武備和訓 / 卷三・兵器には用いる節度がある
一萬治年中、肥前國唐津の邊におゐて、武士の人を討て立退あり、三十目玉の鐵砲に玉藥を納て擔之、民屋にかけ入、人を追ひ、追手來らば彼鐵砲を放すべしと、義勢により、敢て入者なし、一兩日を經て、捕手鄕導者を先に立、都合八人一騎步の細道を連り來れり、罪士鐵砲を隱の柱にくゝり付て、前後の規星を直して發之けるに、分厘の矢つぼをはづさず、八人の眞中を打徹しけり、三十目玉さへかくのごとし、已上大銃の大巧をおもふべし、且亦陣營、城壘を燒落に、火箭の術あり、尤堅陣を挫き、大艦を覆すも、又此術に優るものなし、或は唐船の進退するを、帆を燒て孤舟となすの事、樣々無窮の妙術あり、(異國の舟は、櫓を用ず、帆のみを以て進退するにより、しか云)中華の書に地雷、天燧砲、佛狼機、等の名狀あり、斂砲の一類なり、愚當世を以おもふに、本朝に名人ある事、南蠻と云とも、其精妙に恥べからず、唯恨らくは、其功を知人の少事を、一鐵砲大銃は、遠所の敵を挫くの器なるに、至極の大銃を抱て是を發す事は、尤拙しとせり、喩、一貫目玉の銃は、三十餘町を飛で大軍を挫くに理あり、三匁玉の小銃は、二三町を飛で一人を仆すに利あり、其三十餘町の敵を、何の急卒事ありて抱ては發すぞ、大銃を抱てはなす事は、たとへば組討の勝負に長劔を拔て敵を刺むとするがごとし、大銃は刀のごとく、小銃は懷劔のごとし、兵器各用るに節あり、是武藝の本を務ずして、本理に暗きにより、如此態をなす人あり、必本を明にすべし、
新字:一万治年中、肥前国唐津の辺におゐて、武士の人を討て立退あり、三十目玉の鉄砲に玉薬を納て担之、民屋にかけ入、人を追ひ、追手来らば彼鉄砲を放すべしと、義勢により、敢て入者なし、一両日を経て、捕手郷導者を先に立、都合八人一騎歩の細道を連り来れり、罪士鉄砲を隠の柱にくゝり付て、前後の規星を直して発之けるに、分厘の矢つぼをはづさず、八人の真中を打徹しけり、三十目玉さへかくのごとし、已上大銃の大巧をおもふべし、且亦陣営、城塁を焼落に、火箭の術あり、尤堅陣を挫き、大艦を覆すも、又此術に優るものなし、或は唐船の進退するを、帆を焼て孤舟となすの事、様々無窮の妙術あり、(異国の舟は、櫓を用ず、帆のみを以て進退するにより、しか云)中華の書に地雷、天燧砲、仏狼機、等の名状あり、斂砲の一類なり、愚当世を以おもふに、本朝に名人ある事、南蠻と云とも、其精妙に恥べからず、唯恨らくは、其功を知人の少事を、一鉄砲大銃は、遠所の敵を挫くの器なるに、至極の大銃を抱て是を発す事は、尤拙しとせり、喩、一貫目玉の銃は、三十余町を飛で大軍を挫くに理あり、三匁玉の小銃は、二三町を飛で一人を仆すに利あり、其三十余町の敵を、何の急卒事ありて抱ては発すぞ、大銃を抱てはなす事は、たとへば組討の勝負に長剣を抜て敵を刺むとするがごとし、大銃は刀のごとく、小銃は懐剣のごとし、兵器各用るに節あり、是武芸の本を務ずして、本理に暗きにより、如此態をなす人あり、必本を明にすべし、
書き下し
一萬治年中、肥前國唐津の邊におゐて、武士の人を討て立退あり、三十目玉の鐵砲に玉藥を納て擔之、民屋にかけ入、人を追ひ、追手來らば彼鐵砲を放すべしと、義勢により、敢て入者なし、一兩日を經て、捕手鄕導者を先に立、都合八人一騎步の細道を連り來れり、罪士鐵砲を隱の柱にくゝり付て、前後の規星を直して發之けるに、分厘の矢つぼをはづさず、八人の眞中を打徹しけり、三十目玉さへかくのごとし、已上大銃の大巧をおもふべし、且亦陣營、城壘を燒落に、火箭の術あり、尤堅陣を挫き、大艦を覆すも、又此術に優るものなし、或は唐船の進退するを、帆を燒て孤舟となすの事、樣々無窮の妙術あり、(異國の舟は、櫓を用ず、帆のみを以て進退するにより、しか云)中華の書に地雷、天燧砲、佛狼機、等の名狀あり、斂砲の一類なり、愚當世を以おもふに、本朝に名人ある事、南蠻と云とも、其精妙に