武備和訓 / 卷四・槍の柄は軽く丈夫に、釣り合いを見る
一鎗の利用、こしらへの事は、其流義に據とはいへども、多くは其風俗にかたよりて、缺る事有べし、鎗は輕くして、銳によく通るを以主とせり、當世は、樫を以て柄に用ゆ、しかも其柄甚細し、是其の物うちのあたりに、痕つけらるゝ事あらば、必折るべし、又折るといふとも、其重くして刺に利あらざるものは猶更用難し、依て必ず柄はうち杷を用る事肝要なり、當代うち杷を用る人の少きは何ぞや、尤うち柄に、柑子うちといふもの最上なり、弓うちに命じて、嵯峨竹の上品なる物を以てうつべし、是細く、輕くして、千に一ッも折るの危き事なきもの也、直鎗は手先輕く、敵の鎗に不合して、其虛間處を刺を本意とし、たとへば水上に菰蘆子を壓がごとしとなれば、輕く銳なるを用とする事甚其利あり、又其外の又あるものは、直鎗の利をとがめ、防ぎて其鎗にあたり、彼を制し、進み入て勝事をなすものなれば、猶更其仕立丈夫にあらずしては、其利すくなかるべし、然れども、鎗臂力に勝つものは決して惡し、さるに依て猶又うち柄を用べし、尤つり合を大事にする事、刀劔のごとし、刄先と、鐏とを、秤にかくる事あるべし、尤物打の千檀卷、目釘等に、心を用べし、
新字:一鎗の利用、こしらへの事は、其流義に拠とはいへども、多くは其風俗にかたよりて、欠る事有べし、鎗は軽くして、鋭によく通るを以主とせり、当世は、樫を以て柄に用ゆ、しかも其柄甚細し、是其の物うちのあたりに、痕つけらるゝ事あらば、必折るべし、又折るといふとも、其重くして刺に利あらざるものは猶更用難し、依て必ず柄はうち杷を用る事肝要なり、当代うち杷を用る人の少きは何ぞや、尤うち柄に、柑子うちといふもの最上なり、弓うちに命じて、嵯峨竹の上品なる物を以てうつべし、是細く、軽くして、千に一ッも折るの危き事なきもの也、直鎗は手先軽く、敵の鎗に不合して、其虚間処を刺を本意とし、たとへば水上に菰蘆子を圧がごとしとなれば、軽く鋭なるを用とする事甚其利あり、又其外の又あるものは、直鎗の利をとがめ、防ぎて其鎗にあたり、彼を制し、進み入て勝事をなすものなれば、猶更其仕立丈夫にあらずしては、其利すくなかるべし、然れども、鎗臂力に勝つものは決して悪し、さるに依て猶又うち柄を用べし、尤つり合を大事にする事、刀剣のごとし、刄先と、鐏とを、秤にかくる事あるべし、尤物打の千檀巻、目釘等に、心を用べし、
書き下し
一鎗の利用、こしらへの事は、其流義に據とはいへども、多くは其風俗にかたよりて、缺る事有べし、鎗は輕くして、銳によく通るを以主とせり、當世は、樫を以て柄に用ゆ、しかも其柄甚細し、是其の物うちのあたりに、痕つけらるゝ事あらば、必折るべし、又折るといふとも、其重くして刺に利あらざるものは猶更用難し、依て必ず柄はうち杷を用る事肝要なり、當代うち杷を用る人の少きは何ぞや、尤うち柄に、柑子うちといふもの最上なり、弓うちに命じて、嵯峨竹の上品なる物を以てうつべし、是細く、輕くして、千に一ッも折るの危き事なきもの也、直鎗は手先輕く、敵の鎗に不合して、其虛間處を刺を本意とし、たとへば水上に菰蘆子を壓がごとしとなれば、輕く銳なるを用とする事甚其利あり、又其外の又あるものは、直鎗の利をとがめ、防ぎて其鎗にあたり、彼を制し、進み入て勝事をなすものなれば、猶更其仕立丈夫にあらずしては、其利すくなかるべし、然れども、鎗臂力に勝つものは決して惡し、さるに依て猶又うち柄を用べし、尤つり合を大事にする事、刀劔のごとし、刄先と、鐏とを、秤にかくる事あるべし、尤物打の千檀卷、目釘等に、心を用べし、
