武備和訓 / 卷二・装いより武備の本と故実を問う
一衣服の美を盡し、其たちぬふ事までを吟味する人はあれども、甲冑、小具足、兵具等のわけを、くはしくせんさくして、美を禁じ、本を知り、利用を考へ、故實を辨じ、武備をなす人の少きは何ぞや、人に晴小袖といへば、必古きを新きに換て用之、尤禮なり、然るに尋常の武士、いかなる者の着せるをも不知、古具足を買ひ、乳縄にもあわぬものを着せんとおもへるあり、武士たる者の、死する程に晴なる事はあるべからず、禮義を盡すべき事、是より大なるはあらじ、一熊澤氏、鎧の脇を合る事、右を上にして逆を用るは、鎧本戎服なり、西戎の衣は左むねに合るにより、鎧は左むねなりといへり、愚云、外に又據あり、六具をかためては、左右の手後に廻りがたきもの也、順に胸を合る時は、高紐むすび難し、又一ッには、すべて兵家は陰を貴ぶ故に、左を以貴として、進むを本意とし、右を賤しとして、退くを心とせず、甲冑の具、皆射向掛りとて、左の方へ進ませ、少づゝすみかけて製之、相引などは餘程左へゆがめり、鎧の脇、順に胸を合る時は、退く形になり、逆に合る時は、進む形になれり、武士として、如斯事をも知ずんばあるべからず、其故實、利用の沙汰は。本より人々覺悟の事にて候へば、管見を以て云べきにはあらず、明師に決すべし、唯用べき處に心を用ひ、無用の事に心を盡さゞれといふにあり、
新字:一衣服の美を尽し、其たちぬふ事までを吟味する人はあれども、甲冑、小具足、兵具等のわけを、くはしくせんさくして、美を禁じ、本を知り、利用を考へ、故実を弁じ、武備をなす人の少きは何ぞや、人に晴小袖といへば、必古きを新きに換て用之、尤礼なり、然るに尋常の武士、いかなる者の着せるをも不知、古具足を買ひ、乳縄にもあわぬものを着せんとおもへるあり、武士たる者の、死する程に晴なる事はあるべからず、礼義を尽すべき事、是より大なるはあらじ、一熊沢氏、鎧の脇を合る事、右を上にして逆を用るは、鎧本戎服なり、西戎の衣は左むねに合るにより、鎧は左むねなりといへり、愚云、外に又拠あり、六具をかためては、左右の手後に廻りがたきもの也、順に胸を合る時は、高紐むすび難し、又一ッには、すべて兵家は陰を貴ぶ故に、左を以貴として、進むを本意とし、右を賤しとして、退くを心とせず、甲冑の具、皆射向掛りとて、左の方へ進ませ、少づゝすみかけて製之、相引などは余程左へゆがめり、鎧の脇、順に胸を合る時は、退く形になり、逆に合る時は、進む形になれり、武士として、如斯事をも知ずんばあるべからず、其故実、利用の沙汰は。本より人々覚悟の事にて候へば、管見を以て云べきにはあらず、明師に決すべし、唯用べき処に心を用ひ、無用の事に心を尽さゞれといふにあり、
書き下し
一衣服の美を盡し、其たちぬふ事までを吟味する人はあれども、甲冑、小具足、兵具等のわけを、くはしくせんさくして、美を禁じ、本を知り、利用を考へ、故實を辨じ、武備をなす人の少きは何ぞや、人に晴小袖といへば、必古きを新きに換て用之、尤禮なり、然るに尋常の武士、いかなる者の着せるをも不知、古具足を買ひ、乳縄にもあわぬものを着せんとおもへるあり、武士たる者の、死する程に晴なる事はあるべからず、禮義を盡すべき事、是より大なるはあらじ、一熊澤氏、鎧の脇を合る事、右を上にして逆を用るは、鎧本戎服なり、西戎の衣は左むねに合るにより、鎧は左むねなりといへり、愚云、外に又據あり、六具をかためては、左右の手後に廻りがたきもの也、順に胸を合る時は、高紐むすび難し、又一ッには、すべて兵家は陰を貴ぶ故に、左を以貴として、進むを本意とし、右を賤しとして、退くを心とせず、甲冑の具、皆射向掛りとて、左の方へ進ませ、少づゝすみかけて製之、相引などは餘程左へゆがめり、鎧の脇、順に胸を合る時は、退く形になり、逆に合る時は、進む形になれり、武士として、如斯事をも知ずんばあるべからず、其故實、利用の沙汰は。本より人々覺悟の事にて候へば、管見を以て云べきにはあらず、明師に決すべし、唯用べき處に心を用ひ、無用の事に心を盡さゞれといふにあり、