恥べからず、唯恨らくは、其功を知人の少事を、一鐵砲大銃は、遠所の敵を挫くの器なるに、至極の大銃を抱て是を發す事は、尤拙しとせり、喩、一貫目玉の銃は、三十餘町を飛で大軍を挫くに理あり、三匁玉の小銃は、二三町を飛で一人を仆すに利あり、其三十餘町の敵を、何の急卒事ありて抱ては發すぞ、大銃を抱てはなす事は、たとへば組討の勝負に長劔を拔て敵を刺むとするがごとし、大銃は刀のごとく、小銃は懷劔のごとし、兵器各用るに節あり、是武藝の本を務ずして、本理に暗きにより、如此態をなす人あり、必本を明にすべし、
現代語訳
一つ、万治年中、肥前国唐津のあたりで、人を討って立ち退いた武士がありました。三十目玉(約百十グラム)の鉄砲に玉と火薬を込めて担ぎ、民家に駆け込み、人を追い、追っ手が来たらその鉄砲を放つと言ったので、義勢(その勢い)におびえて、あえて入る者がありませんでした。一、二日経って、捕り手が案内者を先に立て、合わせて八人、一騎と徒歩で細道を連なって来ました。罪を犯した武士は、鉄砲を隠れた柱にくくりつけ、前後の規星(照準)を直して発射したところ、分厘も的を外さず、八人の真ん中を撃ち抜きました。三十目玉でさえこのようです。以上から大銃の大きな巧みさを思うべきです。また、陣営や城塁を焼き落とすには火箭の術があります。堅い陣を挫き、大艦を覆すには、この術に優るものはありません。あるいは唐船が進退するのを、帆を焼いて孤舟にするなど、様々な無窮の妙術があります(異国の船は櫓を用いず、帆だけで進退するため、こう言いました)。中華の書に地雷・天燧砲・仏狼機などの名があり、斂砲の一類です。私(著者)が当世を思うに、日本に名人がいることは、南蛮といえどもその精妙に恥じません。ただ恨めしいのは、その功を知る人が少ないことです。一つ、鉄砲・大銃は遠くの敵を挫く器ですが、至極の大銃を抱えて発射することは、もっとも拙いとされます。たとえば、一貫目玉の銃は三十余町を飛んで大軍を挫くという理があり、三匁玉の小銃は二、三町を飛んで一人を倒すのに利があります。その三十余町の敵を、どんな急な事があって抱えて撃つのでしょうか。大銃を抱えて放つことは、たとえば組み討ちの勝負に長剣を抜いて敵を刺そうとするようなものです。大銃は刀のようなもの、小銃は懐剣のようなもので、兵器にはそれぞれ用いる節度があります。これは武芸の本を務めず、本理に暗いために、このような振る舞いをする人があるのです。必ず本を明らかにしなさい。
解説

人生を、一行の式にしてみた。
志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。
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『武備和訓』・卷三・鉄砲を軽んじず、その価値を知る一鳥銃は夫近世の兵器、月々年々に名人競出て、尤古流は用るに不足もの也、されば故實のいふべきものなくして、唯武門貶卑の器とする事、悼に餘れり、此器ありて、長兵、短兵、弓弩ともに用る處を知らず、唯一人の達人あらば、孫吳の利兵、孔明衞公が堅陣たりとも、挫くにかたからず、連城銃、大銃に巧妙の人あらば、是萬人の敵成べし、(漢の樊噲關張等は人萬人の敵と稱せり)羅山先生、井上重繼(外記と稱せり大神君鐵砲の師範なり、)の、よく萬斤の大銃を一二人にて是を放つ、其巧機捷輕、大敵を挫くの至功を書れしを、彼の文集に載たり、大神君も、慶長十六年八月十三日、淺間ノ山に登り、的を二町の外にかけて、手自大銃を射給ふ事三たびにして、三たび中る、又井上氏に台命ありて、しば〱此藝を精熟せしめ、且多くの大銃を作しめ給ふ、近世の巧手は、其時代に十倍して、奇巧の妙をなす事、勝て謂がたし、寬永年中、肥前國耶蘇一揆の時世上みな大銃ありといへども、其藝未精により、九州の諸侯連城銃を運步して城を打拔むとすれども、巧手なくして、皆的を失ひ、城にあたらず、阿蘭陀人を召して打しむるに、日本人より拙手にて、皆後の海に鉛玉を打やり、番和の砲者家流、みな〱手を空ふせり、若當世のごとき名人あらば、其賊一日もよく城にかゝわらんや、城中小銃の上手大勢在し故、小城に據て大軍を拒む事、數月にして年を越たり、松平豆州能其功を知るゝにより、一世の間家臣に鐵砲を習しめられし事最大なり、尤其藝の優劣を明辨して、習ずんばあるべからず、