現代語訳
一つ、槍の利用や拵えは、その流儀によるとはいっても、多くはその風俗に偏って、欠けることがあるでしょう。槍は軽くて鋭くよく通ることを主とします。当世は、樫を柄に用い、しかもその柄が非常に細いです。これは物打ちのあたりに傷をつけられることがあれば、必ず折れるでしょう。また折れないにしても、重くて刺す利がないものはなおさら使いにくいです。よって必ず柄はうち柄を用いることが肝要です。今の世にうち柄を用いる人が少ないのはなぜでしょうか。もっともうち柄のうち、柑子打ちというものが最上です。弓師に命じて、嵯峨竹の上等な物で打たせるべきです。これは細く軽くて、千に一つも折れる危険がないものです。直槍は手先が軽く、敵の槍に合わせず、その虚間を刺すことを本意とし、たとえば水上に菰蘆子を押さえるようなものといえば、軽く鋭いものを用いることはすこぶる利があります。またその他のものは、直槍の利を咎め、防いでその槍に当たり、彼を制し、進み入って勝つものですから、なおさらその仕立てが丈夫でなければ、その利は少ないでしょう。しかしながら、槍が腕力に勝るものは決してよくありません。それゆえなおうち柄を用いるべきです。もっとも釣り合いを大事にすることは刀剣と同じです。刃先と石突を秤にかけることもあるべきです。もっとも物打ちの千段巻、目釘などにも心を用いるべきです。
解説

人生を、一行の式にしてみた。
志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。
本の中身を見るこの章句が説くこと
関連する章句
-
『武備和訓』・卷四・槍術の品類と好みに合う器一槍術は、近世の武士專表藝として習之事、いにしへの弓のごとし、其盛に用る事は、楠正成以來なり、むかしは大名の弓をさして、御調度と云、今世は鎗を以御道具と云、其意同事なり、是近代合戰の道精しくなりて、勇士鎗を以て必ず戰の雌雄を決す、一番弓とは不稱して、一番鎗といへり、爰を以專鎗の妙手達人、名を近世に奮へり、鎗の品類中華に數多ある事をおもへば、漢士往昔より用る器にして、其鍛鍊は本朝のごとくならず、刀劔の術は勝負に臨んで妙手、拙手、黑白のごとくわかれねども、鎗□其黑白、鮮明に分るゝものなり、尤鍛鍊なくして不叶藝なり、塲によりて、一人守之則は能五六人にも相當るものは鎗なり、直鎗、十文字、管鎗、鎌鎗、片鎗、大身等の差別ありて、流派頗る多し、其中直鎗は最上のものにして、容易上手に至りがたし、其餘の又あるものは、皆直鎗の鋭なるを怖て、後人の作れるもの也、尤其中十文字に捷身多くして、はやく其術に驗あり、大勇の力士に、大刄の十文字を得さしめたらば、恐く是に敵するものなかるべし、しかりといへども、兵器は其人により、おの〱好む所あるものなれば、優劣は人にありて、兵器にあるべからず、勝負の道は、其藝の精妙鍛鍊も及べからざる所あれば、まして況や兵器をや、唯其人の好む所に精妙ありて、捷身自然に備るべし、天正の前後、諸邦の戰塲におゐて、能武勇をあらわしたる人の鎗を見るに、皆大身の長一尺一二寸より二尺餘りに至る、
