武治提要 / 立志・第3段
人情の本、好惡の兩端のみ。好處に志趣き、惡む處に背き去。人情の好處は利也、惡處は害なり。庸人の好處は小利なり、惡處は小害なり。達人はこれに反して、大利を好、大害を惡む。大利とは天下の清平、社稷の長久なり、小利とは一身の佚樂、一時の快意なり。其志立ときは大利に趣き、不立ときは小利を美なりとす。凡小利を求るときは、必とするの小利亦悠久ならずして、災害並至る。かの小利を安として安佚を求るの君といへども、天下の清平、社稷の長久を願求ることなきことあらんや。願い求る情あつて、其志は其求る處を害するの境にのみ日夜趣る。人心の惑これより甚しきはあらず。哀いかな。
新字:人情の本、好悪の両端のみ。好処に志趣き、悪む処に背き去。人情の好処は利也、悪処は害なり。庸人の好処は小利なり、悪処は小害なり。達人はこれに反して、大利を好、大害を悪む。大利とは天下の清平、社稷の長久なり、小利とは一身の佚楽、一時の快意なり。其志立ときは大利に趣き、不立ときは小利を美なりとす。凡小利を求るときは、必とするの小利亦悠久ならずして、災害並至る。かの小利を安として安佚を求るの君といへども、天下の清平、社稷の長久を願求ることなきことあらんや。願い求る情あつて、其志は其求る処を害するの境にのみ日夜趣る。人心の惑これより甚しきはあらず。哀いかな。
書き下し
人情の本、好惡の兩端のみ。好處に志趣き、惡む處に背き去。人情の好處は利也、惡處は害なり。庸人の好處は小利なり、惡處は小害なり。達人はこれに反して、大利を好、大害を惡む。大利とは天下の清平、社稷の長久なり、小利とは一身の佚樂、一時の快意なり。其志立ときは大利に趣き、不立ときは小利を美なりとす。凡小利を求るときは、必とするの小利亦悠久ならずして、災害並至る。かの小利を安として安佚を求るの君といへども、天下の清平、社稷の長久を願求ることなきことあらんや。願い求る情あつて、其志は其求る處を害するの境にのみ日夜趣る。人心の惑これより甚しきはあらず。哀いかな。
現代語訳
人情の根本は、好むことと憎むことの二つだけです。好むところには志が向かい、憎むところには背を向けて去ります。人情の好むものは利であり、憎むものは害です。凡庸な人の好むのは小さな利で、憎むのは小さな害です。達人はこれと反対に、大きな利を好み、大きな害を憎みます。大きな利とは、天下が清く平らかなこと、国家が長く続くことです。小さな利とは、一身の安楽、一時の気晴らしです。志が立てば大利に向かい、立たなければ小利をよいものとします。およそ小利を求めれば、必ず求めた小利も長くは続かず、災いや害がそろって訪れます。あの小利に安んじて安楽を求める君主でも、天下の清平と国家の長久を願い求めないことがあるでしょうか。願い求める心がありながら、その志は願うところを損なう方向にだけ日夜向かっていきます。人の心の迷いで、これより甚だしいものはありません。哀れなことです。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『武治提要』立志・第2段艸業の主、始には其志あるが如きも、富貴に至るときは竟に變じて怠惰すること、古今の例なり。凡大丈夫志を立て、死して始めて休せんとならば、志を以て氣の帥たらしむるにあり。天下の情各利を以て本とす。故に氣躰のふるゝ處、やゝもするときは此小利に安ぜんことを欲す、欲してこれに從ときは氣却て志を役す、爰を以て其志半途にして廢す。故に若半途にして小利に安んずるの氣機あらば、これ武德を損ずるの大賊たりと欲して、堅くこれを戒るにあり。戒て其志帥たるときは竟に變ずべからず。道義を談ずる者皆これを知といへども、行となり難きものは、或は一時なりとして自らこれをゆるし、或は小事なりとしてひとりこれをゆるす、一たび自らこれをゆるすときは、竟に因循積累して一生の志を廢するに至る。愼獨の戒全くゆるかせに致すべからず。或は一時或は小事なりと欲するものは、內賊の氣機也。爰に至て奮然としてこれに奪はれず、卓爾として勤ること、大丈夫の志なり。曾子簀をかへ、子路纓を結ものは、萬世氣の帥たる龜鑑たるべし。
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『初学訓』巻之二一人に義理あり、利養あり。義理は、天道にしたがひて、仁義の心をたもち、五倫の道を行ふをいふ。利養は、四民ともに各其家業をつとめ、衣食居所を求むる営をなして、身を養ふをいふ。義理は心を養ひ、財利は身を養ふ。凡そ、人の日夜営むべきこと、此二の外にこれなし。然るに、義理の心を養ふは、至りておもく、利養の身を養ふは、義理にくらぶれば甚だかろし。此二の軽重を知りて、義をたつとび、利を賤むべし。義を貴び、利をいやしむは、君子の心なり。利を貴び、義を忘るるは、小人の心なり。君子小人の別は、義と利との間にあり。一およそ、人の好むこと多しといへども、其大なること三あり。一には、富貴を好む。二には、長生を好む。三には、義理をこのむ。此三の内、軽重あり。富貴をこのむより長生をこのむは重く、長生を好むより義理を好むはおもし。人の好む所、軽重おのづから此の如くなるのみならず、好むべき道理の軽重も、亦おのづからかくの如し。
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『武治提要』風化・第2段武將寬仁大度の器あらざるときは、風化をなすべからず。或は功の速ならんことを欲し、或は數ゞ利害に動ときは、大成を得べからず。寬仁なるときは荏苒の功を喜て、捷徑を必とせず。故に自ら疆て怠馳せず。大度なるときは、小利を取小害をさくるに心なし。爰を以て竟に風化をなすべし。所謂小利小害とは一身の勞佚にして事物の大小を云にあらず。たとへ其事物小なりとも、天下國家の安危に屬するものは、大利大害なり。これを詳にすること、武智の明察にあり。武治の風化と云は、治敎久して后、後進は先進の爲に化し、兒孫は父祖の風に浴し、嚴令を待こと無して、天下の士悉く正義を貴て、邪義をにくみ、勇剛を欲して、儒弱をいとる、事物の淸素をよしとして、花奢を嫌ふに至る、これなり。
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『武治提要』立志・第4段天下に君として、天下の富貴を極る人は、百官常に頓首して、一たび其側を過るものは虎穴を經るがごとく、一たび言を上るは龍鬚を摘がごとし。故に一言一行皆順境に習ふ。口、肥甘にあき、身、輕暖を常とす。此故に慣とこゝろ皆利路に入易を以て、其志を奪はるゝこと亦易し。富と貧と氷炭の差にして、二つのもの皆志を氣の爲に役ぜらるゝの病多し。立志の本標的にあり。四海の武將は大治を以て正鵠とす。此正鵠に的中せざるの間は、死しても休べからずとするもの、これ英雄の志なり。
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『慎思録』巻之三愛悪の二者は、人情の大端なり。愛悪正しければ、則ち道行はる。其の偏愛偏悪有る者は、是れ私意の発する所にして、心の正しからずして、道の行はれざる所以なり。衆人の愛悪は、多く私意に出づ。故に愛すべからざるを愛するは、私昵に因るなり。悪むべからざるを悪むは、私怨に因るなり。道の行はれざる所以なり。夫れ愛悪正しくして理に当たる者を君子と為し、愛悪正しからずして理に背く者を小人と為す。身の修まると否と、家の斉ふと否と、世の治と乱と、皆愛悪の偏正に繋かるのみ。愛悪を正すの義、大なるかな。
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