都鄙問答 / 卷之四・或人主人行狀ノ是非ヲ問ノ段
曰、日外二男、内證ニテ歌學セルコトヲ聞、喜ンデ何ゾ褒美ヲ遣トテ、大算盤三面、褒美トシテ遣ラルヽ、歌學ノ褒美ニ算盤トハ、實ニ木ニ竹ヲ繼ゴトク、文盲ナルコトヲセラルヽ、是ラハ如何、答、其褒美ノ心ヲ不知シテ笑フ汝ハ、扱々文盲ナル者哉、其二男ノ身ノ行ヒヲ聞バ、家業ノ事ハ一トシテ不勉、尤色所ノアソビハセラレネドモ、諷鼓歌學ニ懸テ居ラルヽヨシ、其ユヘ前方ニハ、親父モ折々意見セラレシヨシ、然レドモ、汝ラガ思フニ、二男ハ惡所ヘハ往レズ、旦那位ノ身上ニテ、是ホドノコトヲ急シク申サレナバ、反テ心辟テ惡カラント、大勢口々ニ云ハルヽユヘ親父モ其後ハイハレヌヨシ、君子ハ本ヲツトムトアリ、スベテ家業ニ疎ホドノ徒者、何方ニ有ベキヤ、第一ニ不孝トナル、不孝ノ罪ハ重シテ、刑罰ニモ入レラレズト、孝經ニモ說玉ヘリ、家業ニ疎ヲ悲レ、歌ヲ詠ヲ喜ルヽニハ非ズ、歌學ニ事ヨセテ、此褒美ノ、算盤ハ如何ナルコトゾト、心ヲ付サセン爲ナルベシ、ソレヲ汝等モ、同利口サウニ、頭ヲフツテ是ヲ笑フ、親ノ子ヲ思フ慈悲、至ラザル所ナシ、汝ラガ婦寺ノ忠ヲ以、及ブベキニアラズ、
新字:曰、日外二男、内証ニテ歌学セルコトヲ聞、喜ンデ何ゾ褒美ヲ遣トテ、大算盤三面、褒美トシテ遣ラルヽ、歌学ノ褒美ニ算盤トハ、実ニ木ニ竹ヲ継ゴトク、文盲ナルコトヲセラルヽ、是ラハ如何、答、其褒美ノ心ヲ不知シテ笑フ汝ハ、扱々文盲ナル者哉、其二男ノ身ノ行ヒヲ聞バ、家業ノ事ハ一トシテ不勉、尤色所ノアソビハセラレネドモ、諷鼓歌学ニ懸テ居ラルヽヨシ、其ユヘ前方ニハ、親父モ折々意見セラレシヨシ、然レドモ、汝ラガ思フニ、二男ハ悪所ヘハ往レズ、旦那位ノ身上ニテ、是ホドノコトヲ急シク申サレナバ、反テ心辟テ悪カラント、大勢口々ニ云ハルヽユヘ親父モ其後ハイハレヌヨシ、君子ハ本ヲツトムトアリ、スベテ家業ニ疎ホドノ徒者、何方ニ有ベキヤ、第一ニ不孝トナル、不孝ノ罪ハ重シテ、刑罰ニモ入レラレズト、孝経ニモ説玉ヘリ、家業ニ疎ヲ悲レ、歌ヲ詠ヲ喜ルヽニハ非ズ、歌学ニ事ヨセテ、此褒美ノ、算盤ハ如何ナルコトゾト、心ヲ付サセン為ナルベシ、ソレヲ汝等モ、同利口サウニ、頭ヲフツテ是ヲ笑フ、親ノ子ヲ思フ慈悲、至ラザル所ナシ、汝ラガ婦寺ノ忠ヲ以、及ブベキニアラズ、
書き下し
曰く、日外二男、内証にて歌学せることを聞き、喜んで何ぞ褒美を遣らんとて、大算盤三面、褒美として遣らるゝ。歌学の褒美に算盤とは、実に木に竹を継ぐごとく、文盲なることをせらるゝ。是れらは如何。答ふ、其の褒美の心を知らずして笑ふ汝は、扨々文盲なる者かな。其の二男の身の行ひを聞けば、家業の事は一つとして勉めず、尤も色所のあそびはせられねども、謡鼓歌学に懸かつて居らるゝよし。其のゆへ前方には、親父も折々意見せられしよし。然れども、汝らが思ふに、二男は悪所へは往かれず、旦那位の身上にて、是れほどのことを急しく申されなば、反つて心辟みて悪しからんと、大勢口々に云はるゝゆへ親父も其の後はいはれぬよし。君子は本をつとむとあり。すべて家業に疎きほどの徒者、何方に有るべきや。第一に不孝となる。不孝の罪は重くして、刑罰にも入れられずと、孝経にも説き玉へり。家業に疎きを悲しみ、歌を詠むを喜ばるゝには非ず。歌学に事よせて、此の褒美の、算盤は如何なることぞと、心を付けさせん為なるべし。それを汝等も、同じく利口さうに、頭をふつて是れを笑ふ。親の子を思ふ慈悲、至らざる所なし。汝らが婦寺の忠を以て、及ぶべきにあらず。
現代語訳
問う人が言いました。「いつぞや、次男がこっそり歌学を学んでいると聞いて、主人は喜んで何か褒美をやろうと言い、大きな算盤を三面、褒美として与えられました。歌学の褒美に算盤とは、まことに木に竹を継いだようで、学のないことをなさいます。これはどうでしょう。」梅岩は答えました。「その褒美の心を知らずに笑うあなたこそ、なんとも学のない人ですね。その次男の行いを聞けば、家業は一つも勤めず、遊郭通いこそしないものの、謡や鼓や歌学にかまけているとのこと。それで以前は父親も時々意見をされていたそうです。けれどもあなたたちは、次男は悪所へは行かないのだし、旦那並みの身の上なのに、これくらいのことを厳しく言われたら、かえって心がひがんで悪くなるだろうと、大勢で口々に言うので、父親もその後は言わなくなったそうですね。『君子は本を務める』とあります。家業をおろそかにするほどの怠け者が、ほかにいるでしょうか。何よりそれは不孝になります。不孝の罪は重く、刑罰の数にも入れられないほどだと、孝経にも説かれています。主人は家業をおろそかにするのを悲しんでいるのであって、歌を詠むのを喜んでいるのではありません。歌学にかこつけて、この褒美の算盤は何のためかと、気づかせようとしているのでしょう。それをあなたたちまで、利口そうに首を振って笑う。親が子を思う慈悲は、どこまでも行き届いています。あなたたちの、女性や宦官のようなへつらいの忠義では、とても及ぶところではありません。」
解説
この章句が説くこと
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