-
『武備和訓』・卷五・刀の拵えは堅固を第一に、柄と心木を整える一刀劔具足するを世俗こしらゆると云、惣て武士の刀脇指の餘り光〻輝〻は、心にくらず、異なる物好致すべからず、鮫は塗べし、柄の心木は必ず柚か樫を用べし、假令白鮫を用るとも心木堅く柄卷工の巧手に命じて、最上の糸を用て能松鼠をぬり、鐵石の如く卷ときは、柄碎る事なし、韋を用る事は尤つたなし、武備にもあらず、禮にも乖べし、刀劔の仕立肝要なる物は杷なり、武人常にいふ、糸切て手の內碎ると、杷糸切解る程にては兩手の指存すべからず、松鼠をつけて至極堅く卷時は、たとへ寸寸にきるゝとも其解る事なし、心木厚朴を用るとも卷糸堅じければ輙く不碎、其くだくると云も木は柔にして緩き故也、古來の柄に厚朴を用て不碎事は、古は心木極て細き故鮫をきせて地を高くしあげ、能塗たる故手の內細からず、其木うすくして、中心にしなひつよく漆を付る故猶堅くして碎けざるもの也、當世は鮫ぬらざるを以心木大きく、しかも柄緩きを以碎る事あり、心木樫なれば唯堅さのみならず、劔のつりあひの爲に大によし、うち鮫を用るとも、心木右二木の內なれば碎る事なし、尤杷は長きに德あり、鐔は重く大なるを能とせり、(武藏流の如きは論ずるに不及者也)劔の身は專磨を吟味すべし、かくし根刄は用に不立、
-
『武備和訓』・卷四・犬槍とは何か、道具の利害を知る一近世武田流の軍法に、鎗を以て打合たるをば、犬鎗として勇士の鎗にあらずと定む、愚按に、憶して尋常の勝負を忘れ、前後不覺に打合たるは、尤犬鎗たるべけれども、勇士元來の覺悟にて、奮いて堅陣を衝き、怒て殿となるの時節など、たとへ人を殺さずして、擲伏せ、打仆したりとも、それ犬鎗と云べからず、敵味方の塲中におゐて、勇憶を爭ふ鎗に見ぐるしくたゝき合て、爲る事もなきは、犬鎗なるべし、偖又戰塲によりて、其鎗の品類に利害あるべし、十文字かぎ鎗のごときは、利も多くして、又其害も多かるべし、管を篏てつかひ習ひたるは、若管なき則は、其態成べからず、如斯の事をも、常に心を用ゆべし、然れば其又ある類のものは、鎗に病あるがごとし、只何となく、直鎗の手垂にはしくべからず、
-
『武備和訓』・卷四・臂力に頼らず、文武を修めて鍛える其杷うち柄にして、周六寸ばかり、惣長一丈餘り也、皆用之て打倒し、薙伏などして、獨り衝事をのみ必とせざりしと見へたり、(衝かざれば鎗にあらずといふ事、奧に論を出す、)本多忠勝の蜻蛉切のごとき、又は黑田長政之臣、林掃部朝鮮におゐて、虎を突留たりし、大身鎗の類是也、斯る千萬人にも優りたる事は、其妙手拙手の境にあらず、本性の大勇力の敢す處なれば、藝術のよく及處にあらず、如斯男態の所に至りては、當世の上手をいふ、二間杷の小身の如きにては及がたし、乍然我臂力に叶がたき刀鎗は、必ず用べからず、勇力を以て、藝術に捷ものあり、勇力を以て藝に勝がたきものあり、柔術劔術すべて小具足(俗に腰の廻りと云へり、竹內氏此藝に鳴れり、)の類は、勇力を以てよく其藝に勝べし、鎗は臂力の及がたき處あり、及ぶ處あり、決而勇力も及ばざるものは、獨鐵砲弓馬の藝のみ、唯何藝にもせよ、武術にをゐては、臂力勝るゝ人、數〻たんれんする時は、鬼に鐵鞭なるべし、必天性柔弱の人、殊に臂力に絕ずんば、晝夜武藝に怠る事あるべからず、又力量人に優るとも、力に誇りて、藝術を推すものは危く、臂力藝に絕ずとして、藝をならはず、武に怠る者は、猶更危し、若然る則は、筋力日々におとろへ、いよ〱本意を失ふべし、柔弱非力の士といふとも、術精熟するにしたがひ、力もつのり、心も剛になる事は、うたがうべからず、殊更忠義の道、智仁勇の大武の修鍊におゐては、文を學ずしては至りがたし、