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『武備和訓』・卷三・武備は敵を恐れさせ、戦わず守る一愚按に、或明君の鳥銃大銃の術を貴として、晝夜諸士に勵習しめられし奧意を察るに、必しも用之て寇を塵にせんとにはあらじ、唯其武備を肝要とせられし主意成べし、戎器は元來不辭の器にして、天の惡み給ふもの也、乍然治世其備ある事は、是又天の道なり、依之兵は精銳なるものを以其長とせり、吾國神代よりして、弓箭を以其長とする事は、能百步の敵を制するものなればなり、其遠きを制し、敵を挫くの優劣、鐵砲の弓弩に勝れたる事は、喩ば弓弩は扇のごとく、鐵砲は三尺の靈劔のごとし、夜中火繩の嗅きをきく時は、山都、木客、猛獸、化鳥のごときも、よく近く事不能、然らば何ぞ敵國是が爲に先づ懼れざるべけんや、敵國恐怖する時は、不戰して必勝べし、然れば鳥銃は、敵を塵にするものにて、亦よく人を助るの器なり、されば國家の守り、亂世には長兵器なりと、明君の給ひしは是なり、必敵を塵にするものとのみおもへば、仁義の兵法に乖り、治世數〻習之事は、靈劔の鞘にありて、其威の嚴重なるがごとし、
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『武備和訓』・卷三・強弓も外した大猿を鉄砲が仕留める一或大名猪狩の場におゐて、大なる猿の其長七八尺計なるが出て、列卒を引裂、噬殺しなどして、白刄を奪取て高木にのぼれり、其主消息を見て、强弓に命じて射之さしむ、射人山鳥の羽を以て作たる節蔭の矢に、わたり四寸の雁股の上刺を番ひて射之に、猿片手にて中に其矢を取て折之、射手慮けるは、大雁股にて矢ざし鈍くしてこそは一の矢は射損じたらめ、二の矢を以て射落ものをと、中刺を番ひて又射之、猿二の矢を又取て始のごとく折之、射人二筋の矢を射損じ、赤面して恐之、大守則鐵砲の上手に命ず、砲人木の下に寄を見て、猿難活事を悟りて、合掌罪を謝す、砲人眉間を的にして放之に、猿則樹下に落たり、衆たちより見けるに、首牛分は碎けて微塵となれり、其鐵砲は拾五匁玉なりといへり、武人必しも武備を逞しふせんとおもはゞ、此藝を舍べからず、
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『武備和訓』・卷五・虚実を問うな、武士は偽らず志を遂げる一貫目玉の鐵砲を抱て小筒のごとく放之躰あり、彼城下におゐては、矢數のごとく大筒の數放しを致し、三拾目筒にて、一日に三千放、五拾目筒にて、二千放などゝ打、剩一貫目玉七百目玉を小筒のごとく打候事、前代未聞日本無双と申も理か、加之、棒火矢、石火矢、大銃、小銃、都て火器一統の達人、大野佐五右衞門吉矩と申者在之よし、稻葉とは流もちがひ候得共、彼一貫目玉の大銃を稻葉放之時數百人の巧手見物すといへども、彼の大野を撿使に乞請、彼が證文を取て掛物と致し、數百人の砲者を饗應致候と承傳候、いかにも其外の武藝も右鐵砲のごとく勵候と承候、拾匁筒さへ打にくきもの也、此儀虛實の問難辨候、其態實にして用に立事にて可有候や、愚答曰、虛實の問難辨とは大なる僻事、武士のいふまじき事に候、武士たる者の僞を以其ごとき事を可仕哉、殊に神社佛閣に我志の遂たる願成就の繪馬をかけたりと見たり、尤其事名聞に似たれども、武藝に於て天下に雙なき人となりて、如此嗚呼がましわざをなしたらんは、誠に壯士の本意にあらずや、弓の堂を射るよりかも其態は上なるべし、又用に立不立事は、貴殿よく弓を射られ候、一寸の弓を自由に肩入し、卷稿をも射られ候はゞ、八分の弓は荒木たりとも射安かるべく候、乍然其一寸の弓を以戰塲の高名は難成候、彼稻葉も一貫目だに打候間、百目二百目の鐵砲は平人の三匁五分玉を打候ごとく、自由可仕候、乍然それを仕かけて、石火矢のこゝろに憖に態をいたし候はゞ、誠の達人と可申哉、(右大野氏稻葉氏が精妙を得たる事、和漢三才圖會に載たり、)
