墨子 / 非攻下
然而又與其散亡道路,道路遼逺,粮食不繼傺,食飲之時,厠役以此饑寒凍餒疾病而轉死溝壑中者,不可勝計也。此其為不利於人也,天下之害厚矣。而王公大人樂而行之,則此樂賊滅天下之萬民也,豈不悖哉!今天下好戰之國齊晉楚越,若使此四國者得意於天下,此皆十倍其國之衆,而未能食其地也,是人不足而地有餘也。今又以争地之故而反相賊也,然則是虧不足而重有餘也。
新字:然而又与其散亡道路,道路遼遠,粮食不継傺,食飲之時,厠役以此饑寒凍餒疾病而転死溝壑中者,不可勝計也。此其為不利於人也,天下之害厚矣。而王公大人楽而行之,則此楽賊滅天下之万民也,豈不悖哉!今天下好戦之国斉晉楚越,若使此四国者得意於天下,此皆十倍其国之衆,而未能食其地也,是人不足而地有余也。今又以争地之故而反相賊也,然則是虧不足而重有余也。
書き下し
然り而して又た其の道路に散亡し、道路遼逺にして、粮食、繼がず、傺わり、食飲の時ならず、厠役、此を以て饑寒凍餒し疾病して溝壑の中に轉死する者と、勝げて計う可からざるなり。此れ其の人に不利為るや、天下の害、厚し。而るに王公大人、樂しみて之を行わば、則ち此れ天下の萬民を賊滅するを樂しむなり。豈に悖らずや。今、天下の戰を好むの國、齊・晉・楚・越、若し此の四國をして天下に意を得しむとも、此れ皆な其の國の衆を十倍するも、未だ其の地を食む能わざるなり。是れ人、足らずして地、餘り有るなり。今、又た地を争うの故を以て反りて相い賊わば、然らば則ち是れ足らざるを虧きて餘り有るを重んずるなり。
現代語訳
そのうえ道中で散り散りに失われ、道のりは遠く、食糧は続かず滞り、食事の時も定まらず、雑役に就く者はそのために飢え凍え病んで溝や谷に転がって死ぬ。その数は数え切れない。これが人にとって不利であることは、天下の害として重い。それなのに王公大人が楽しんでこれを行うなら、それは天下の万民を殺し滅ぼすことを楽しむということだ。道理に背いているではないか。いま天下で戦を好む国は斉・晋・楚・越である。もしこの四国が天下で思い通りになったとしても、いずれも人口を十倍にしても、その土地を耕しきれない。人が足りず、土地が余っているのだ。いま土地を争うために互いを害するなら、それは足りないものを損なって余っているものを重んじることである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『墨子』非攻中國家、政を發して、民の用を奪い、民の利を廢すること、此くの若きこと甚だ衆し。然り而して何為れぞ之を為すや。曰く、「我れ伐ち勝つの名、及び之を得るの利を貪る、故に之を為す」と。子墨子言いて曰く、「其の自ら勝つ所を訃るに、用う可き所無きなり。其の得る所を計るに、反りて喪う所の多きに如かず。今、三里の城、七里の郭を攻むるに、此を攻むるに鋭を用いず、且つ殺すこと無くして徒だ此を得ること然らんや。人を殺すこと多ければ必ず萬を數え、寡なくとも必ず千を數え、然る後に三里の城、七里の郭、且に得可きなり。今、萬乗の國、虚しきこと千を數え、勝えずして人、廣衍なること萬を數え、勝えずして辟く。然らば則ち土地なる者は、餘り有る所なり。王民なる者は、足らざる所なり。今、盡く王民を死せしめ、下上の患いを嚴しくして、以て虚城を争うは、則ち是れ足らざる所を棄てて、餘り有る所を重んずるなり。政を為すこと此くの若きは、國の務めに非ざる者なり」と。
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『墨子』非攻下今、王公大人・天下の諸侯は則ち然らず。將に必ず皆な其の爪牙の士を差論し、皆な其の舟車の卒伍を列ね、此に於て堅甲利兵を為りて、以て往きて罪無きの國を攻伐す。其の國家の邊境に入り、其の禾稼を芟刈し、其の樹木を斬り、其の城郭を墜して以て其の溝池を湮め、其の牲牷を攘殺し、其の祖廟を燔潰し、其の萬民を勁殺し、其の老弱を覆し、其の重器を遷す。卒、進みて柱いて鬭い、曰く、「死して命ずるを上と為し、多く殺すを之に次ぎ、身傷つく者を下と為す。又た况んや先に列して北ぎ撓むをや。罪は死して殺す無く、以て其の衆を譂ましむ」と。夫れ國を兼ね軍を覆し、萬民を賊虐して、以て聖人の緒を亂す無し。