現代語訳
一つ、衣服の美を尽くし、その裁ち縫いまで吟味する人はいても、甲冑・小具足・兵具などの意味を詳しく調べ、美を控え、本を知り、利用を考え、故実を弁えて武備をする人が少ないのはどうしてでしょうか。人が晴れ小袖(晴れ着)というと、必ず古いものを新しいものに換えて用いるのは、もっとも礼です。ところが普通の武士は、どういう者が着たかも知らず、古い具足を買い、乳縄(胴の乳の緒)にも合わないものを着ようと思っている人がいます。武士たる者にとって、死ぬ時ほど晴れの場はありません。礼義を尽くすべきことで、これより大きなことはないでしょう。一つ、熊沢氏は、鎧の脇を合わせるのに、右を上にして逆(の合わせ)を用いるのは、鎧がもとは戎服(異民族の服)だからだ、西戎の衣は左の胸に合わせるので鎧は左胸なのだ、と言いました。私(著者)が思うに、他にも根拠があります。六具(甲冑一式)を固めたときは、左右の手が後ろに回りにくいものです。順(普通の合わせ)に胸を合わせると、高紐が結びにくいのです。また一つには、すべて兵家は陰を貴ぶため、左を貴いとして進むことを本意とし、右を賤しいとして退くことを心としません。甲冑の具はみな射向掛りといって、左のほうへ進ませ、少しずつ傾けて作ります。相引(胴の合わせ)などはかなり左へゆがんでいます。鎧の脇を順に胸に合わせると退く形になり、逆に合わせると進む形になるのです。武士として、このようなことを知らないでいてはなりません。その故実や利用の議論は、もとより人々の覚悟のことなので、私の浅い見識で言うべきではなく、よい師に決めてもらってください。ただ用いるべきところに心を用い、無用のことに心を尽くさないように、というのがここの趣旨です。
解説

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『武備和訓』・卷二・鎧の飾りより将の威厳と上下の分一武士たるべき人は、よく武備の本を稽て、それ〱の本理をさとり得る事、肝要なるべし、たとへば、兵具兵器等の中にも、當世皆席の上にてこしらへたる理あり、是古への靑表紙と云よりも拙し、人の頭たらん人は智明ならずんば不可有、或武將の任たる人、軍學者に命じて、鎧の注文を乞ふ事あり、軍者命を得て、注文を細書し、捧之に、其躰甚花麗を盡し、本式の鎧に仕たてり、君見之軍者を召て曰、我聞、將たらん者の甲冑は、金銀をちりばめ、糸毛に美色を盡したるは宜しからず、是齒武者にまぎるゝ事を欲して矢石の危をさくる方便なり、汝是を識ずやと難ぜり、軍者應て曰、諸の事に上下の分と申ものゝ御座候、まして況や、兵具の事は、等閑の事にあらず、先主將の道は、勇嚴を以て本とする事、孫武子の意にて候、勇嚴は大將たる人の心の德にて、勇は堅陣を見て不懼、圍まれては奮て出づ、嚴とは威勢也、可望而不可近の謂なれば、軍士其將を一目見あげて、再び眼を合る事なりがたき程の威勢あるを、嚴とは申なり、如斯の德を胸中に備へましませば、たとへば敵兵、弓鐵砲を以て的にして射之とも、必ずはづるゝものにて候、若其德を備へ給はざれば、身を鐵石の凾に藏し給ふとも、銳兵の戟の徹らぬ所はなきものにて候、其上上下の分をわかつ事は軍政の要也、唯大將は大將のごとく、士卒は士卒のごとく、兵具を粧ひ申事、良將の道にて候と申ければ、其主甚感服せり、愚云く、本文の議論武道にかなへり、案ずるに鎧を製するに、威の字を用て制作する事にいふは、敵を威すの義に探りて、本より鎧は威嚴あるべきものなれば也、畢竟甲冑を帶る事は、軍門の禮服とおもふべし、軍を整る事は、一人をよく治る時は、百萬の衆といふとも又同じかるべし、其衆きを統る事、怯者もあれば、勇者もあり、先甲冑を以其身をつゝむ時は、怯者賴處ありて、勇者に比す、已に勇怯班々たるもの、はじめて一致に健になり、氣治りてうつらず、是
