武備和訓 / 卷二・歯武者の具足は軽く、分限を守る
一たび石打にあひ、礫備等に戰ふ時は、皆機關はなれて、二たび用る事不成もの也、如此の事ども、能辨ずべし、扨又齒武者(白齒武者を器して云り)、唯一領なれば、尤心を盡すべし、重きはよろしからず、革具足に制法ありて、よく鍛へば鐵に不劣もの也、大概其鎧をおどすの大意は、張屋下地を豫せしを、函人漆をつけて、いまだ糸毛を施さざるなへに、韋を用てつゞり、着之て、或は坐し、或は馳走り、組合、馬にのりなどして、躬にあたる處あらば直すべし、已に糸毛を施すまで右の如くして年月をふるにしく事なし、急にしては漆のほどこし練ざるもの也、それ鎧は小札を以て最上とせり、大がい大袖、總卷、間がなもの、櫻のびやう、等のあるを以本式の鎧とし、小袖の總角なきものを以、よのつねの具足とせり、齒武者の具足、毛引を用べからず、惚て美をつくすにしたがひ、かなもの繁くして重くなれり、當世平士の甲冑を見るに、皆其分限節を失ひ、妄りに僭して故實を犯せり、唯壯觀を專として、主意を失せり、
新字:一たび石打にあひ、礫備等に戦ふ時は、皆機関はなれて、二たび用る事不成もの也、如此の事ども、能弁ずべし、扨又歯武者(白歯武者を器して云り)、唯一領なれば、尤心を尽すべし、重きはよろしからず、革具足に制法ありて、よく鍛へば鉄に不劣もの也、大概其鎧をおどすの大意は、張屋下地を予せしを、函人漆をつけて、いまだ糸毛を施さざるなへに、韋を用てつゞり、着之て、或は坐し、或は馳走り、組合、馬にのりなどして、躬にあたる処あらば直すべし、已に糸毛を施すまで右の如くして年月をふるにしく事なし、急にしては漆のほどこし練ざるもの也、それ鎧は小札を以て最上とせり、大がい大袖、総巻、間がなもの、桜のびやう、等のあるを以本式の鎧とし、小袖の総角なきものを以、よのつねの具足とせり、歯武者の具足、毛引を用べからず、惚て美をつくすにしたがひ、かなもの繁くして重くなれり、当世平士の甲冑を見るに、皆其分限節を失ひ、妄りに僭して故実を犯せり、唯壮観を専として、主意を失せり、
書き下し
一たび石打にあひ、礫備等に戰ふ時は、皆機關はなれて、二たび用る事不成もの也、如此の事ども、能辨ずべし、扨又齒武者(白齒武者を器して云り)、唯一領なれば、尤心を盡すべし、重きはよろしからず、革具足に制法ありて、よく鍛へば鐵に不劣もの也、大概其鎧をおどすの大意は、張屋下地を豫せしを、函人漆をつけて、いまだ糸毛を施さざるなへに、韋を用てつゞり、着之て、或は坐し、或は馳走り、組合、馬にのりなどして、躬にあたる處あらば直すべし、已に糸毛を施すまで右の如くして年月をふるにしく事なし、急にしては漆のほどこし練ざるもの也、それ鎧は小札を以て最上とせり、大がい大袖、總卷、間がなもの、櫻のびやう、等のあるを以本式の鎧とし、小袖の總角なきものを以、よのつねの具足とせり、齒武者の具足、毛引を用べからず、惚て美をつくすにしたがひ、かなもの繁くして重くなれり、當世平士の甲冑を見るに、皆其分限節を失ひ、妄りに僭して故實を犯せり、唯壯觀を專として、主意を失せり、
現代語訳
一つ、いったん石打ちに遭い、礫の備えと戦うときは、機関はみな外れて、二度と用いることはできません。このようなことをよく弁えるべきです。さて歯武者(白歯武者を器に例えて言ったもの)は、ただ一領の鎧だけなので、もっとも心を尽くすべきです。重いのはよろしくありません。革具足には製法があり、よく鍛えれば鉄に劣らないものです。おおよそその鎧を縅す大意は、張屋が下地を予め作り、函人(鎧師)が漆をつけて、まだ糸毛を施さないうちに、韋(なめし革)でつづり、これを着て、あるいは座り、あるいは走り、組み合い、馬に乗るなどして、身に当たるところがあれば直すべきです。すでに糸毛を施すまで、このようにして年月を経ることに勝るものはありません。急いでは、漆の施しが練られないものです。そもそも鎧は小札を最上とします。おおむね、大袖、総巻、間金物、桜の鋲などがあるものを本式の鎧とし、小袖の総角のないものを普通の具足とします。歯武者の具足には、毛引を用いてはなりません。惚れて美を尽くすにしたがって、金物が繁くなり、重くなりました。当世の平士の甲冑を見ると、みなその分限の節を失い、みだりに僭越して故実を犯しています。ただ壮観をもっぱらにして、主意を失っています。
