の大旨を記すべし。言行應當して可なるものは上材に屬す、言に不足して行の不可なるは中材に屬ず、言足て行不可なるは下材に屬す。善人の目五等にして、五を全く乘るものは士の粹なり、これを得ること尤も難し。二つ三つを有するものは中品なり。一つあるものは下品なり。下品なりといへども其功業重大なるときは、又小功の二つ三つを有するに超越することあり。此間の批判甚幽微にして、其品料の的切を得ること尤も難し。凡言行の撰如此して、而して后に其本意をはかるべし。若外表の言行のみを以て可否を定るときは、其實を得べからず。第二、料知と云は、外にあらわれずして內に伏する處の本意實趣を知こと也。見知を以て外を知といへども、料知を以て其內を詳にせざるときは、必ず可否をあやまつ、故に料知の道尤幽微なり。料知の大綱亦二義あり。第一かれが室內の常の政を察するなり。
現代語訳
言を聞き、行いを察して、その二つを比べ量るべきです。言と行が一致するのが常です。言は良いのに行いが良くないのは、内に伏しているものがあるのか、あるいは文に過ぎて質が足りないのです。言は良くないのに行いが良いのは、文が足りず質に過ぎるのか、あるいは口先に習い慣れることが深くないのです。ここに至って、人品の三等の大旨を記すべきです。言行が一致して良い者は上材に属し、言が足りず行いも良くない者は中材に属し、言は足りるのに行いが良くない者は下材に属します。善人の目は五等で、五つをすべて備える者は士の精粋であり、これを得ることは最も難しいことです。二つ三つ備える者は中品です。一つだけの者は下品です。下品であっても、その功業が重大であるときは、小さな功の二つ三つを備える者を超えることがあります。この間の批判は非常に微妙で、その品料の的確を得ることは最も難しいことです。およそ言行の選びはこのようにして、その後に本意を推し量るべきです。もし外に現れた言行だけで可否を定めるなら、その実を得ることはできません。第二の料知とは、外に現れず内に伏している本意や実情を知ることです。見知で外を知っても、料知で内を詳しくしなければ、必ず可否を誤ります。ですから、料知の道は最も奥深く微妙です。料知の大綱にもまた二つの義があります。第一は、その人の室内の常の政を察することです。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『韓非子』六反第四十六其の言を聴きて其の当を求め、其の身に任じて其の功を責むれば、則ち無術不肖の者窮す。夫れ力士を得んと欲して其の自ら言ふを聴けば、庸人と烏獲と雖も別つべからざるなり。之に授くるに鼎爼を以てすれば、則ち罷健效る。故に官職なる者は、能士の鼎爼なり、之に任ずるに事を以てして愚智分かる。
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『墨子』兼愛下兼士の言は然らず、行いも亦た然らず。曰く、「吾れ聞く、天下に髙士為る者は、必ず其の友の身を為むること其の身を為むるが若くし、其の友の親を為むること其の親を為むるが若くして、然る後に以て天下に髙士為る可し」と。是の故に退きて其の友を睹るに、饑うれば則ち之に食わしめ、寒ければ則ち之に衣せしめ、疾病あれば之を侍養し、死喪あれば之を葬埋す。兼士の言は此くの若く、行いも此くの若し。若の二者は、言、相い非として行い相い反するか。常に若の二士をして、言は必ず信、行いは必ず果ならしめ、言行の合すること、猶お符節を合するがごとくならしめば、言いて行わざる無きなり。
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呉子・図国篇呉起、儒服にして兵機を以て魏の文侯に見ゆ。文侯曰く、「寡人は軍旅の事を好まず」と。起曰く、「臣は見るるところを以て隠れたるを占い、往きしを以て来たるを察す。主君何ぞ言と心と違うことを言わるるや。今、君は四時に人をして皮革を斬り離たしめ、掩うに朱漆を以てし、画くに丹青を以てし、爍かすに犀象を以てす。冬日に之を衣れば則ち温かならず、夏日に之を衣れば則ち涼しからず。長戟は二丈四尺、短戟は一丈二尺を為る。革車は戸を奄い、輪を縵にし轂を籠む。之を目に観れば則ち麗しからず、之に乗りて以て田すれば則ち軽からず。識らず、主君安んぞ此を用いんや。若し以て進みて戦い退きて守るに備うるも、能く用うる者を求めざれば、譬えば猶お伏鶏の狸を搏ち、乳犬の虎を犯すがごとし。闘心有りと雖も、之に随いて死せんのみ。昔、承桑氏の君は、徳を修めて武を廃し、以て其の国を滅ぼせり。有扈氏の君は、衆を恃み勇を好み、以て其の社稷を喪えり。明主は茲に鑒み、必ず内には文徳を修め、外には武備を治む。故に敵に当たりて進まざるは、義に逮ぶこと無きなり。僵屍して之を哀しむは、仁に逮ぶこと無きなり」と。是に於いて文侯は身自ら席を布き、夫人は觴を捧げ、呉起を廟に醮し、立てて大将と為し、西河を守らしむ。諸侯と大いに戦うこと七十六、全勝六十四、余は則ち鈞しく解く。土を四面に闢き、地を拓くこと千里なるは、皆な起の功なり。
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論語・憲問篇子曰わく、その言の怍(はじ)ざるは、これを為すこと難し。
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論語・公冶長篇宰予昼寝ぬ。子曰く、「朽木は雕る可からざるなり、糞土の牆は杇る可からざるなり。予に於いてか何ぞ誅めん。」子曰く、「始め吾人に於けるや、其の言を聴きて其の行を信ぜり。今吾人に於けるや、其の言を聴きて其の行を観る。予に於いてか是を改む。」
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