武備和訓 / 卷二・鎧の飾りより将の威厳と上下の分
一武士たるべき人は、よく武備の本を稽て、それ〱の本理をさとり得る事、肝要なるべし、たとへば、兵具兵器等の中にも、當世皆席の上にてこしらへたる理あり、是古への靑表紙と云よりも拙し、人の頭たらん人は智明ならずんば不可有、或武將の任たる人、軍學者に命じて、鎧の注文を乞ふ事あり、軍者命を得て、注文を細書し、捧之に、其躰甚花麗を盡し、本式の鎧に仕たてり、君見之軍者を召て曰、我聞、將たらん者の甲冑は、金銀をちりばめ、糸毛に美色を盡したるは宜しからず、是齒武者にまぎるゝ事を欲して矢石の危をさくる方便なり、汝是を識ずやと難ぜり、軍者應て曰、諸の事に上下の分と申ものゝ御座候、まして況や、兵具の事は、等閑の事にあらず、先主將の道は、勇嚴を以て本とする事、孫武子の意にて候、勇嚴は大將たる人の心の德にて、勇は堅陣を見て不懼、圍まれては奮て出づ、嚴とは威勢也、可望而不可近の謂なれば、軍士其將を一目見あげて、再び眼を合る事なりがたき程の威勢あるを、嚴とは申なり、如斯の德を胸中に備へましませば、たとへば敵兵、弓鐵砲を以て的にして射之とも、必ずはづるゝものにて候、若其德を備へ給はざれば、身を鐵石の凾に藏し給ふとも、銳兵の戟の徹らぬ所はなきものにて候、其上上下の分をわかつ事は軍政の要也、唯大將は大將のごとく、士卒は士卒のごとく、兵具を粧ひ申事、良將の道にて候と申ければ、其主甚感服せり、愚云く、本文の議論武道にかなへり、案ずるに鎧を製するに、威の字を用て制作する事にいふは、敵を威すの義に探りて、本より鎧は威嚴あるべきものなれば也、畢竟甲冑を帶る事は、軍門の禮服とおもふべし、軍を整る事は、一人をよく治る時は、百萬の衆といふとも又同じかるべし、其衆きを統る事、怯者もあれば、勇者もあり、先甲冑を以其身をつゝむ時は、怯者賴處ありて、勇者に比す、已に勇怯班々たるもの、はじめて一致に健になり、氣治りてうつらず、是
新字:一武士たるべき人は、よく武備の本を稽て、それ〱の本理をさとり得る事、肝要なるべし、たとへば、兵具兵器等の中にも、当世皆席の上にてこしらへたる理あり、是古への青表紙と云よりも拙し、人の頭たらん人は智明ならずんば不可有、或武将の任たる人、軍学者に命じて、鎧の注文を乞ふ事あり、軍者命を得て、注文を細書し、捧之に、其体甚花麗を尽し、本式の鎧に仕たてり、君見之軍者を召て曰、我聞、将たらん者の甲冑は、金銀をちりばめ、糸毛に美色を尽したるは宜しからず、是歯武者にまぎるゝ事を欲して矢石の危をさくる方便なり、汝是を識ずやと難ぜり、軍者応て曰、諸の事に上下の分と申ものゝ御座候、まして況や、兵具の事は、等閑の事にあらず、先主将の道は、勇厳を以て本とする事、孫武子の意にて候、勇厳は大将たる人の心の徳にて、勇は堅陣を見て不懼、囲まれては奮て出づ、厳とは威勢也、可望而不可近の謂なれば、軍士其将を一目見あげて、再び眼を合る事なりがたき程の威勢あるを、厳とは申なり、如斯の徳を胸中に備へましませば、たとへば敵兵、弓鉄砲を以て的にして射之とも、必ずはづるゝものにて候、若其徳を備へ給はざれば、身を鉄石の函に蔵し給ふとも、鋭兵の戟の徹らぬ所はなきものにて候、其上上下の分をわかつ事は軍政の要也、唯大将は大将のごとく、士卒は士卒のごとく、兵具を粧ひ申事、良将の道にて候と申ければ、其主甚感服せり、愚云く、本文の議論武道にかなへり、案ずるに鎧を製するに、威の字を用て制作する事にいふは、敵を威すの義に探りて、本より鎧は威厳あるべきものなれば也、畢竟甲冑を帯る事は、軍門の礼服とおもふべし、軍を整る事は、一人をよく治る時は、百万の衆といふとも又同じかるべし、其衆きを統る事、怯者もあれば、勇者もあり、先甲冑を以其身をつゝむ時は、怯者頼処ありて、勇者に比す、已に勇怯班々たるもの、はじめて一致に健になり、気治りてうつらず、是
書き下し