解説

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『武備和訓』・卷二・鎧の実用と、機関に頼る軽薄さ一夫をよく治るの最初なり、かくのごとく心得て、さのみ鐵を厚く鍛ひ、身を勞すべからず候、其上近世は鐵砲ありて、鐵壁をも難しとせざれば、無楯の鎧も用るに不足、されども、將は必着替の鎧あれば、一概にはおもふべからず、城攻、竹束裏、虎口まへを働く時は、ためしの鎧の重く札よきを用べし、鍪は猶更重きを以能とせり、又戰陣には、薄鐵の鎧を用べし、行軍等には、革の鎧も又可ならん、鎧重くして馬憊る、時は詮なし、當世兵家者流に、將の鎧に、胴を四ッに割たるたゝみ具足を用る事あり、大に不可然、たゝみ具足は、單騎の卒簡易の爲に用るもの也、同じくは射向に蝶つがひして、二ッに割るさへ不快、其堅からん事を要せば、唯一枚ならんこそ能からめ、簡易を採りて、主用を失はゞ、鐵を用ん事も又畧すべきか、又がつたり請筒等を、機關にして、自手を以て指物、母衣等をも施しさすごとく巧作するなど、皆主を捨て用を取もの也、是等は諺にいふ畠水練の類なるべし、疊鎧、がつたり等のからくりのごときは、
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『武備和訓』・卷二・装いより武備の本と故実を問う一衣服の美を盡し、其たちぬふ事までを吟味する人はあれども、甲冑、小具足、兵具等のわけを、くはしくせんさくして、美を禁じ、本を知り、利用を考へ、故實を辨じ、武備をなす人の少きは何ぞや、人に晴小袖といへば、必古きを新きに換て用之、尤禮なり、然るに尋常の武士、いかなる者の着せるをも不知、古具足を買ひ、乳縄にもあわぬものを着せんとおもへるあり、武士たる者の、死する程に晴なる事はあるべからず、禮義を盡すべき事、是より大なるはあらじ、一熊澤氏、鎧の脇を合る事、右を上にして逆を用るは、鎧本戎服なり、西戎の衣は左むねに合るにより、鎧は左むねなりといへり、愚云、外に又據あり、六具をかためては、左右の手後に廻りがたきもの也、順に胸を合る時は、高紐むすび難し、又一ッには、すべて兵家は陰を貴ぶ故に、左を以貴として、進むを本意とし、右を賤しとして、退くを心とせず、甲冑の具、皆射向掛りとて、左の方へ進ませ、少づゝすみかけて製之、相引などは餘程左へゆがめり、鎧の脇、順に胸を合る時は、退く形になり、逆に合る時は、進む形になれり、武士として、如斯事をも知ずんばあるべからず、其故實、利用の沙汰は。本より人々覺悟の事にて候へば、管見を以て云べきにはあらず、明師に決すべし、唯用べき處に心を用ひ、無用の事に心を盡さゞれといふにあり、
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『武備和訓』・卷二・鎧の飾りより将の威厳と上下の分一武士たるべき人は、よく武備の本を稽て、それ〱の本理をさとり得る事、肝要なるべし、たとへば、兵具兵器等の中にも、當世皆席の上にてこしらへたる理あり、是古への靑表紙と云よりも拙し、人の頭たらん人は智明ならずんば不可有、或武將の任たる人、軍學者に命じて、鎧の注文を乞ふ事あり、軍者命を得て、注文を細書し、捧之に、其躰甚花麗を盡し、本式の鎧に仕たてり、君見之軍者を召て曰、我聞、將