墨子 / 非攻下
偏具此物,而致從事焉,則是國家失卒,而百姓易務也。今不嘗觀其説好攻伐之國,若使中興師,君子庶人也必且數千,徒倍十萬,然後足以師而動矣。久者數嵗,速者數月。是上不暇聴治,士不暇治其官府,農夫不暇稼穡,婦人不暇紡績織紝,則是國家失卒,而百姓易務也。然而又與其車馬之罷弊也,幔幕帷盖,三軍之用,甲兵之備,五分而得其一,則猶為序疏矣。
新字:偏具此物,而致従事焉,則是国家失卒,而百姓易務也。今不嘗観其説好攻伐之国,若使中興師,君子庶人也必且数千,徒倍十万,然後足以師而動矣。久者数歳,速者数月。是上不暇聴治,士不暇治其官府,農夫不暇稼穡,婦人不暇紡績織紝,則是国家失卒,而百姓易務也。然而又与其車馬之罷弊也,幔幕帷盖,三軍之用,甲兵之備,五分而得其一,則猶為序疏矣。
書き下し
偏く此の物を具えて、而して致して焉に從事すれば、則ち是れ國家、卒を失いて、百姓、務めを易うるなり。今、嘗みに其の攻伐を好むを説くの國を觀ざるや。若し中に師を興さしむれば、君子・庶人や必ず且つ數千、徒は倍して十萬、然る後に以て師として動くに足る。久しき者は數嵗、速やかなる者は數月なり。是れ上は聴治するに暇あらず、士は其の官府を治むるに暇あらず、農夫は稼穡するに暇あらず、婦人は紡績織紝するに暇あらず。則ち是れ國家、卒を失いて、百姓、務めを易うるなり。然り而して又た其の車馬の罷弊するや、幔幕帷盖、三軍の用、甲兵の備え、五分にして其の一を得ば、則ち猶お序疏を為すなり。
現代語訳
これらの条件をひととおり揃えてそのうえで戦争にとりかかれば、国家は兵を失い、百姓は生業を変えることになる。いま攻め伐つことを好むと説く国を見てみないのか。もし中規模の軍を起こすとすれば、君子や庶人が必ず数千、徒歩の兵はその倍の十万、そうしてはじめて軍として動くに足りる。長ければ数年、短くても数か月かかる。そのあいだ、上は政務を聞く暇が無く、士は役所を治める暇が無く、農夫は耕し収穫する暇が無く、女は糸を紡ぎ布を織る暇が無い。だから国家は兵を失い、百姓は生業を変えることになる。そのうえ車や馬は傷み、幕や覆い、三軍の用具、武具の備えは、五分の一でも戻ってくればまだましなほうだ。
解説
この章句が説くこと
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『墨子』非攻中是の故に子墨子曰く、「古者、語有り、『謀りて得ざれば、則ち往を以て來を知り、見を以て隠を知る』と。謀ること此くの若くんば、得て知る可し。今、師徒、唯だ興起する毋くんばあらず。冬に行けば寒を恐れ、夏に行けば暑を恐る。此れ冬夏を以て為す可からざる者なり。春は則ち民の耕稼樹藝を廢し、秋は則ち民の穫斂を廢す。今、唯だ一時を廢する毋くんばあらざれば、則ち百姓の饑寒凍餒して死する者、勝げて數う可からず。今、嘗みに軍士の竹箭・羽旄・幄幕、甲盾・撥劫の、往きて靡弊腐冷して反らざる者を計るに、勝げて數う可からず。矛㦸・戈劍・乗車の、其の列住碎折靡弊して反らざる者と、勝げて數う可からず。其の馬牛の肥えて往き、瘠せて反り、往きて死亡して反らざる者と、勝げて數う可からず。其の涂道の脩逺にして、糧食輟絶して繼がず、百姓の死する者と、勝げて數う可からざるなり。其の居處の安からず、食飯の時ならず、饑飽の節ならずして、百姓の道に疾病して死する者と、勝げて數う可からず。師を喪うこと多くして勝げて數う可からず、師を喪うこと盡きて勝げて計う可からざれば、則ち是れ鬼神の其の主后を喪うことも、亦た勝げて數う可からず」と。
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