武備和訓 / 卷三・馬術は本番を想定して数百返鍛える
一馬を乘るに故實を專とし、馬上うつくしく、手綱のかゝりより、鞍がゝへ、鐙の蹴出し、隅の手綱等、各ゝ大坪氏荒木氏などの規摸に倣て、拍子を乘る事尤然なり、武人必其分にて騎乘の道たりぬとおもふべからず、諸邦みな馬を乘れども、其國々家々の風儀ありて、同じ大坪流にても、大に異なる事あり、唯うつくしく碁盤の面のごとき馬塲を、地道三四返、速道十返ばかりにて、我も馬も少汗かく程にて、乘間よく、度々乘るは、馬の爲にも藥となり、我も勞ずして能けれども、とても其如きの稽古鍛鍊にては、事に望んで、人馬ともに中〱達者は成がたし、第一平日の鍛鍊、未熟の間、輪を乘事をかくべからず、馬の輪は弓の卷藁の如し、其乘事數百返に至るべし、貫繩を强く引せて、鐙を當、居木うつり、鞍玉を自得すべし、數百返に至り、我も目くるめき、馬も倒るゝ事あり、手綱を以たゝき、鐙を以蹴起て、又乘るべし、驅足を乘とも、馬により三町ばかりの馬塲にても十餘返も乘べし、人により馬をいとひて、斯いふを誘る者もあるべし、又御者の風にも依べし、つよく乘ほど馬は早く憊、又血の落る事もあるべし、
新字:一馬を乗るに故実を専とし、馬上うつくしく、手綱のかゝりより、鞍がゝへ、鐙の蹴出し、隅の手綱等、各ゝ大坪氏荒木氏などの規摸に倣て、拍子を乗る事尤然なり、武人必其分にて騎乗の道たりぬとおもふべからず、諸邦みな馬を乗れども、其国々家々の風儀ありて、同じ大坪流にても、大に異なる事あり、唯うつくしく碁盤の面のごとき馬塲を、地道三四返、速道十返ばかりにて、我も馬も少汗かく程にて、乗間よく、度々乗るは、馬の為にも薬となり、我も労ずして能けれども、とても其如きの稽古鍛錬にては、事に望んで、人馬ともに中〱達者は成がたし、第一平日の鍛錬、未熟の間、輪を乗事をかくべからず、馬の輪は弓の巻藁の如し、其乗事数百返に至るべし、貫縄を強く引せて、鐙を当、居木うつり、鞍玉を自得すべし、数百返に至り、我も目くるめき、馬も倒るゝ事あり、手綱を以たゝき、鐙を以蹴起て、又乗るべし、駆足を乗とも、馬により三町ばかりの馬塲にても十余返も乗べし、人により馬をいとひて、斯いふを誘る者もあるべし、又御者の風にも依べし、つよく乗ほど馬は早く憊、又血の落る事もあるべし、
書き下し
一馬を乘るに故實を專とし、馬上うつくしく、手綱のかゝりより、鞍がゝへ、鐙の蹴出し、隅の手綱等、各ゝ大坪氏荒木氏などの規摸に倣て、拍子を乘る事尤然なり、武人必其分にて騎乘の道たりぬとおもふべからず、諸邦みな馬を乘れども、其國々家々の風儀ありて、同じ大坪流にても、大に異なる事あり、唯うつくしく碁盤の面のごとき馬塲を、地道三四返、速道十返ばかりにて、我も馬も少汗かく程にて、乘間よく、度々乘るは、馬の爲にも藥となり、我も勞ずして能けれども、とても其如きの稽古鍛鍊にては、事に望んで、人馬ともに中〱達者は成がたし、第一平日の鍛鍊、未熟の間、輪を乘事をかくべからず、馬の輪は弓の卷藁の如し、其乘事數百返に至るべし、貫繩を强く引せて、鐙を當、居木うつり、鞍玉を自得すべし、數百返に至り、我も目くるめき、馬も倒るゝ事あり、手綱を以たゝき、鐙を以蹴起て、又乘るべし、驅足を乘とも、馬により三町ばかりの馬塲にても十餘返も乘べし、人により馬をいとひて、斯いふを誘る者もあるべし、又御者の風にも依べし、つよく乘ほど馬は早く憊、又血の落る事もあるべし、
現代語訳
一つ、馬に乗るには故実(古来の作法)を第一とし、馬上を美しく保ち、手綱のかかり、鞍がかえ、鐙の蹴出し、隅の手綱などは、それぞれ大坪氏・荒木氏などの規範にならって、拍子に合わせて乗るのがもっともです。武人は必ずその程度で騎乗の道が足りたと思ってはなりません。諸国みな馬に乗りますが、その国々、家々の風儀があって、同じ大坪流でも大いに異なることがあります。ただ美しく碁盤の面のような馬場を、地道(並足)で三、四返、速道で十返ほど乗り、自分も馬も少し汗をかく程度で、乗る間もよく、たびたび乗るのは、馬のためにも薬となり、自分も疲れずによいのですが、とてもそのような稽古鍛錬では、事に臨んで人馬ともになかなか達者にはなれません。