武備和訓 / 片島武矩傳・片島武矩の人と主な著作
片島武矩は筑前の人、夙に師を尋ね友を求めて、諸方に遊寓し、以て武藝を究め、又文學を修め、主として文武兩道の全備を以て志と爲せり、而して多く浪華に居住して、書を著はし、道を傳へたるものゝ如し、著はす所「武備和訓」五卷、同附錄二卷、「武藝訓」(一名六藝訓又名武要訓)五卷等あり、前者は享保二年(西紀一七一七年)の出版に係り、後者は其翌年即ち享保三年(西紀一七一八年)の刊行に係る、蓋し片島氏は當時に於て最も壯榮なりしこと知るべし、「武藝訓」は既に本書中卷に之れを抄錄せしが、今本卷には狩野亭吉氏所藏の「武備和訓」を收載す、但し其の附錄は專ら武具兵器に關するものなるを以て之れを省略せり、
新字:片島武矩は筑前の人、夙に師を尋ね友を求めて、諸方に遊寓し、以て武芸を究め、又文学を修め、主として文武両道の全備を以て志と為せり、而して多く浪華に居住して、書を著はし、道を伝へたるものゝ如し、著はす所「武備和訓」五巻、同附録二巻、「武芸訓」(一名六芸訓又名武要訓)五巻等あり、前者は享保二年(西紀一七一七年)の出版に係り、後者は其翌年即ち享保三年(西紀一七一八年)の刊行に係る、蓋し片島氏は当時に於て最も壮栄なりしこと知るべし、「武芸訓」は既に本書中巻に之れを抄録せしが、今本巻には狩野亭吉氏所蔵の「武備和訓」を収載す、但し其の附録は専ら武具兵器に関するものなるを以て之れを省略せり、
書き下し
片島武矩は筑前の人、夙に師を尋ね友を求めて、諸方に遊寓し、以て武藝を究め、又文學を修め、主として文武兩道の全備を以て志と爲せり、而して多く浪華に居住して、書を著はし、道を傳へたるものゝ如し、著はす所「武備和訓」五卷、同附錄二卷、「武藝訓」(一名六藝訓又名武要訓)五卷等あり、前者は享保二年(西紀一七一七年)の出版に係り、後者は其翌年即ち享保三年(西紀一七一八年)の刊行に係る、蓋し片島氏は當時に於て最も壯榮なりしこと知るべし、「武藝訓」は既に本書中卷に之れを抄錄せしが、今本卷には狩野亭吉氏所藏の「武備和訓」を收載す、但し其の附錄は專ら武具兵器に關するものなるを以て之れを省略せり、
現代語訳
片島武矩は筑前(現在の福岡県西部)の人で、早くから師を訪ね友を求めて、諸方に身を寄せながら武芸を究め、また学問も修め、主として文と武の両道を兼ね備えることを志としました。そして多く浪華(大坂)に住み、書を著して道を伝えたようです。著すところは『武備和訓』五巻、同附録二巻、『武藝訓』(一名『六藝訓』、また『武要訓』)五巻などがあります。前者は享保二年(西暦一七一七年)の出版で、後者はその翌年、すなわち享保三年(西暦一七一八年)の刊行です。思うに、片島氏は当時もっとも壮んな盛りであったことが知られます。『武藝訓』はすでに本叢書の中巻に抄録しましたが、今この巻には狩野亭吉氏所蔵の『武備和訓』を収めます。ただしその附録はもっぱら武具・兵器に関するものなので、これを省略しました。
解説

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『武藝訓抄録』・叙・文武を兼ね備える道文は道を載するの器なり。藝は業を修むるの法なり。聖人の万世に訓を垂れる所以にして、人倫日用に欠くべからざる者なり。筑前の産、武矩片島氏、夙に志有り。師を尋ね友を求めて以て文武の術を究む。窃かに患う、近世士たる者、頽く業を修むるを喜び、文武全く備うべきの道を察せず。其の文事を専らにする者は、訓詁詞藻を以て文を為し、未だ嘗て六藝の文たるを識らず。武事に勤むる者も、亦惟だ弓釼の兵たるを知りて、却って詩書の武たるを知らず。