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『武備和訓』・卷二・鎧の実用と、機関に頼る軽薄さ一夫をよく治るの最初なり、かくのごとく心得て、さのみ鐵を厚く鍛ひ、身を勞すべからず候、其上近世は鐵砲ありて、鐵壁をも難しとせざれば、無楯の鎧も用るに不足、されども、將は必着替の鎧あれば、一概にはおもふべからず、城攻、竹束裏、虎口まへを働く時は、ためしの鎧の重く札よきを用べし、鍪は猶更重きを以能とせり、又戰陣には、薄鐵の鎧を用べし、行軍等には、革の鎧も又可ならん、鎧重くして馬憊る、時は詮なし、當世兵家者流に、將の鎧に、胴を四ッに割たるたゝみ具足を用る事あり、大に不可然、たゝみ具足は、單騎の卒簡易の爲に用るもの也、同じくは射向に蝶つがひして、二ッに割るさへ不快、其堅からん事を要せば、唯一枚ならんこそ能からめ、簡易を採りて、主用を失はゞ、鐵を用ん事も又畧すべきか、又がつたり請筒等を、機關にして、自手を以て指物、母衣等をも施しさすごとく巧作するなど、皆主を捨て用を取もの也、是等は諺にいふ畠水練の類なるべし、疊鎧、がつたり等のからくりのごときは、
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『武備和訓』・卷二・歯武者の具足は軽く、分限を守る一たび石打にあひ、礫備等に戰ふ時は、皆機關はなれて、二たび用る事不成もの也、如此の事ども、能辨ずべし、扨又齒武者(白齒武者を器して云り)、唯一領なれば、尤心を盡すべし、重きはよろしからず、革具足に制法ありて、よく鍛へば鐵に不劣もの也、大概其鎧をおどすの大意は、張屋下地を豫せしを、函人漆をつけて、いまだ糸毛を施さざるなへに、韋を用てつゞり、着之て、或は坐し、或は馳走り、組合、馬にのりなどして、躬にあたる處あらば直すべし、已に糸毛を施すまで右の如くして年月をふるにしく事なし、急にしては漆のほどこし練ざるもの也、それ鎧は小札を以て最上とせり、大がい大袖、總卷、間がなもの、櫻のびやう、等のあるを以本式の鎧とし、小袖の總角なきものを以、よのつねの具足とせり、齒武者の具足、毛引を用べからず、惚て美をつくすにしたがひ、かなもの繁くして重くなれり、當世平士の甲冑を見るに、皆其分限節を失ひ、妄りに僭して故實を犯せり、唯壯觀を專として、主意を失せり、
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『武備和訓』・卷四・分限に応じた武備と奢りへの戒め一世上武備をなす人ありて、たとへば祿一萬石の小將たる人、かならず自餘の兵器は相應にもあれども、持鎗と稱するもの、我が臂力叶ひたるは唯一本か、二本ならではなし、必其分限にしたがひ、數本あるべし、尤單騎の武士といふとも、刀三腰あらば、鎗も亦二筋はあるべし、必一騎の武士、我得道具にあらずして、外に何十筋ありとも、心を用るとはいふべからず、如此の事をも平生心を盡すべし、用心の二字は武士の本意なり、一祿の高下にしたがひ、人馬兵器を持事肝要なるべし、士の定る產あるは、其分限を失ずして、武備を