第一に、平日の鍛錬で、未熟の間は輪乗りを欠いてはなりません。馬の輪乗りは弓の巻藁のようなものです。その乗る回数は数百返に至るべきです。貫縄を強く引かせて、鐙を当て、居木移り、鞍玉を自得すべきです。数百返に至って、自分も目がくらみ、馬も倒れることがあります。そのときは手綱でたたき、鐙で蹴り起こして、また乗るべきです。駆け足を乗るにも、馬により三町ほどの馬場でも十回余り乗るべきです。人によっては馬を気の毒がって、このようなことをそしる者もあるでしょう。また御者の流儀にもよります。強く乗るほど馬は早く疲れ、また血が落ちることもあります。
解説

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『武備和訓』・卷三・見た目より働きを見て馬を飼う一馬を飼に心得有べし、必見分の美しき馬は、用に不立よし也、或心がけの大名の馬を飼れしを見しに、大豆の葉を煮ず、寒中といへども、水につけて、一宿し、しぼりて、熱湯をかけ、粉糠を和し拌て、豆少しばかり加へて、一日に三度飼之、其乘事、のり間近く、遠のり、遠引を專とし、險難、石原、砂原、曠原、深田等の如きを、沓をうたずして、驅足、野足を乘りて、彼が性の儘に乘たて、少も此方より、彼に足並、其外を敎る事なし、尋常の、乘馬ののりあひ、地道、速道は、御者此方より敎へたるもの、驅足野足は、彼が天性なり、その美を好んで、心がけのうすきとは、間相の吟味もなく、曲のせんさくもなく、唯毛色の美を好み、筋を切、前をとる事を憚び、後は上一間とて、後足の蹈ばり廣きをよしとし、尾筋をたちて、尾をさすを美なりとし、見分のみにかゝわる事、大に武の本意にちがひ候、間は、我鍛鍊に應じて、分別すべし、曲は轡ずまひ、つけずまひ、乘ずまひ、物を見る事の甚きと、きれ口と、こむと、後馬をふむと、のせてたつと、鎧おどろきと、是等は曲の大成物也、筋をたちたる馬は、遠路を乘事、深田をおどり出る事、堀切を飛踰る事、決してならず、後上一間なるは、細道を乘るに害あり、其戰塲に赴きて、馬に髮を結ひ、首毛を燒できのつたなきわざ、相成べき事なるや、いなやを辨ふべし、惣て武は、心を用て變に備ふるを武とし、上をかざりて、心の備を失ふを、婦女の道とせり、武人それおもわざるべけんや、
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『武備和訓』・卷三・大事に用いる道具は平生から試す一大事に乘むとおもふ鞍は、作は論の外なり、尋常の鞍は、よく〱本地を吟味し、平生責鞍に用て、五年も十年も樣すべし、兵具兵器の類、皆ためさずしては難用、但し甲冑を樣す事は、武道に至らぬ心なるべきか、一切付肌付は、毛氈仕立の最上を用べし、障泥は熊を用て織熊板障泥を用べからず、鐙は古き名作をよしとせり、手綱は布縮緬を用ゆべし、馬面馬鎧製法あるべし、取付の事も、武用辨器に辨ずといへども、恐くは故實としがたし、取付は四ッの鹽手に、別物を施し置て、首を得る時しばり付るもの也、首の貴賤、或は法師の首につけ樣の差ありとなり、心得あるべき事なり、
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『武備和訓』・卷三・万一に備える長腹帯と平生の鍛錬如斯乘る馬は必一曲ありて、口剛く、間も强からざれば、其術に耐ざるもの也、尤乘相よきものを以、稽古馬とするは惜き事なり、儲亦長途をつよくのれば、息する事あり、尤御者の恥なり、息間を知事大事成べし、櫻狩千里を乘る時に(御者家流に櫻がり千里の手綱といふ事あり、一日に六十里も乘るを云といへども、爰におゐてはさまでの長途の事に非ず、三十里計の道又は火事塲等なり、)かならず長腹帶を引ゆべし、十人が九人識りても用る事なきは武備のうすきが故也、腹帶弛み鞍まはれば、落るよりかは鞍碎くる事あるもの也、是は自然の事なれども予已にこれを見たり、其決して無と云事を決して有とたつるを武備とは云なり、梶原が佐々木に後れたるも、長腹帶を用ひざる故成べし、且亦一日に六十里も乘ると云事、御書に見へたり、今世の人多くいぶかれり、當世弓馬の道おとろへたるにより、此ふしんあり、一時に十三里十八町を乘て、人馬ともにつかれざる事、度々ありしを、予見之たり、人馬平生の鍛鍊にて、一晝夜の間に、六十里のられまじきものにあらず、武士の馬に達せざるは、公家の無筆よりもうるさしと、さる人のいひし、