一武士たるべき人は、よく武備の本を稽て、それ〱の本理をさとり得る事、肝要なるべし、たとへば、兵具兵器等の中にも、當世皆席の上にてこしらへたる理あり、是古への靑表紙と云よりも拙し、人の頭たらん人は智明ならずんば不可有、或武將の任たる人、軍學者に命じて、鎧の注文を乞ふ事あり、軍者命を得て、注文を細書し、捧之に、其躰甚花麗を盡し、本式の鎧に仕たてり、君見之軍者を召て曰、我聞、將たらん者の甲冑は、金銀をちりばめ、糸毛に美色を盡したるは宜しからず、是齒武者にまぎるゝ事を欲して矢石の危をさくる方便なり、汝是を識ずやと難ぜり、軍者應て曰、諸の事に上下の分と申ものゝ御座候、まして況や、兵具の事は、等閑の事にあらず、先主將の道は、勇嚴を以て本とする事、孫武子の意にて候、勇嚴は大將たる人の心の德にて、勇は堅陣を見て不懼、圍まれては奮て出づ、嚴とは威勢也、可望而不可近の謂なれば、軍士其將を一目見あげて、再び眼を合る事なりがたき程の威勢あるを、嚴とは申なり、如斯の德を胸中に備へましませば、たとへば敵兵、弓鐵砲を以て的にして射之とも、必ずはづるゝものにて候、若其德を備へ給はざれば、身を鐵石の凾に藏し給ふとも、銳兵の戟の徹らぬ所はなきものにて候、其上上下の分をわかつ事は軍政の要也、唯大將は大將のごとく、士卒は士卒のごとく、兵具を粧ひ申事、良將の道にて候と申ければ、其主甚感服せり、愚云く、本文の議論武道にかなへり、案ずるに鎧を製するに、威の字を用て制作する事にいふは、敵を威すの義に探りて、本より鎧は威嚴あるべきものなれば也、畢竟甲冑を帶る事は、軍門の禮服とおもふべし、軍を整る事は、一人をよく治る時は、百萬の衆といふとも又同じかるべし、其衆きを統る事、怯者もあれば、勇者もあり、先甲冑を以其身をつゝむ時は、怯者賴處ありて、勇者に比す、已に勇怯班々たるもの、はじめて一致に健になり、氣治りてうつらず、是
現代語訳
一つ、武士たるべき人は、よく武備の本を考え、それぞれの本理を悟り得ることが肝要です。たとえば兵具・兵器の中にも、当世はみな席の上でこしらえた理屈があります。これは昔の青表紙(机上の書物の学問)よりも拙いものです。人の頭となる人は、智が明らかでなければなりません。ある武将の任にある人が、軍学者に命じて鎧の注文書を求めたことがありました。軍学者は命を受けて注文を細かく書き、差し上げましたが、その様子はたいそう華麗を尽くし、本式の鎧に仕立ててありました。主君はこれを見て軍学者を召して言いました。私が聞くところでは、将たる者の甲冑は、金銀をちりばめ、糸毛(縅の糸)に美しい色を尽くしたものはよろしくない。これは歯武者(雑兵)に紛れて矢石の危険を避ける方便のことであろう。そなたはこれを知らないのか、と責めました。軍学者は答えて言いました。何事にも上下の分というものがございます。まして兵具のことはおろそかにできません。まず主将の道は、勇と厳を本とすることが孫武子(孫子)の意にございます。勇厳は大将たる人の心の徳で、勇は、堅い陣を見ても恐れず、囲まれては奮って出ることです。厳とは威勢です。望むべくして近づくべからずというのがその意味で、兵士がその将を一目見上げて、再び目を合わせることができないほどの威勢があるのを、厳と申します。このような徳を胸中に備えておられれば、たとえ敵兵が弓や鉄砲で的にして射ても、必ず外れるものでございます。もしその徳を備えておられなければ、身を鉄や石の箱に隠されても、鋭い兵の戟が貫かないところはございません。そのうえ上下の分を分けることは軍政の要でございます。ただ大将は大将のように、士卒は士卒のように兵具を装うのが、良将の道でございます、と申し上げたところ、主君はたいそう感服しました。私(著者)が思うに、この本文の議論は武道にかなっています。考えてみると、鎧を作るのに「威(おどし)」の字を用いるのは、敵を威すという意味を取ったもので、もとより鎧は威厳あるべきものだからです。結局のところ、甲冑を身につけることは、軍門の礼服と思うべきです。軍を整えることは、一人をよく治めるときは、百万の衆といえども同じことです。その大勢を統べるのに、怯者もあれば勇者もあります。まず甲冑でその身を包むとき、怯者は頼るところができ、勇者に並びます。すでに勇と怯がまだらであったものが、はじめて一致して健やかになり、気が治まって動じなくなります。これは
解説

人生を、一行の式にしてみた。
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