たらん者の甲冑は、金銀をちりばめ、糸毛に美色を盡したるは宜しからず、是齒武者にまぎるゝ事を欲して矢石の危をさくる方便なり、汝是を識ずやと難ぜり、軍者應て曰、諸の事に上下の分と申ものゝ御座候、まして況や、兵具の事は、等閑の事にあらず、先主將の道は、勇嚴を以て本とする事、孫武子の意にて候、勇嚴は大將たる人の心の德にて、勇は堅陣を見て不懼、圍まれては奮て出づ、嚴とは威勢也、可望而不可近の謂なれば、軍士其將を一目見あげて、再び眼を合る事なりがたき程の威勢あるを、嚴とは申なり、如斯の德を胸中に備へましませば、たとへば敵兵、弓鐵砲を以て的にして射之とも、必ずはづるゝものにて候、若其德を備へ給はざれば、身を鐵石の凾に藏し給ふとも、銳兵の戟の徹らぬ所はなきものにて候、其上上下の分をわかつ事は軍政の要也、唯大將は大將のごとく、士卒は士卒のごとく、兵具を粧ひ申事、良將の道にて候と申ければ、其主甚感服せり、愚云く、本文の議論武道にかなへり、案ずるに鎧を製するに、威の字を用て制作する事にいふは、敵を威すの義に探りて、本より鎧は威嚴あるべきものなれば也、畢竟甲冑を帶る事は、軍門の禮服とおもふべし、軍を整る事は、一人をよく治る時は、百萬の衆といふとも又同じかるべし、其衆きを統る事、怯者もあれば、勇者もあり、先甲冑を以其身をつゝむ時は、怯者賴處ありて、勇者に比す、已に勇怯班々たるもの、はじめて一致に健になり、氣治りてうつらず、是
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『武備和訓』・卷五・刀の拵えは堅固を第一に、柄と心木を整える一刀劔具足するを世俗こしらゆると云、惣て武士の刀脇指の餘り光〻輝〻は、心にくらず、異なる物好致すべからず、鮫は塗べし、柄の心木は必ず柚か樫を用べし、假令白鮫を用るとも心木堅く柄卷工の巧手に命じて、最上の糸を用て能松鼠をぬり、鐵石の如く卷ときは、柄碎る事なし、韋を用る事は尤つたなし、武備にもあらず、禮にも乖べし、刀劔の仕立肝要なる物は杷なり、武人常にいふ、糸切て手の內碎ると、杷糸切解る程にては兩手の指存すべからず、松鼠をつけて至極堅く卷時は、たとへ寸寸にきるゝとも其解る事なし、心木厚朴を用るとも卷糸堅じければ輙く不碎、其くだくると云も木は柔にして緩き故也、古來の柄に厚朴を用て不碎事は、古は心木極て細き故鮫をきせて地を高くしあげ、能塗たる故手の內細からず、其木うすくして、中心にしなひつよく漆を付る故猶堅くして碎けざるもの也、當世は鮫ぬらざるを以心木大きく、しかも柄緩きを以碎る事あり、心木樫なれば唯堅さのみならず、劔のつりあひの爲に大によし、うち鮫を用るとも、心木右二木の內なれば碎る事なし、尤杷は長きに德あり、鐔は重く大なるを能とせり、(武藏流の如きは論ずるに不及者也)劔の身は專磨を吟味すべし、かくし根刄は用に不立、
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『武士訓』卷三・第13段鎧は札よきを用ひて。威毛をゑらぶべからず。劍はきれを專として。作こしらへを好むべからず。(刀はかされ厚きを用べし。かされ薄きは。うちあはせたるとき。折ることまゝあり。そりたるを用べし。すぐなるはよろしからず。鋒かろくつりあひよきやうにすべし。鋒おもきはよろしからず。皮づかを用べからず。皮柄は血かゝればすべりてにぎりがたきものなり。柄に打鮫をもちゆべからず。打鮫は切あふとき。柄くだくるものなり。鍔はすかしなきを用べし。すかしあるは切わることまゝあり。無地のあつきをよしとす。さめざやをさすべからず。さめざやは雨中にはゑめりてぬけかぬるものなり。ましてや水かゝりぬれば猶さらなり。わきざしにはかへり角をもちゆるども。刀にはもちゆることなかれ。刀にかへり角を用るは劍法をゑらざる人なり。)