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武治提要 / 武德・第4段

故に武將武德の盛功を欲せば、先武を以て吾を脩るの道を厚重にするにあり。而して武德の外に發する處の跡は、畏と服との二なり。これを呼て武威と云。武威の著きと云は、人服して畏れ、畏て而も服す。畏と服と二物にして、其功用をなすに及ては一なり。畏にあらざれば外に服すといへども內に背き、服にあらざるときは始に畏といへども終に背く、是を兵法に威愛抑揚の法と號す。威の至る處人これを畏れ、愛の至る處人これになつく。故に畏愛は百行の源たり。武德の發する處、威愛の兩端にして、威愛の功用は畏服なり。此故に自ら武を勤てやまざるは、德の己にあるなり。人の得て安んずるは、德の至れる也。內外彼此其處を得る、これ武德の全躰なり。これをなすものは智なり。これを行ふものは義也。これを終るものは勇なり。

新字:故に武将武徳の盛功を欲せば、先武を以て吾を脩るの道を厚重にするにあり。而して武徳の外に発する処の跡は、畏と服との二なり。これを呼て武威と云。武威の著きと云は、人服して畏れ、畏て而も服す。畏と服と二物にして、其功用をなすに及ては一なり。畏にあらざれば外に服すといへども内に背き、服にあらざるときは始に畏といへども終に背く、是を兵法に威愛抑揚の法と号す。威の至る処人これを畏れ、愛の至る処人これになつく。故に畏愛は百行の源たり。武徳の発する処、威愛の両端にして、威愛の功用は畏服なり。此故に自ら武を勤てやまざるは、徳の己にあるなり。人の得て安んずるは、徳の至れる也。内外彼此其処を得る、これ武徳の全体なり。これをなすものは智なり。これを行ふものは義也。これを終るものは勇なり。

書き下し

故に武將武德の盛功を欲せば、先武を以て吾を脩るの道を厚重にするにあり。而して武德の外に發する處の跡は、畏と服との二なり。これを呼て武威と云。武威の著きと云は、人服して畏れ、畏て而も服す。畏と服と二物にして、其功用をなすに及ては一なり。畏にあらざれば外に服すといへども內に背き、服にあらざるときは始に畏といへども終に背く、是を兵法に威愛抑揚の法と號す。威の至る處人これを畏れ、愛の至る處人これになつく。故に畏愛は百行の源たり。武德の發する處、威愛の兩端にして、威愛の功用は畏服なり。此故に自ら武を勤てやまざるは、德の己にあるなり。人の得て安んずるは、德の至れる也。內外彼此其處を得る、これ武德の全躰なり。これをなすものは智なり。これを行ふものは義也。これを終るものは勇なり。

現代語訳

ゆえに武将が武徳の盛んな功を望むなら、まず武によって自分を修める道を厚重にすることである。そして武徳が外に発する跡は、畏と服の二つである。これを武威と呼ぶ。武威が著しいとは、人が服して畏れ、畏れてしかも服することである。畏と服は二つのものだが、功用をなす段では一つである。畏でなければ外に服すといっても内に背き、服でなければ、初めは畏れても終わりには背く。これを兵法で威愛抑揚の法という。威の至るところ人はこれを畏れ、愛の至るところ人はこれになつく。ゆえに畏と愛は百行の源である。武徳の発するところは威愛の両端で、威愛の功用は畏服である。こうして自ら武を勤めてやまないのは、徳が己にあることであり、人が得て安んずるのは、徳の至ったことである。内外・彼此がそれぞれ所を得る、これが武徳の全体である。これをなすものは智、これを行うものは義、これを終えるものは勇である。

解説

ここでは武徳が外に表れる姿を畏と服の二つに分け、合わせて武威と呼びます。畏だけでは内心で背き、服だけでは終わりに背くと言い、兵法の威愛抑揚の法と結びつけます。最後に、これをなすのは智、行うのは義、終えるのは勇と、後の篇につながる整理が置かれます。厳しさと親しみのどちらかに偏ると人は離れるという話は、部下との距離の取り方に直結します。叱る場面でも認める場面でも、相手が恐れつつ信頼できる状態を保てているか、点検する目安になる一段です。

この章句が説くこと

武威畏と服威愛抑揚智義勇百行の源武治提要

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