-
『武備和訓』・卷五・鞘と居合、道具は本意を失わず取捨する鞘は忍の胴がねをいれてぬりかくすべし、鯉口の方に入るは惡し、刀にかへり角を不可用と云人あり、然れども世上なべて用之、決而不用と云は鑿なり、かへり角有て利ある事あり、害ある事あり、其角の甚高さものは利少し、さるに依て蛭がへりを用る人あり、是にも一利一失あり、惣而武用の事は其人の好所にしたがふべし、一德一損は天地の常理なれば二ッながら全き事はなきもの也、就中三尺已上の長刀、其搾に秘事あり、是は居合の術よりいふ處にして、長刀を拔に足を組み拔刀膝にては四尺の刀も拔べけれども、或は步行中に拔之、走步うちに拔之、起身にて拔之に三尺五七寸の刀は輙はぬけがたし、其秘事を用る時は三尺五寸の刀は三尺を拔が如く、三尺の刀は二尺五寸を拔が如し、武士居合を拔く者不少して、蹲踞ては皆よく拔之ども起身にて能拔者少し、尤鍛鍊すべし、又刀劔の仕立によりて大物ぎれも切れず、腕つかれて大害あれば尤吟味すべきの甚きもの也、杷輕く鍔うすく小くしては、鋒重く權惡敷して用に立がたし、とかく大事にすべきものは杷と釣合なるべし、惣而武事は家々流々其人々の器量によりて主意かはり、取舍する事尤也、鑿には云がたし、つゞまる處は本意を失ざる事を要とすべし、
-
『武備和訓』・卷四・分限に応じた武備と奢りへの戒め一世上武備をなす人ありて、たとへば祿一萬石の小將たる人、かならず自餘の兵器は相應にもあれども、持鎗と稱するもの、我が臂力叶ひたるは唯一本か、二本ならではなし、必其分限にしたがひ、數本あるべし、尤單騎の武士といふとも、刀三腰あらば、鎗も亦二筋はあるべし、必一騎の武士、我得道具にあらずして、外に何十筋ありとも、心を用るとはいふべからず、如此の事をも平生心を盡すべし、用心の二字は武士の本意なり、一祿の高下にしたがひ、人馬兵器を持事肝要なるべし、士の定る產あるは、其分限を失ずして、武備を忘れまじき種也、相應に人馬を扶持する事は、天下配分の地をうけて、當に其地の米粟を食べき程の人馬なれば、よつて其人馬を國家の不意にあてゝ、常に備ふ、然るに其備を忘れて、人馬兵器を持ず、心を用る事なき人は、天下配分の土地を我一人にて食たるがごとく也、誠に是無上の罪恥にあらずや、或は色に耽りて、多く嬖妾の徒を召抱、私の事を專とし、公を忘るゝ、其嬖妾一人の弊を以て、究竟の若黨三人も扶持すべし、奢の珍膳美酒の料を以て、又究竟の小奴を抱ふべし、或は無益の物好をし、牡丹菊の類を、小祿をかたぶけて換之、鸚鵡やうのもの一疋を、多くの黃金に買取て翫ぶ、如此なる事、誠にあるべき事にあらず、築山花壇泉水等のごときも、殊に高上なるは惡し、多くは東山殿風にうつりて、文武ともに取失ふべし、必遊山翫水にふけり、家禮の諫を不用如き人は、外に文武をかざりて、內に剽殺を好み、仁義皆すたれて、天より罪をうけん事、筋斗をひるがへすべからず、