武備和訓 / 卷一・町人が語る武士の恒の産と恒の心
一或浪人常に町人と友たり、ある時町人客に鄕て云、やつがれ書肆たるにより、武家にたち入商賣して畧其風俗を見るに、我今武士とならん事も難からじと、浪客曰何如ぞや、町人曰、孟軻の給ふ事あり、人恒の產なき時は恒の心なしと、士農工商の家々、常の產あるは武家ばかりにて候へば、常の心あらん事勿論にて候、其以下の三民は、皆々恒の心無きものにして、其內わきて拙きは我商人也、やつがれ其三民の內のつたなきものに生れ、殊更家貧乏にして渡世に困めり、然れども富商をうらやまず、貧人を侮らず、家業に非道の利を求ず候、然るに今世武家の上を見候に、外に華麗をかざり、內に忠信の主なし、物を買取て其代をすまさず、過分の錢金を借りて長く返さず、たま〱乞ふ事あれば言語を猛くして商人を詈る、如斯の人罕にも武家にある事は何ぞや、やつがれ本より仁義を以て主とせず、利を以心とし、貧賤に困めども、いまだかくの如きの心はなし、若し武士と成て恒の產あらんには、爭か道を行ん事の難かるべけんや、然るに武人官祿貴くして人道に戻り候人、若祿にはなれ候はゞ、其時の心を推量て便なふ候、又客のごときは無產の至極にて、誠によるべなき浪人なり、然るに少も恒の心ある事は、尤神妙とやいはん、やつがれ爰を以武士とならんに難からじとおもへりといふに、浪客感嘆して商人を拜せり、
新字:一或浪人常に町人と友たり、ある時町人客に郷て云、やつがれ書肆たるにより、武家にたち入商売して略其風俗を見るに、我今武士とならん事も難からじと、浪客曰何如ぞや、町人曰、孟軻の給ふ事あり、人恒の産なき時は恒の心なしと、士農工商の家々、常の産あるは武家ばかりにて候へば、常の心あらん事勿論にて候、其以下の三民は、皆々恒の心無きものにして、其内わきて拙きは我商人也、やつがれ其三民の内のつたなきものに生れ、殊更家貧乏にして渡世に困めり、然れども富商をうらやまず、貧人を侮らず、家業に非道の利を求ず候、然るに今世武家の上を見候に、外に華麗をかざり、内に忠信の主なし、物を買取て其代をすまさず、過分の銭金を借りて長く返さず、たま〱乞ふ事あれば言語を猛くして商人を詈る、如斯の人罕にも武家にある事は何ぞや、やつがれ本より仁義を以て主とせず、利を以心とし、貧賤に困めども、いまだかくの如きの心はなし、若し武士と成て恒の産あらんには、争か道を行ん事の難かるべけんや、然るに武人官禄貴くして人道に戻り候人、若禄にはなれ候はゞ、其時の心を推量て便なふ候、又客のごときは無産の至極にて、誠によるべなき浪人なり、然るに少も恒の心ある事は、尤神妙とやいはん、やつがれ爰を以武士とならんに難からじとおもへりといふに、浪客感嘆して商人を拝せり、
書き下し
一或浪人常に町人と友たり、ある時町人客に鄕て云、やつがれ書肆たるにより、武家にたち入商賣して畧其風俗を見るに、我今武士とならん事も難からじと、浪客曰何如ぞや、町人曰、孟軻の給ふ事あり、人恒の產なき時は恒の心なしと、士農工商の家々、常の產あるは武家ばかりにて候へば、常の心あらん事勿論にて候、其以下の三民は、皆々恒の心無きものにして、其內わきて拙きは我商人也、やつがれ其三民の內のつたなきものに生れ、殊更家貧乏にして渡世に困めり、然れども富商をうらやまず、貧人を侮らず、家業に非道の利を求ず候、然るに今世武家の上を見候に、外に華麗をかざり、內に忠信の主なし、物を買取て其代をすまさず、過分の錢金を借りて長く返さず、たま〱乞ふ事あれば言語を猛くして商人を詈る、如斯の人罕にも武家にある事は何ぞや、やつがれ本より仁義を以て主とせず、利を以心とし、貧賤に困めども、いまだかくの如きの心はなし、若し武士と成て恒の產あらんには、爭か道を行ん事の難かるべけんや、然るに武人官祿貴くして人道に戻り候人、若祿にはなれ候はゞ、其時の心を推量て便なふ候、又客のごときは無產の至極にて、誠によるべなき浪人なり、然るに少も恒の心ある事は、尤神妙とやいはん、やつがれ爰を以武士とならんに難からじとおもへりといふに、浪客感嘆して商人を拜せり、
現代語訳