故に巧言文を説く者有り、臂を攘げて武を講ずる者有り。豈に欠けたるに非ずや。武矩嚮に武士和訓を作為し、以て初学者に示す。復た其の不足を補い、其の遺を拾い、六藝訓を著す。其の書たるや、礼楽の奥を会し、立躬御書数の階梯なり。皆是れ聖賢の訓を垂るる所以にして、武矩の夙に志す所なり。啻に初学者をして裨有るを得しむるのみに非ず。儻し士たる者、即ち是れに省閲を加え、以て欠くべからざるの業を識らば、則ち勤むる所の節目皆至当にして、何ぞ文武の道の全備せざるを患えんや。
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『武備和訓』・卷三・武家の子の育て方と学びの順序一武家は幼少よりの育を大事にすべし、七八歲よりの消息は壯長の後までよく覺るもの也、少年に覺へたる事を是とする事は、精神純一にして、邪智少く、よくものを容るゝ量あればなり、さるに依て五六歲より、武勇の義にいさめるものがたりや、又は君父に至極之忠孝を盡したる人の事跡をかたりきかせ、五常の端々どこともなく幼心に徹底して、節義に服し、移ざる志を生じさせ、其性の淸潔にして其まゝなるがごとくに育べし、かりにも逆心なる謀叛人の噂を語聞すべからず候、假令ば近世の明智光秀がごとき物語の草紙などは、手にも觸さすべからず、七八歲より書筆の道を學せ、十一歲頃より學問にすゝますべし、其階級は、孔孟の書を最初にして、小學近思錄等をよく素讀し、七書にうつり、名師にしたがひ、其奧義を致むべし、尤坐合劔術鎗術弓馬鐵砲軍旅の藝、十三四歲已上、弱冠の前後、晝夜を舍ず勵むべし、尤餘力あらば、和漢諸家の書を讀事、しかるべけれども、唯肝心の武藝の疎ならん事を恐るのみ、其學問の本意は天地人倫の道を曉し、本性に歸し、忠孝の二ッを失せまじきが爲也、此忠孝の二ッを廢する事は、本其家產を破り、我が家の武備を忘るゝよりおこれり、家業におこたらず、武備に全き時は、忠孝二ッともに存せり、
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『武藝訓抄録』・兵法と武藝を学ぶ者の心得兵法武藝を習心得有べし、たとへば兵法は躰本のごとく、藝は用末のごとし、將と卒との差あるべし、然るに其學習の本虚實精粗を識に有り、何によらず其人を最負し其藝に加擔する氣にては、虚實邪正見へざるものなり、私を捨て公をもつて善惡を別つべし、
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『武備和訓』・卷五・兵書を学び、武芸の的を見失わない一武士は、十三四歳より必軍旅の藝を習ふべし、孔孟の書のみを熟讀して道を行ふ則は、軍道素より其中にありと云人あれども、尤聖賢のはだへある人は、天理の大道を統て、陰陽とともに進退すれば、何事をか爲ざるべけんや、平人の心は常に天道と齟齬たれば、豫して天理を察するといへども、天道の變化を識事ならず、經書の常理を致るといへども、聖敎の變理に通る事難し、吾國千古より、孔孟の道を學得て、孫吳の道を推て識ほどの人、未有能之なり、しかれば、武家必兵書を學びずんば家業を知とはいふべからず、兵法を知らずしては、其餘の武藝に精妙なりとも、的なくして、射る如くなるべし、前にもいふがごとく、たとへば射人堂を射て、通矢の多きを以天下無雙の名人とすれども、心ある武士是を譽ず、それ弓は軍陣の長器なり、大矢數のごときは戰陣の用樞にあらずして、唯名聞の利のみにかゝわる、射人弓を射る的のみを的とは思ふべからず、武藝は戰陣勝利の的こそ大事なれ、勝利の的のはづるゝをば武藝の達人とは仕がたし、是皆其大本兵法の道不立して、其末を學ぶ故なり、本を不齊して、末治らざる事は、聖人の敎也、兵法の道に精しからずとも、達人にむかひて其大意を尋問ひ、我好む所の藝の得失利害を致め、其藝の藝たる事を精熟すべし、
