武備和訓 / 卷三・大事に用いる道具は平生から試す
一大事に乘むとおもふ鞍は、作は論の外なり、尋常の鞍は、よく〱本地を吟味し、平生責鞍に用て、五年も十年も樣すべし、兵具兵器の類、皆ためさずしては難用、但し甲冑を樣す事は、武道に至らぬ心なるべきか、一切付肌付は、毛氈仕立の最上を用べし、障泥は熊を用て織熊板障泥を用べからず、鐙は古き名作をよしとせり、手綱は布縮緬を用ゆべし、馬面馬鎧製法あるべし、取付の事も、武用辨器に辨ずといへども、恐くは故實としがたし、取付は四ッの鹽手に、別物を施し置て、首を得る時しばり付るもの也、首の貴賤、或は法師の首につけ樣の差ありとなり、心得あるべき事なり、
新字:一大事に乗むとおもふ鞍は、作は論の外なり、尋常の鞍は、よく〱本地を吟味し、平生責鞍に用て、五年も十年も様すべし、兵具兵器の類、皆ためさずしては難用、但し甲冑を様す事は、武道に至らぬ心なるべきか、一切付肌付は、毛氈仕立の最上を用べし、障泥は熊を用て織熊板障泥を用べからず、鐙は古き名作をよしとせり、手綱は布縮緬を用ゆべし、馬面馬鎧製法あるべし、取付の事も、武用弁器に弁ずといへども、恐くは故実としがたし、取付は四ッの塩手に、別物を施し置て、首を得る時しばり付るもの也、首の貴賤、或は法師の首につけ様の差ありとなり、心得あるべき事なり、
書き下し
一大事に乘むとおもふ鞍は、作は論の外なり、尋常の鞍は、よく〱本地を吟味し、平生責鞍に用て、五年も十年も樣すべし、兵具兵器の類、皆ためさずしては難用、但し甲冑を樣す事は、武道に至らぬ心なるべきか、一切付肌付は、毛氈仕立の最上を用べし、障泥は熊を用て織熊板障泥を用べからず、鐙は古き名作をよしとせり、手綱は布縮緬を用ゆべし、馬面馬鎧製法あるべし、取付の事も、武用辨器に辨ずといへども、恐くは故實としがたし、取付は四ッの鹽手に、別物を施し置て、首を得る時しばり付るもの也、首の貴賤、或は法師の首につけ樣の差ありとなり、心得あるべき事なり、
現代語訳
一つ、大事に乗ろうと思う鞍は、作りの良さは言うまでもありません。普通の鞍は、よくよく素材を吟味し、平生責め鞍(稽古用)に用いて、五年も十年も試すべきです。兵具・兵器の類は、みな試さなければ使いにくいものです。ただし、甲冑を試すことは、武道に至らぬ心かもしれません。一切、付肌(肌に付くもの)は、毛氈仕立ての最上を用いるべきです。障泥は熊(の毛皮)を用い、織熊や板障泥を用いてはなりません。鐙は古い名作をよしとします。手綱は布縮緬を用います。馬面・馬鎧には製法があります。取付のことも武用弁器で論じていますが、おそらく故実とは言えません。取付は四つの塩手に別の物を施しておいて、首を得たときに縛り付けるものです。首の貴賤、または法師の首に付け様の差があるとのことです。心得ておくべきことです。
解説

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『武備和訓』・卷三・馬術は本番を想定して数百返鍛える一馬を乘るに故實を專とし、馬上うつくしく、手綱のかゝりより、鞍がゝへ、鐙の蹴出し、隅の手綱等、各ゝ大坪氏荒木氏などの規摸に倣て、拍子を乘る事尤然なり、武人必其分にて騎乘の道たりぬとおもふべからず、諸邦みな馬を乘れども、其國々家々の風儀ありて、同じ大坪流にても、大に異なる事あり、唯うつくしく碁盤の面のごとき馬塲を、地道三四返、速道十返ばかりにて、我も馬も少汗かく程にて、乘間よく、度々乘るは、馬の爲にも藥となり、我も勞ずして能けれども、とても其如きの稽古鍛鍊にては、事に望んで、人馬ともに中〱達者は成がたし、第一平日の鍛鍊、未熟の間、輪を乘事をかくべからず、馬の輪は弓の卷藁の如し、其乘事數百返に至るべし、貫繩を强く引せて、鐙を當、居木うつり、鞍玉を自得すべし、數百返に至り、我も目くるめき、馬も倒るゝ事あり、手綱を以たゝき、鐙を以蹴起て、又乘るべし、驅足を乘とも、馬により三町ばかりの馬塲にても十餘返も乘べし、人により馬をいとひて、斯いふを誘る者もあるべし、又御者の風にも依べし、つよく乘ほど馬は早く憊、又血の落る事もあるべし、
