武備和訓 / 卷五・名刀に泥まず、分限に応じて備える
一劔は不可好作、斬骨以爲能焉、世人此辭を以て、楠正成の壁書の一條目とす、いまだ精しからざれども、愚此語意を按るに、それ最上の物の無瑾にして能截るは、其價甚貴ふして小祿の武士の力に不及、故に其名作にあらずとも、能截るものを用て、さのみ作に泥む事なかれと云也、作も截も二ッながらよき物に何ぞ如事あらん、然れば此語は小身の武士の志を慰して謂る事ならん、大祿の武士何ぞ價の貴賤にかゝわり必に不快ものを用べけんや、然れば必しも作は好むべからずと鑿にいふにはあらず、己れが分限に隨て、用ひよと云敎なるべし、武士に生れて此一ッの物程大切なるはなし、不叶迄も心を盡さずんばあるべからず、作名鍛にして、無瑾にして最上の物、當世 大樹を奉始、列侯に所持し給ふ處の名刀、本阿彌家の定る處、其價黃金千枚已下二百五十枚迄に至て、六十餘州六十六腰ならでは無し、(公家衆之儀は不知爰に云は武家計の事)其上品の物の尤少き事を知るべし、(正宗、貞宗、信濃藤四郎、堀藤四郎、藥研藤四郎、左文字、五月雨江、卯の花江、岡本正宗、蝦夷正宗、豐後正宗の如きもの也、)然るに武士は分限を知るを以武備の本とする事なれば、我魂とおもふ刀脇指だに分に潛て過分なれば、却て武備にあらずの語の意なれば、まして況や、其外の器財衣類のごとき美を禁る事勿論なり、平生質素にして花麗を致さず、專儉約を守れと云に不及して、其語意外に餘れり、假令正成の眞言に非ずとも、金言を採て用之べし、
新字:一剣は不可好作、斬骨以為能焉、世人此辞を以て、楠正成の壁書の一条目とす、いまだ精しからざれども、愚此語意を按るに、それ最上の物の無瑾にして能截るは、其価甚貴ふして小禄の武士の力に不及、故に其名作にあらずとも、能截るものを用て、さのみ作に泥む事なかれと云也、作も截も二ッながらよき物に何ぞ如事あらん、然れば此語は小身の武士の志を慰して謂る事ならん、大禄の武士何ぞ価の貴賤にかゝわり必に不快ものを用べけんや、然れば必しも作は好むべからずと鑿にいふにはあらず、己れが分限に随て、用ひよと云教なるべし、武士に生れて此一ッの物程大切なるはなし、不叶迄も心を尽さずんばあるべからず、作名鍛にして、無瑾にして最上の物、当世 大樹を奉始、列侯に所持し給ふ処の名刀、本阿弥家の定る処、其価黄金千枚已下二百五十枚迄に至て、六十余州六十六腰ならでは無し、(公家衆之儀は不知爰に云は武家計の事)其上品の物の尤少き事を知るべし、(正宗、貞宗、信濃藤四郎、堀藤四郎、薬研藤四郎、左文字、五月雨江、卯の花江、岡本正宗、蝦夷正宗、豊後正宗の如きもの也、)然るに武士は分限を知るを以武備の本とする事なれば、我魂とおもふ刀脇指だに分に潜て過分なれば、却て武備にあらずの語の意なれば、まして況や、其外の器財衣類のごとき美を禁る事勿論なり、平生質素にして花麗を致さず、専倹約を守れと云に不及して、其語意外に余れり、仮令正成の真言に非ずとも、金言を採て用之べし、
書き下し
一劔は不可好作、斬骨以爲能焉、世人此辭を以て、楠正成の壁書の一條目とす、いまだ精しからざれども、愚此語意を按るに、それ最上の物の無瑾にして能截るは、其價甚貴ふして小祿の武士の力に不及、故に其名作にあらずとも、能截るものを用て、さのみ作に泥む事なかれと云也、作も截も二ッながらよき物に何ぞ如事あらん、然れば此語は小身の武士の志を慰して謂る事ならん、大祿の武士何ぞ價の貴賤にかゝわり必に不快ものを用べけんや、然れば必しも作は好むべからずと鑿にいふにはあらず、己れが分限に隨て、用ひよと云敎なるべし、武士に生れて此一ッの物程大切なるはなし、不叶迄も心を盡さずんばあるべからず、作名鍛にして、無瑾にして最上の物、當世 大樹を奉始、列侯に所持し給ふ處の名刀、本阿彌家の定る處、其價黃金千枚已下二百五十枚迄に至て、六十餘州六十六腰ならでは無し、(公家衆之儀は不知爰に云は武家計の事)其上品の物の尤少き事を知るべし、(正宗、貞宗、信濃藤四郎、堀藤四郎、藥研藤四郎、左文字、五月雨江、卯の花江、岡本正宗、蝦夷正宗、豐後正宗の如きもの也、)然るに武士は分限を知るを以武備の本とする事なれば、我魂とおもふ刀脇指だに分に潛て過分なれば、却て武備にあらずの語の意なれば、まして況や、其外の器財衣類のごとき美を禁る事勿論なり、平生質素にして花麗を致さず、專儉約を守れと云に不及して、其語意外に餘れり、假令正成の眞言に非ずとも、金言を採て用之べし、
現代語訳
一つ、「剣は作を好むべからず、骨を斬るをもって能とす」。世の人はこの言葉を、楠正成の壁書の一条目とします。まだ詳しくは分かりませんが、私がこの言葉の意味を考えますと、最上の物で無瑾でよく截れるものは、その値が非常に高く、小禄の武士の力が及びません。だから、名作でなくても、よく截れるものを用いて、さほど作にこだわってはいけない、ということです。作も截れ味も二つとも優れたものにまさるものはありません。そうだとすれば、この語は小身の武士の志を慰めて言ったことでしょう。大禄の武士が、どうして値の貴賤にかかわって必ず不快なものを用いるでしょうか。ですから、必ずしも作を好んではいけないと決めつけるのではなく、自分の分限に従って用いよという教えでしょう。武士に生まれて、この一つの物ほど大切なものはありません。叶わないまでも心を尽くさなければなりません。作が名工で、無瑾で最上のもの、当世、大樹(将軍)をはじめ、諸大名が所持なさっている名刀は、本阿弥家が定めたもので、その値は黄金千枚以下二百五十枚に至り、六十余州で六十六腰しかありません(公家衆のことは知りません。ここでは武家だけのことです)。その上品のものの少なさを知るべきです(正宗・貞宗・信濃藤四郎・堀藤四郎・薬研藤四郎・左文字・五月雨江・卯の花江・岡本正宗・蝦夷正宗・豊後正宗のようなものです)。そうであれば、武士は分限を知ることを武備の本とするのですから、わが魂と思う刀・脇指でさえ、分を越えて過分であれば、かえって武備ではないという語の意味でしょう。まして、そのほかの器財・衣類のような美を禁じることは言うまでもありません。普段は質素で花美にせず、もっぱら倹約を守れと言うまでもなく、この語の意味は言外にあふれています。たとえ楠正成の真言でなくても、金言を採って用いるべきです。
解説

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