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『武備和訓』・卷二・道の大本を立て、利を捨てて学ぶ一武士文武の藝を習ふは、己れが仁義の家業を忘れず、忠孝を失ふまじき爲なれば、道の大本を立て、私の利を舍つべし、多くは道を捨て、利にもとづくにより、師を殺し、君父に乖く如きの人、武門に多し、君父師に背きて、己が身を立るは、禽獸にもあるまじき道なり、誠に小き蟲なれども、蜂にさへ君臣の義あり、主を殺す虫あれば、必ず臣讎を復する事目前也、然れば道をしらずして血勇に誇り、仁義の家業を忘れたるは、蜂にもおとりたれば、禽獸ともいふべからず、まして況や武士をや、武は則義なり、義は武の德なれば、武士を通稱して義士といはんも可ならんか、かならずしも、武士の義あるべき事の、勿論なるを思ふべし、次に智を明にして、善を善とし、惡を惡とし、假令君父師の事跡たりとも、惡を捨て、善を習ふべし、聖人にあらざれば、過なき事あたわず、されば軍術を學ぶとも、先づ仁義王道の兵法を尋聞て、道の大本を察し、其後和軍を習稽ふべし、深く文字に通ぜずとも、王覇の兵論を聞事難しとすべからず、先其大意を聞定て、後に和の軍術を習はゞ、心利貪にかたまる事あるべからず、必ず人少年の時、聞容たる事を是とし、壯年の後に聞事を非とするものなり、必ず心得べし、若心、利にうつり、忠孝にくらくば、長く大勇を曉る事あるべからず、當世には人文過半ひらけて、和げ著す處の書多く、俗に通ずる和漢の記錄ども不少ば、古を鑑として、今を稽へ、かりそめにも義路にあらずんば行べからず、道のくはしき事を知事ならずば、其道ありといふ噂ばかりも聞べし、
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『武備和訓』・卷一・劔術は小武、本心で芸を使い芸に使われるな和奴(明朝より日本人をさして云言語也)の藝とするといへるを、或儒士是をいぶかりて曰、刀劔の術和奴のみ是を用ると云時は、中華其外の外國、なべて此藝なしといふものに似たり、恐くは是弟氏(武備志の作者)が見る處窄くして、博識ならざるかと難ぜり、愚謂ふに、中華と云とも、刀劔を用て罪ある者を誅する事、吾國に異なるべからず、盖し劔術は本一人を以て一人に捷つの義、大勇の人、さのみ心身を勞すべきには非ず、されば中華の武をいふもの、先づ王道の仁義節制の武を說て、次に覇者の道をいひ、陣法權略をのべて、專ら弓弩巧車火器等の道を說、唯三軍の勝を全ふする事を宗として、相手向ひの小武には泥ずと見へたり、最哉、其國に生れては、我劔術をしらざれば敵も又不知、只勇臆を以勝負に充つ、何ぞ弟氏が見る處せばくして、中華の事をしらずといふべけんや、已に博くしてよく本朝の事を記せり、武人爰を以悟れ、優劣は其人の鍛鍊にありて、流義にあらず、勝負は其人の心にありて、流義によるべからず、常に心を刀劔に置て、危き事を恐れ、威武を心に備ふるを、劔術の本意とせり、本心を以て藝をつかひて、藝の爲につかわるべからず、一劔術何流にもせよ、最初は竹刀を用て手法を傳へ、木刀を用て手先を利し、眞劔の刄引を用て奧義を鍛鍊し、竹刀木刀を用て擊闘すべし、只一ぺんにかたよるべからず候、學習しば〱して鍛鍊功つもる時は、生死の勝負目前に明なるべし、