忘れまじき種也、相應に人馬を扶持する事は、天下配分の地をうけて、當に其地の米粟を食べき程の人馬なれば、よつて其人馬を國家の不意にあてゝ、常に備ふ、然るに其備を忘れて、人馬兵器を持ず、心を用る事なき人は、天下配分の土地を我一人にて食たるがごとく也、誠に是無上の罪恥にあらずや、或は色に耽りて、多く嬖妾の徒を召抱、私の事を專とし、公を忘るゝ、其嬖妾一人の弊を以て、究竟の若黨三人も扶持すべし、奢の珍膳美酒の料を以て、又究竟の小奴を抱ふべし、或は無益の物好をし、牡丹菊の類を、小祿をかたぶけて換之、鸚鵡やうのもの一疋を、多くの黃金に買取て翫ぶ、如此なる事、誠にあるべき事にあらず、築山花壇泉水等のごときも、殊に高上なるは惡し、多くは東山殿風にうつりて、文武ともに取失ふべし、必遊山翫水にふけり、家禮の諫を不用如き人は、外に文武をかざりて、內に剽殺を好み、仁義皆すたれて、天より罪をうけん事、筋斗をひるがへすべからず、
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『武備和訓』・卷三・大事に用いる道具は平生から試す一大事に乘むとおもふ鞍は、作は論の外なり、尋常の鞍は、よく〱本地を吟味し、平生責鞍に用て、五年も十年も樣すべし、兵具兵器の類、皆ためさずしては難用、但し甲冑を樣す事は、武道に至らぬ心なるべきか、一切付肌付は、毛氈仕立の最上を用べし、障泥は熊を用て織熊板障泥を用べからず、鐙は古き名作をよしとせり、手綱は布縮緬を用ゆべし、馬面馬鎧製法あるべし、取付の事も、武用辨器に辨ずといへども、恐くは故實としがたし、取付は四ッの鹽手に、別物を施し置て、首を得る時しばり付るもの也、首の貴賤、或は法師の首につけ樣の差ありとなり、心得あるべき事なり、
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『武備和訓』・卷一・浪人でも心は富み、外を飾るな一武士たるべき者は、身は醢になり候とも、志は撓べからず候、當世は殊更浪人となりたる武士、多くは困み候やうに見え候、惣て祿に離れたる武士は貧きを以貴とし、富たるを以賤とすべし、乍然福貴貧賤の如きに目を付ざる人は、たとへ富とも、貧かるべきとも、是非の批判には及がたく候、當世には、唯上をかざる事を本とし、美服を好み、刀劔の類までも壯觀を事とし、主用を以次にする如き、心得ちがいの人々も有之樣子に相見え候、文武の心がけは、其家に生れて勿論なれども、其主意とする所少違ひ候へば、大に義に戻る事可有之候、先浪人は本より無產也、平生衣食に乏き筈の者なるに、却て衣食住の三ッを淸にして、外を飾るはくせものなり、多くは其心人倫に戻る事論ずべからず候、曾我祐成が兄弟の如きは、心忠孝に徹して、祐經を刺し、不戴倶天之讎を復せんとおもへる志の外に、毫毛も他の念慮なければ、微服潛行して恥とせず、常に心中仁義に富みて、爵祿榮貴を拙とし、和田義盛等が宴席につらなり、數十人の鼎士をも屑ともせざる事は、全く時宗祐成が色情にうつりて、遊俠のいたす處にあらず、兄弟仁義の勇者なれば、忠孝を以味方とするにより、何百騎をも難しとせざるものなり、祐成が虎女に戲れ、大石良雄が浮橋(伏見之里の傾城也)に通ひし、皆是仁義の忠略なり、方に其間惡衣惡食の艱難、狀をもつて禽獸に比すといへども、心は天下に富めり、武人必心を淸潔にして、形はいやしかるべし、子夏の垂鶉とて、衣のやぶれたるをつゞりたるありさま、鶉の彪のごとし、子夏常に此鶉衣を着し給へども、哲人にてましませり、子路は弊れさけたる衣を着して、聖門の勇者たり、內に忠信だにあらば、外は禽獸にたくゐすともさらに辱べからず、