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五輪書・地の巻武道具の利をわきまふるに、何れの道具にても、おりにふれ、時にしたがひ、出合ふものなり。脇差は座のせまき所、敵の身ぎはへよりて、其の利多し。太刀は何れの所にても、大形(おほかた)出合ふ利有り。長刀は戦場にては槍におとる心有り。槍は先手なり、長刀は後手なり。同じ位のまなびにしては、槍は少し強し。槍・長刀も、事によりつまりたる所にては、其の利少し。取籠り者などにも然るべからず。只戦場の道具なるべし。弓は合戦の場にて、かけひきにも出合ひ、槍わき其の外、物きは物きはにて、はやく取り合ひするものなれば、野相(のあひ)の合戦などにとりわきよき物なり。城攻めなど、又敵相二十間をこえては、不足なるものなり。当世に於ては、弓は申すに及ばず、諸芸花多くして実少なし。左様の芸能は、肝要の時役に立ちがたし。鉄砲、其の利多し。城廓の内にしては、鉄砲にしく事なし。野相などにても、合戦のはじまらぬうちは、其の利多し。戦はじまりては不足なるべし。弓の一の徳は、放つ矢、人の目に見えてよし。鉄砲の玉は、目に見えざる所、不足なり。此の儀、能々(よくよく)吟味有るべきなり。馬の事、つよくこたへて、くせなき事肝要なり。総て武道具につけ、馬も大形にありき、刀・脇差も大形にきれ、槍・長刀も大形にとほり、弓・鉄砲もつよくそこねざる様に有るべし。道具以下にも、かたわけてすく事有るべからず。あまりたる事は、たらぬと同じ事なり。人まねをせずとも、我身に随ひ、武道具は手にあふ様に有るべし。将卒共に、物にすき物を嫌ふ事悪し。工夫肝要なり。
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『武備和訓』・卷四・臂力に頼らず、文武を修めて鍛える其杷うち柄にして、周六寸ばかり、惣長一丈餘り也、皆用之て打倒し、薙伏などして、獨り衝事をのみ必とせざりしと見へたり、(衝かざれば鎗にあらずといふ事、奧に論を出す、)本多忠勝の蜻蛉切のごとき、又は黑田長政之臣、林掃部朝鮮におゐて、虎を突留たりし、大身鎗の類是也、斯る千萬人にも優りたる事は、其妙手拙手の境にあらず、本性の大勇力の敢す處なれば、藝術のよく及處にあらず、如斯男態の所に至りては、當世の上手をいふ、二間杷の小身の如きにては及がたし、乍然我臂力に叶がたき刀鎗は、必ず用べからず、勇力を以て、藝術に捷ものあり、勇力を以て藝に勝がたきものあり、柔術劔術すべて小具足(俗に腰の廻りと云へり、竹內氏此藝に鳴れり、)の類は、勇力を以てよく其藝に勝べし、鎗は臂力の及がたき處あり、及ぶ處あり、決而勇力も及ばざるものは、獨鐵砲弓馬の藝のみ、唯何藝にもせよ、武術にをゐては、臂力勝るゝ人、數〻たんれんする時は、鬼に鐵鞭なるべし、必天性柔弱の人、殊に臂力に絕ずんば、晝夜武藝に怠る事あるべからず、又力量人に優るとも、力に誇りて、藝術を推すものは危く、臂力藝に絕ずとして、藝をならはず、武に怠る者は、猶更危し、若然る則は、筋力日々におとろへ、いよ〱本意を失ふべし、柔弱非力の士といふとも、術精熟するにしたがひ、力もつのり、心も剛になる事は、うたがうべからず、殊更忠義の道、智仁勇の大武の修鍊におゐては、文を學ずしては至りがたし、