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『武備和訓』・卷三・弓馬は一体で鍛え、昔を疑わない一馬上の態事を、揚馬(或は軍馬)といへり、むかしは弓馬を以て二ッとせず、弓を能射れども、馬に得ざれば射人にあらず、馬をよく乘れども、射をよくせざれば騎乘の達人とせず、源爲朝、平敎經など、唯强弓と稱して、弓馬の達人とはせず、尤人にもよるべければ、賴朝卿の時代、和田義盛、下河部庄司、海野幸氏、愛甲季隆等、七八人の輩、亦者本間重氏などの如きを弓馬の達者とせり、賴朝卿の富士淺間の間に狩し給ふ事は皆是弓馬の鍛鍊なり、其時代には馬に逸散をかけて弓を射或は險難の土地を乘事、當代平塲におゐて乘摸を習ふがごとし、さるに依て、千仭の絕壁、一谷の後のごときも、人馬ともに難しとせざるは、常に弓馬の鍛鍊怠りなきが故也、當世の武士、當代の鍛鍊を以其時代にあてゝ、一谷後は、馬は及がたし、一日六十里は乘れじと、己が不鍛鍊にして、管見を以て妄りに異論を立る事、誠に可笑也、されば弓馬をよくする時は、太刀打、組打、何れの態にわたりても、皆同事なり、近代合戰の道精くなりて、馬上の勝負をせざるにより、自然と其態衰へし事、尤悼むべし、されば乘摸と、揚馬と二ッにわかれたるは、坐合と劔術とのごとし、最初乘かたを達者して、次に揚馬を習ふべし、乘摸は優劣を論ぜず、多くの馬を乘を以よしとすべし、揚馬は流派の勝劣あるべし、(神山流と云者諸流に優れり、腰手綱にて兵器を持ものは拙し、)聊もむかしの弓馬の俤の殘るは、神社の流鏑馬なり、當代にも軍理に明ならずして、馬のかけ足の內に砲弓を射るなど云人もあれども、主意違ひたれば探にはたらず、しかしながらやむには增り候べし、必名師に從て弓馬の道を鍛鍊すべし、當世の火事塲といふとも、馬上に達せずしては、人に先を越されん事眼前なるべし、
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『武備和訓』・卷四・分限に応じた武備と奢りへの戒め一世上武備をなす人ありて、たとへば祿一萬石の小將たる人、かならず自餘の兵器は相應にもあれども、持鎗と稱するもの、我が臂力叶ひたるは唯一本か、二本ならではなし、必其分限にしたがひ、數本あるべし、尤單騎の武士といふとも、刀三腰あらば、鎗も亦二筋はあるべし、必一騎の武士、我得道具にあらずして、外に何十筋ありとも、心を用るとはいふべからず、如此の事をも平生心を盡すべし、用心の二字は武士の本意なり、一祿の高下にしたがひ、人馬兵器を持事肝要なるべし、士の定る產あるは、其分限を失ずして、武備を忘れまじき種也、相應に人馬を扶持する事は、天下配分の地をうけて、當に其地の米粟を食べき程の人馬なれば、よつて其人馬を國家の不意にあてゝ、常に備ふ、然るに其備を忘れて、人馬兵器を持ず、心を用る事なき人は、天下配分の土地を我一人にて食たるがごとく也、誠に是無上の罪恥にあらずや、或は色に耽りて、多く嬖妾の徒を召抱、私の事を專とし、公を忘るゝ、其嬖妾一人の弊を以て、究竟の若黨三人も扶持すべし、奢の珍膳美酒の料を以て、又究竟の小奴を抱ふべし、或は無益の物好をし、牡丹菊の類を、小祿をかたぶけて換之、鸚鵡やうのもの一疋を、多くの黃金に買取て翫ぶ、如此なる事、誠にあるべき事にあらず、築山花壇泉水等のごときも、殊に高上なるは惡し、多くは東山殿風にうつりて、文武ともに取失ふべし、必遊山翫水にふけり、家禮の諫を不用如き人は、外に文武をかざりて、內に剽殺を好み、仁義皆すたれて、天より罪をうけん事、筋斗をひるがへすべからず、