武治提要 / 立志・第2段
艸業の主、始には其志あるが如きも、富貴に至るときは竟に變じて怠惰すること、古今の例なり。凡大丈夫志を立て、死して始めて休せんとならば、志を以て氣の帥たらしむるにあり。天下の情各利を以て本とす。故に氣躰のふるゝ處、やゝもするときは此小利に安ぜんことを欲す、欲してこれに從ときは氣却て志を役す、爰を以て其志半途にして廢す。故に若半途にして小利に安んずるの氣機あらば、これ武德を損ずるの大賊たりと欲して、堅くこれを戒るにあり。戒て其志帥たるときは竟に變ずべからず。道義を談ずる者皆これを知といへども、行となり難きものは、或は一時なりとして自らこれをゆるし、或は小事なりとしてひとりこれをゆるす、一たび自らこれをゆるすときは、竟に因循積累して一生の志を廢するに至る。愼獨の戒全くゆるかせに致すべからず。或は一時或は小事なりと欲するものは、內賊の氣機也。爰に至て奮然としてこれに奪はれず、卓爾として勤ること、大丈夫の志なり。曾子簀をかへ、子路纓を結ものは、萬世氣の帥たる龜鑑たるべし。
新字:艸業の主、始には其志あるが如きも、富貴に至るときは竟に変じて怠惰すること、古今の例なり。凡大丈夫志を立て、死して始めて休せんとならば、志を以て気の帥たらしむるにあり。天下の情各利を以て本とす。故に気体のふるゝ処、やゝもするときは此小利に安ぜんことを欲す、欲してこれに従ときは気却て志を役す、爰を以て其志半途にして廃す。故に若半途にして小利に安んずるの気機あらば、これ武徳を損ずるの大賊たりと欲して、堅くこれを戒るにあり。戒て其志帥たるときは竟に変ずべからず。道義を談ずる者皆これを知といへども、行となり難きものは、或は一時なりとして自らこれをゆるし、或は小事なりとしてひとりこれをゆるす、一たび自らこれをゆるすときは、竟に因循積累して一生の志を廃するに至る。慎独の戒全くゆるかせに致すべからず。或は一時或は小事なりと欲するものは、内賊の気機也。爰に至て奮然としてこれに奪はれず、卓爾として勤ること、大丈夫の志なり。曽子簀をかへ、子路纓を結ものは、万世気の帥たる亀鑑たるべし。
書き下し
艸業の主、始には其志あるが如きも、富貴に至るときは竟に變じて怠惰すること、古今の例なり。凡大丈夫志を立て、死して始めて休せんとならば、志を以て氣の帥たらしむるにあり。天下の情各利を以て本とす。故に氣躰のふるゝ處、やゝもするときは此小利に安ぜんことを欲す、欲してこれに從ときは氣却て志を役す、爰を以て其志半途にして廢す。故に若半途にして小利に安んずるの氣機あらば、これ武德を損ずるの大賊たりと欲して、堅くこれを戒るにあり。戒て其志帥たるときは竟に變ずべからず。道義を談ずる者皆これを知といへども、行となり難きものは、或は一時なりとして自らこれをゆるし、或は小事なりとしてひとりこれをゆるす、一たび自らこれをゆるすときは、竟に因循積累して一生の志を廢するに至る。愼獨の戒全くゆるかせに致すべからず。或は一時或は小事なりと欲するものは、內賊の氣機也。爰に至て奮然としてこれに奪はれず、卓爾として勤ること、大丈夫の志なり。曾子簀をかへ、子路纓を結ものは、萬世氣の帥たる龜鑑たるべし。
現代語訳
草創の主は、初めには志があるように見えても、富貴に至ると結局変わって怠惰になるのが、古今の例です。およそ大丈夫が志を立て、死んで初めて休もうとするなら、志を気の統率者とすることにあります。天下の情はそれぞれ利を本としています。そのため、気が動くところは、ともすればこの小利に安んじたがります。そう欲してそれに従えば、気がかえって志を使役するようになり、その志は半ばで廃れます。ですから、もし半ばで小利に安んじようとする気の動きがあれば、これは武の徳を損なう大賊であると、堅く戒めることです。戒めて志が統率者となれば、ついに変わることはありません。道義を語る者はみなこれを知っていますが、行いとなりにくいのは、一時のことだとして自分を許し、あるいは小事だとして独りで自分を許すからです。一度自分を許せば、ついには先延ばしが積み重なって、一生の志を廃するに至ります。慎独の戒めは決してゆるがせにできません。一時だ、小事だと思う気持ちは、内なる賊の気の動きです。ここで奮い立ってそれに奪われず、高くそびえて勤めること、これが大丈夫の志です。曾子が簀を取り替えさせ、子路が冠の纓を結んだのは、万世にわたって、気の統率者であることの手本となります。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『慎思録』巻之一道に志す者は、須らく誠敬以て其の志を守るべし。然らざれば則ち流蕩放荒して道を忘れ、終にも亦必ず亡びんのみ。今の学者、大率人の不善を責むるの意思常に多くして、己の不善を責むるの意思常に少なし。此れ聖賢を以て人を律し、衆人を以て己を待すと謂ふ。是を以て学を為す者の、終に己に益無き所以なり。
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孟子・盡心章句上孟子曰く、「孔子東山に登りて魯を小とし、泰山に登りて天下を小とす。故に海を観る者には水と為し難く、聖人の門に游ぶ者には言と為し難し。水を観るに術有り、必ず其の瀾を観る。日月明有り、光を容るるところ必ず照らす。流水の物為るや、科に盈たざれば行かず。君子の道に志すや、章を成さざれば達せず。」
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啓発録・跋嗚呼如何せん、吾身刀圭の家に生れ、賤技に局々として、吾初年の志を遂る事を不得を。然れども所業は此に在りても、所志は彼に在り候へは、後世吾心を知り吾志を憐み吾道を信ずる者あらん歟。嘉永戊申季夏橋本左内誌。
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『大和俗訓』巻之一・為学上されども芸は末なり、道義の学は本なり。芸をひたすら好めば、必学の志をうばはれて失ふものなり。いはんや私欲のなぐさみ好みにまかするをや。いましむべし。志を立つれば、たとへば西国の人のあづまへ行かんとおもひ立ちて、日々に行くに、其間昼夜あづまへ行かんと思ふ心は、念々つねにやまず。是あづまへ行く志たつなり。かくの如くなれば、つひに志す所に行きとどかずといふ事なし。道に志すも亦かくの如くなるべし。
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『正法眼蔵随聞記』巻五亦云く、仙人ありき、或人問て云く、如何がして仙を得ん、仙人の云く、仙を得んと思はゞ仙道を好むへしと、然れば学人も仏祖の道を得んと思はゞ、須く仏祖の道を好むへし、
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論語・公冶長篇顔淵・季路侍る。子曰く、「盍ぞ各々爾の志を言わざる。」子路曰く、「願わくは車馬衣裘、朋友と共にし、之を敝るとも憾み無からん。」顔淵曰く、「願わくは善に伐ること無く、労を施すこと無からん。」子路曰く、「願わくは子の志を聞かん。」子曰く、「老者は之を安んじ、朋友は之を信じ、少者は之を懐けん。」
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