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『武備和訓』・卷二・鎧の実用と、機関に頼る軽薄さ一夫をよく治るの最初なり、かくのごとく心得て、さのみ鐵を厚く鍛ひ、身を勞すべからず候、其上近世は鐵砲ありて、鐵壁をも難しとせざれば、無楯の鎧も用るに不足、されども、將は必着替の鎧あれば、一概にはおもふべからず、城攻、竹束裏、虎口まへを働く時は、ためしの鎧の重く札よきを用べし、鍪は猶更重きを以能とせり、又戰陣には、薄鐵の鎧を用べし、行軍等には、革の鎧も又可ならん、鎧重くして馬憊る、時は詮なし、當世兵家者流に、將の鎧に、胴を四ッに割たるたゝみ具足を用る事あり、大に不可然、たゝみ具足は、單騎の卒簡易の爲に用るもの也、同じくは射向に蝶つがひして、二ッに割るさへ不快、其堅からん事を要せば、唯一枚ならんこそ能からめ、簡易を採りて、主用を失はゞ、鐵を用ん事も又畧すべきか、又がつたり請筒等を、機關にして、自手を以て指物、母衣等をも施しさすごとく巧作するなど、皆主を捨て用を取もの也、是等は諺にいふ畠水練の類なるべし、疊鎧、がつたり等のからくりのごときは、
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『武備和訓』・卷三・万一に備える長腹帯と平生の鍛錬如斯乘る馬は必一曲ありて、口剛く、間も强からざれば、其術に耐ざるもの也、尤乘相よきものを以、稽古馬とするは惜き事なり、儲亦長途をつよくのれば、息する事あり、尤御者の恥なり、息間を知事大事成べし、櫻狩千里を乘る時に(御者家流に櫻がり千里の手綱といふ事あり、一日に六十里も乘るを云といへども、爰におゐてはさまでの長途の事に非ず、三十里計の道又は火事塲等なり、)かならず長腹帶を引ゆべし、十人が九人識りても用る事なきは武備のうすきが故也、腹帶弛み鞍まはれば、落るよりかは鞍碎くる事あるもの也、是は自然の事なれども予已にこれを見たり、其決して無と云事を決して有とたつるを武備とは云なり、梶原が佐々木に後れたるも、長腹帶を用ひざる故成べし、且亦一日に六十里も乘ると云事、御書に見へたり、今世の人多くいぶかれり、當世弓馬の道おとろへたるにより、此ふしんあり、一時に十三里十八町を乘て、人馬ともにつかれざる事、度々ありしを、予見之たり、人馬平生の鍛鍊にて、一晝夜の間に、六十里のられまじきものにあらず、武士の馬に達せざるは、公家の無筆よりもうるさしと、さる人のいひし、
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『武備和訓』・卷二・装いより武備の本と故実を問う一衣服の美を盡し、其たちぬふ事までを吟味する人はあれども、甲冑、小具足、兵具等のわけを、くはしくせんさくして、美を禁じ、本を知り、利用を考へ、故實を辨じ、武備をなす人の少きは何ぞや、人に晴小袖といへば、必古きを新きに換て用之、尤禮なり、然るに尋常の武士、いかなる者の着せるをも不知、古具足を買ひ、乳縄にもあわぬものを着せんとおもへるあり、武士たる者の、死する程に晴なる事はあるべからず、禮義を盡すべき事、是より大なるはあらじ、一熊澤氏、鎧の脇を合る事、右を上にして逆を用るは、鎧本戎服なり、西戎の衣は左むねに合るにより、鎧は左むねなりといへり、愚云、外に又據あり、六具をかためては、左右の手後に廻りがたきもの也、順に胸を合る時は、高紐むすび難し、又一ッには、すべて兵家は陰を貴ぶ故に、左を以貴として、進むを本意とし、右を賤しとして、退くを心とせず、甲冑の具、皆射向掛りとて、左の方へ進ませ、少づゝすみかけて製之、相引などは餘程左へゆがめり、鎧の脇、順に胸を合る時は、退く形になり、逆に合る時は、進む形になれり、武士として、如斯事をも知ずんばあるべからず、其故實、利用の沙汰は。本より人々覺悟の事にて候へば、管見を以て云べきにはあらず、明師に決すべし、唯用べき處に心を用ひ、無用の事に心を盡さゞれといふにあり、
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『武備和訓』・卷二・歯武者の具足は軽く、分限を守る一たび石打にあひ、礫備等に戰ふ時は、皆機關はなれて、二たび用る事不成もの也、如此の事ども、能辨ずべし、扨又齒武者(白齒武者を器して云り)、唯一領なれば、尤心を盡すべし、重きはよろしからず、革具足に制法ありて、よく鍛へば鐵に不劣もの也、大概其鎧をおどすの大意は、張屋下地を豫せしを、函人漆をつけて、いまだ糸毛を施さざるなへに、韋を用てつゞり、着之て、或は坐し、或は馳走り、組合、馬にのりなどして、躬にあたる處あらば直すべし、已に糸毛を施すまで右の如くして年月をふるにしく事なし、急にしては漆のほどこし練ざるもの也、それ鎧は小札を以て最上とせり、大がい大袖、總卷、間がなもの、櫻のびやう、等のあるを以本式の鎧とし、小袖の總角なきものを以、よのつねの具足とせり、齒武者の具足、毛引を用べからず、惚て美をつくすにしたがひ、かなもの繁くして重くなれり、當世平士の甲冑を見るに、皆其分限節を失ひ、妄りに僭して故實を犯せり、唯壯觀を專として、主意を失せり、
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『武備和訓』・卷三・見た目より働きを見て馬を飼う一馬を飼に心得有べし、必見分の美しき馬は、用に不立よし也、或心がけの大名の馬を飼れしを見しに、大豆の葉を煮ず、寒中といへども、水につけて、一宿し、しぼりて、熱湯をかけ、粉糠を和し拌て、豆少しばかり加へて、一日に三度飼之、其乘事、のり間近く、遠のり、遠引を專とし、險難、石原、砂原、曠原、深田等の如きを、沓をうたずして、驅足、野足を乘りて、彼が性の儘に乘たて、少も此方より、彼に足並、其外を敎る事なし、尋常の、乘馬ののりあひ、地道、速道は、御者此方より敎へたるもの、驅足野足は、彼が天性なり、その美を好んで、心がけのうすきとは、間相の吟味もなく、曲のせんさくもなく、唯毛色の美を好み、筋を切、前をとる事を憚び、後は上一間とて、後足の蹈ばり廣きをよしとし、尾筋をたちて、尾をさすを美なりとし、見分のみにかゝわる事、大に武の本意にちがひ候、間は、我鍛鍊に應じて、分別すべし、曲は轡ずまひ、つけずまひ、乘ずまひ、物を見る事の甚きと、きれ口と、こむと、後馬をふむと、のせてたつと、鎧おどろきと、是等は曲の大成物也、筋をたちたる馬は、遠路を乘事、深田をおどり出る事、堀切を飛踰る事、決してならず、後上一間なるは、細道を乘るに害あり、其戰塲に赴きて、馬に髮を結ひ、首毛を燒できのつたなきわざ、相成べき事なるや、いなやを辨ふべし、惣て武は、心を用て變に備ふるを武とし、上をかざりて、心の備を失ふを、婦女の道とせり、武人それおもわざるべけんや、