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『墨子』非攻中古者、國を天下に封ず。尚き者は耳の聞く所を以てし、近き者は目の見る所を以てするに、攻戰を以て亡ぶる者、勝げて數う可からず。何を以て其の然るを知るや。東方に莒の國なる者有り、其の國為ること甚だ小にして、大國の間に間まる。大に敬事せず、大國も亦た之に從いて愛利せず。是を以て東なる者は越人、其の壤地を夾み削り、西なる者は齊人、兼ねて之を有てり。莒の齊越の間に亡ぶる所以の者を訃るに、是れ攻戰を以てなり。南なる者の陳・蔡と雖も、其の吳越の間に亡ぶる所以の者も、亦た攻戰を以てなり。北なる者の中山諸國と雖も、其の燕・代・胡・貊の間に亡ぶる所以の者も、亦た攻戰を以てなり」と。是の故に子墨子言いて曰く、「古者、王公大人は、情に得るを欲して失うを惡み、故に安きを欲して危うきを惡む。故に當に攻戰して非とせざる可からず」と。
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『墨子』非攻下偏く此の物を具えて、而して致して焉に從事すれば、則ち是れ國家、卒を失いて、百姓、務めを易うるなり。今、嘗みに其の攻伐を好むを説くの國を觀ざるや。若し中に師を興さしむれば、君子・庶人や必ず且つ數千、徒は倍して十萬、然る後に以て師として動くに足る。久しき者は數嵗、速やかなる者は數月なり。是れ上は聴治するに暇あらず、士は其の官府を治むるに暇あらず、農夫は稼穡するに暇あらず、婦人は紡績織紝するに暇あらず。則ち是れ國家、卒を失いて、百姓、務めを易うるなり。然り而して又た其の車馬の罷弊するや、幔幕帷盖、三軍の用、甲兵の備え、五分にして其の一を得ば、則ち猶お序疏を為すなり。
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『墨子』非攻下則ち夫の攻伐を好むの君、又た其の説を飾りて以て子墨子を非として曰く、子は攻伐を以て不義と為すも、利物に非ざるか。昔者、楚の熊麗は始めて此の睢山の間に討し、越王緊虧は有遽自り出でて、始めて越に邦し、唐叔と吕尚は齊・晉に邦す。此れ皆な地、方數百里なり。今、國を幷するの故を以て、天下を四分して之を有つ。是れ何の故ぞや、と。子墨子曰く、子は未だ吾が言の類を察せず、未だ其の故に明らかならざる者なり。古者、天子の始めて諸侯を封ずるや、萬有餘なり。今、國を幷するの國を以て、萬國有餘、皆な滅びて、四國のみ獨り立つ。此れ譬うるに猶お醫の萬有餘人に藥して、四人愈ゆるがごときなり。則ち良醫と謂う可からず。
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『墨子』非攻中是の故に子墨子曰く、「古者、語有り、『謀りて得ざれば、則ち往を以て來を知り、見を以て隠を知る』と。謀ること此くの若くんば、得て知る可し。今、師徒、唯だ興起する毋くんばあらず。冬に行けば寒を恐れ、夏に行けば暑を恐る。此れ冬夏を以て為す可からざる者なり。春は則ち民の耕稼樹藝を廢し、秋は則ち民の穫斂を廢す。今、唯だ一時を廢する毋くんばあらざれば、則ち百姓の饑寒凍餒して死する者、勝げて數う可からず。今、嘗みに軍士の竹箭・羽旄・幄幕、甲盾・撥劫の、往きて靡弊腐冷して反らざる者を計るに、勝げて數う可からず。矛㦸・戈劍・乗車の、其の列住碎折靡弊して反らざる者と、勝げて數う可からず。其の馬牛の肥えて往き、瘠せて反り、往きて死亡して反らざる者と、勝げて數う可からず。其の涂道の脩逺にして、糧食輟絶して繼がず、百姓の死する者と、勝げて數う可からざるなり。其の居處の安からず、食飯の時ならず、饑飽の節ならずして、百姓の道に疾病して死する者と、勝げて數う可からず。師を喪うこと多くして勝げて數う可からず、師を喪うこと盡きて勝げて計う可からざれば、則ち是れ鬼神の其の主后を喪うことも、亦た勝げて數う可からず」と。