牧民忠告 / 救荒
嘗見一顯官,於凶年市所部民子女殆數十餘人,美且壯者皆奴妾之,餘將賂時要以希恩寵也。僕聞而顰蹙曰:「使其困備,吾治已得罪矣;又不能救,而反奴妾之,不大獲罪於法耶?」故感而書之,以戒後來者。
新字:嘗見一顕官,於凶年市所部民子女殆数十余人,美且壮者皆奴妾之,余将賂時要以希恩寵也。僕聞而顰蹙曰:「使其困備,吾治已得罪矣;又不能救,而反奴妾之,不大獲罪於法耶?」故感而書之,以戒後来者。
書き下し
嘗て一顕官を見るに、凶年に於いて所部の民の子女殆(ほとん)ど数十余人を市(か)い、美にして且つ壮なる者は皆之を奴妾(どしょう)にし、余は将に時要(じよう)に賂(まいな)いて以て恩寵を希(こいねが)わんとするなり。僕聞きて顰蹙(ひんしゅく)して曰く、「其れをして困備(こんぴ)せしむれば、吾が治已に罪を得たり。又救うこと能わずして、反って之を奴妾にせば、大いに法に罪を獲ざらんや」と。故に感じて之を書し、以て後来を戒む。
現代語訳
かつてある高官が、凶作の年に管轄下の民の子女をほとんど数十人も買い取り、器量よく丈夫な者は皆奴隷や妾にし、残りは時の権力者に贈って寵愛を得ようとしているのを見たことがある。私はそれを聞いて眉をひそめて言った。「民をこれほど困窮させたのは、既に自分の統治に落ち度があったということだ。それを救うこともできず、逆に子女を奴隷や妾にするとは、法に大いに罪を得るのではないか」と。だから心を動かされてこれを書き記し、後の世の者への戒めとする。
解説
本条は、飢饉に乗じて民の子女を買い取り、奴隷や妾、あるいは権力者への贈答品として利用した高官の実例を挙げ、痛烈に批判する。張養浩はまず、民をそこまで困窮させたこと自体が為政者の失政であるとし、その上で救済するどころか困窮に付け込んで私腹を肥やす行為を、法に照らして重罪だと断じている。弱者の困窮を救済の対象ではなく利用・搾取の機会と見なす態度への強い憤りが読み取れる一条である。現代の組織や社会においても、危機や困窮に直面した人々を助けるべき立場の者が、逆にその弱みに付け込んで自らの利益を図る行為は、地位や信頼を根底から裏切るものであり、リーダーが最も戒めるべき行為であることを教えている。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
不可奴妾流民搾取戒め弱者保護法
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