武治提要 / 總叙・第2段
外國の治は譬ば瘦虛の疾を治するが如し、多く溫補を主とす。本朝の治は譬ば肥實を疾が如し、多く渴涼を主とす。これ水土の然る所以にして、天下の人情其俗とする處同じからざればなり。故に武敎と聖敎と其實其功相同して其形事の迹同じからず、甚熟味すべけんもの歟。
新字:外国の治は譬ば痩虚の疾を治するが如し、多く温補を主とす。本朝の治は譬ば肥実を疾が如し、多く渇涼を主とす。これ水土の然る所以にして、天下の人情其俗とする処同じからざればなり。故に武教と聖教と其実其功相同して其形事の迹同じからず、甚熟味すべけんもの歟。
書き下し
外國の治は譬ば瘦虛の疾を治するが如し、多く溫補を主とす。本朝の治は譬ば肥實を疾が如し、多く渴涼を主とす。これ水土の然る所以にして、天下の人情其俗とする處同じからざればなり。故に武敎と聖敎と其實其功相同して其形事の迹同じからず、甚熟味すべけんもの歟。
現代語訳
外国の治は、たとえば痩せて虚弱な病を治すようなもので、多く温め補うことを主とする。本朝の治は、たとえば肥えて実した病を治すようなもので、多く熱を冷まして渇きを抑えることを主とする。これは水土のしからしめるところで、天下の人情の習俗が同じでないからである。ゆえに武の教えと聖の教えは、その実も功も同じであるが、形や事の跡は同じでない。よくよく味わうべきことであろうか。
解説
総叙の結びで、外国の治と本朝の治を病の治療にたとえます。痩せて弱った体には温めて補い、肥えて実した体には熱を冷ますという対比で、違いは水土と人情の習俗によるとされます。ここで言いたいのは優劣よりも、聖教と武教は実と功が同じで、形の跡が違うということです。自序の悟りを、たとえ話で言い直した段と読めます。会社でも、他社や他業界で効いた手法をそのまま持ち込むと合わないことがあります。自分の組織の体質を見立ててから処方を選ぶという考え方は、組織づくりの出発点になります。
この章句が説くこと
治療のたとえ水土人情武教聖教武治提要
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