一つ、ある浪人が常に町人と友だちでした。あるとき町人が客に向かって言いました。「私は書店をしているので、武家に出入りして商売をし、おおよその風俗を見ましたが、私が今、武士になることも難しくはなさそうです」。浪人の客は「どういうことですか」と言いました。町人は言いました。「孟軻(孟子)が言われることがあります。人は恒の産(安定した生業・財産)がないときは、恒の心がない、と。士農工商の家々のなかで、安定した産があるのは武家だけですから、恒の心があるのはもちろんのことです。それ以外の三民は、皆、恒の心がないものであり、なかでも特に拙いのは私たち商人です。私はその三民のうちの拙いものに生まれ、とりわけ家が貧乏で渡世に困っています。しかし、富んだ商人をうらやまず、貧しい人を侮らず、家業で非道の利を求めません。ところが、今の世の武家の様子を見ますと、外に華麗さを飾り、内に忠信の主がありません。物を買い取ってもその代金を支払わず、多額の銭金を借りて長く返さず、たまたま請求されると、言葉を荒くして商人を罵ります。このような人が武家にまれにでもいるのはどうしてでしょうか。私はもとより仁義を主とせず、利を心とし、貧賤に困っていますが、まだこのような心はありません。もし武士になって恒の産があるならば、どうして道を行うことが難しいことがありましょうか。ところが、武人で官禄が貴いのに人の道に反している人が、もし禄を離れたら、その時の心を推し量って気の毒に思います。また、お客さまのようなお方は、無産の至極で、まことに頼るあてのない浪人です。それなのに少しも恒の心があることは、もっとも神妙と言うべきでしょう。私はここから、武士になるのは難しくないと思ったのです」。浪人の客は感嘆して、商人を拝みました。
解説

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『武備和訓』・卷五・家老が代官を諭す商人の心と武士一或大國の政事を與聞、二萬石ばかりの地を領する家老なりしが、鄕中の代官一日其執事の許に來りけるに對面して、暑中の談をのべ鄕市の事など尋問けるが、元來內外となく心安かりければ、彼代官謂て云、某鄕に左文字の脇指を持たる商人の候、我日比刀劔の目利に得たれば、我宅に携來て見之候、凡そ代金二百枚ばかりも付候はんと覺候、願くば君是を求玉はんやと云けるを、執事熟々聞て、商人其脇指の價貴きを知侍るや、又重寶とも不知候やと問ふ、代官云、貴き事を不知により、我を賴て豫價の貴賤を知んと欲るにあり、我君に訴ふる事は價高き物を以、卑く求得て參らせんとおもふにありと答ふ、執事頭を振て云、價貴き物を以、賤く得む事をおもふは商人の心なり、武士は定る祿ありて、其祿を以て事を辨ぜり、定る祿ありながら、無祿の商人の財を賤く買んとおもふは、其心はるかに商人に劣りて恥を用る處なし、殊更刀劔の事は、武士の一大事の器也、此劔戟の靈威嚴なるを以武士はたつもの也、貴殿其心を以用る時は、左文字の靈劔も菜刀には劣るべしと云ければ、代官大に恥入て半言を出さず、顏に汗して、退きけり、誠に武士の志か程にきれかはらずしては、其三民に異て國家を治るの器によく耐べけんや、
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『武備和訓』・卷一・武士は義理を主とし国の要となる一士農工商の人々、みな天命の性は同事にして、四家にわかれて家業を務るに、格別品かわりたる人のやうに見へ侍り候へ共、是は各其主意によりて、武士は仁義文武の道を習ひ、義理を以て主意といたし候、其外の三家は、少づゝの差は可有候へ共、大意はみな利を以て主といたし候、武士の義理を主とする事は、定る產ありて命根を養ひ、其本立てしづかなる故、此所におゐて煩なければ、三民の上に位して、武備をおさめて君に仕へ、下を敎て、上下の中間に居し、國を守る事、たとへば扇に要あるがごとし、されば其要全からざる時は、國家かならず殆かるべし、又家業の仁義文武の道を忘るゝ時は、其心利にうつりて、農工商の三家に同じかるべく候、然れば武士は君に仕へて忠信を存し、下を敎て慈愛をほどこすの外は、心に思ふ事さらになかるべく候、
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『武備和訓』・卷一・浪人でも心は富み、外を飾るな一武士たるべき者は、身は醢になり候とも、志は撓べからず候、當世は殊更浪人となりたる武士、多くは困み候やうに見え候、惣て祿に離れたる武士は貧きを以貴とし、富たるを以賤とすべし、乍然福貴貧賤の如きに目を付ざる人は、たとへ富とも、貧かるべきとも、是非の批判には及がたく候、當世には、唯上をかざる事を本とし、美服を好み、刀劔の類までも壯觀を事とし、主用を以次にする如き、心得ちがいの人々も有之樣子に相見え候、文武の心がけは、其家に生れて勿論なれども、其主意とする所少違ひ候へば、大に義に戻る事可有之候、先浪人は本より無產也、平生衣食に乏き筈の者なるに、却て衣食住の三ッを淸にして、外を飾るはくせものなり、多くは其心人倫に戻る事論ずべからず候、曾我祐成が兄弟の如きは、心忠孝に徹して、祐經を刺し、不戴倶天之讎を復せんとおもへる志の外に、毫毛も他の念慮なければ、微服潛行して恥とせず、常に心中仁義に富みて、爵祿榮貴を拙とし、和田義盛等が宴席につらなり、數十人の鼎士をも屑ともせざる事は、全く時宗祐成が色情にうつりて、遊俠のいたす處にあらず、兄弟仁義の勇者なれば、忠孝を以味方とするにより、何百騎をも難しとせざるものなり、祐成が虎女に戲れ、大石良雄が浮橋(伏見之里の傾城也)に通ひし、皆是仁義の忠略なり、方に其間惡衣惡食の艱難、狀をもつて禽獸に比すといへども、心は天下に富めり、武人必心を淸潔にして、形はいやしかるべし、子夏の垂鶉とて、衣のやぶれたるをつゞりたるありさま、鶉の彪のごとし、子夏常に此鶉衣を着し給へども、哲人にてましませり、子路は弊れさけたる衣を着して、聖門の勇者たり、內に忠信だにあらば、外は禽獸にたくゐすともさらに辱べからず、
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『士道要論』・士心・恒心と労心、士に求められる務めとありて、死生の際にのぞんでも貧苦艱難の場に居てもうごかざるこゝろなり、勞心とは、孟子に或勞心。或勞力。勞力者食人。勞心者食於人。食於人者治人。食人者治於人。とありて、民をふびんに思ひてきづかふこゝろなり、されば、恒心は士の節操なり、勞心は士の經濟なり、たゞし經濟は民人社稷を司どるものゝ、行ふべきことにて、其職ならでさし出るはいかにと疑ふべけれど、左にあらず、おほよそ、士たるものは四民の首に居て、耕やさずして食ひ、織らずして衣るものなれば、などか耕し織るものゝ、勞にむくゆるの術なかるべけんや、されど、孟子に窮獨善其身。達兼善天下。とありて、同じ士にも窮達のたがひあれば、其時によりて行ひのたがひもあるべし、その位にあらでその政をはかるは、孔子もいましめたまひてさし出ることはよからず、されど、天下を兼ね善くする術も常に心得おかではにはかに行ふことはかなふまじければ、古へをかうがへ道をまなび、文武に達し置べし、これみな天下をよくする術にて、窮達たがひはあるまじ、呂東萊の官箴に、勞心不如勞力とありて、士の心を勞して職分をつくすこと、
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『講孟余話』盡心上 第三十三章此の二章を熟読すれば、平士の心得は知るべきのみ。蓋し農は耕し、工は家宅器皿を製し、商は有無を交易す、各々其の職ありて国に益あり。士の仕ふる者、家老は家老の職あり、奉行は奉行の職あり、番頭は番頭の職あり、物頭は物頭の職あり、治民の職あり、理財の職あり、亦皆各々事とする所あり。独り平士は上にしては未だ仕ふるの職あらず、下にしては又農工商の職あることなし、頗る素餐に似たり。然れども大いに然らず。其の身は仁に居り、其の行ひは義に由り、其の君之を用ゐれば、固より其の国をして安富尊栄ならしめ、又其の君用ゐずと云へども、其の子弟是れに従遊すれば、子は孝子となり、弟は悌弟と成り、人の交はりは忠信となるなり。故に平士の職は一身の修治を本とし、一世の風俗を以て己が任となすべし。然らば其の素餐せざるの功、豈に農工商の比すべきならんや。乃ち公卿大夫と云へども、亦是れに外なること能はず。武教小学の序に、「大農・大工・大商、天下の三宝と為す。士は農工商の業なくして、三民の長たる所以の者は、他なし、能く身を修め心を正しうして、国を治め天下を平らかにすればなり」と云へり。此の二章と吻合す。又上の第九章独善の義と合せ考ふべし。