弁名 / 王覇
何則。任法術者。以治其國言之者也。以力假仁者。以號令諸侯言之者也。所指各殊。豈可比竝乎。仁齋先生曰。王者以德爲本。而未嘗無法。覇者假德以行之。而不能眞有其德焉。及乎其益衰。而專任法術。不復知假德。於是有刑名之學焉。是皆不知文義之言也已。
新字:何則。任法術者。以治其国言之者也。以力仮仁者。以号令諸侯言之者也。所指各殊。豈可比並乎。仁斎先生曰。王者以徳為本。而未嘗無法。覇者仮徳以行之。而不能真有其徳焉。及乎其益衰。而専任法術。不復知仮徳。於是有刑名之学焉。是皆不知文義之言也已。
書き下し
何となれば、法術に任ずる者は、其の国を治むるを以て之を言ふ者なり。力を以て仁を仮る者は、諸侯に号令するを以て之を言ふ者なり。指す所各〻殊なり、豈に比並すべけんや。仁斎先生曰く、「王者は徳を以て本と為して、未だ嘗て法無くんばあらず。覇者は徳を仮りて以て之を行ひて、真に其の徳有ること能はず。其の益〻衰ふるに及びて、専ら法術に任じ、復た徳を仮るを知らず、是に於て刑名の学有り」と。是れ皆文義を知らざるの言なるのみ。
現代語訳
なぜなら、法術に頼る者とは、国を治めることについて言うのである。力によって仁を装う者とは、諸侯に号令することについて言うのである。指すものがそれぞれ違うのに、どうして並べて比べられようか。仁斎先生は言う。「王者は徳を本とするが、法がないわけではない。覇者は徳を装ってそれを行い、本当にその徳を持つことはできない。さらに衰えると、もっぱら法術に頼り、もはや徳を装うことすら知らなくなる。そこで刑名の学(法家)が生まれた」と。これはみな文の意味を知らない言葉にすぎない。
解説
法家の法術は一国の内政の話、覇者の「力を以て仁を仮る」は諸侯への号令という外交の話であり、次元が違うものを並べることはできない、と徂徠は整理する。仁斎は王者から覇者、覇者から法家へと徳が衰えていく一本の物語を描いたが、それは語の指す対象を確かめずに作った筋書きだと退ける。異なる領域の問題を、ひとつの衰退の物語にまとめてしまう誤りである。社内の問題を分析するときも、対外と対内など、指すものの違いを分けずに論じていないかを確かめたい。
この章句が説くこと
王覇法術仁斎刑名文義政治
関連する章句
-
人物志・材能矯抗の政は、侈を治むるに宜しく、之を以て弊を治むれば則ち残ふ。諧和の政は、新を治むるに宜しく、之を以て旧を治むれば則ち虚し。公刻の政は、姦を糾すに宜しく、之を以て辺を治むれば則ち衆を失ふ。
-
論語・顔淵篇季康子、政を孔子に問う。孔子対えて曰く、「政とは、正なり。子帥いるに正を以てせば、孰か敢えて正しからざらん。」
-
『慎思録』巻之五天地の間、人を殺すこと最も多き者、四件有り。刑・兵・歳・病なり。刑罰を省き曲直を明らかにすれば、則ち寃死無し。乱源を禁遏すれば、則ち兵死無し。歳の凶なるに方りて、窮民を周恤すれば、則ち餓死無し。医を択びて病を済へば、則ち枉死無し。政に従ふ者、知らざるべからず。
-
司馬法・嚴位古自(よ)りの政なり。
-
『慎思録』巻之二政を為すの道は、教養の二者、闕くべからず。二者は養を先と為し、教之に次ぐ。是れ先づ養ひて而る後に教ふるなり。舜は先づ后稷をして民に稼穡を教へしめ、五穀熟して民人育す。而る後に契をして司徒と為し、教ふるに人倫を以てせしむ。此れ養ひて而る後に教ふるなり。既に之を養ひ又之を教へて、民従はず。所以に刑有りて其の罪を正し、民をして教へに従はしむるなり。是を以て舜又皐陶に命じ、士と為りて五刑を司らしむ。其の序の紊るべからざること此くの如し。夫れ後世の政にも、亦た刑法有り。既に刑法有れば、則ち復た先づ教へ無かるべからず。孔子曰く、教へずして殺す、之を虐と謂ふ、と。此れ以て聖人の政は、養を先にし中ごろ教へ刑を後にす。蓋し既に養ひ且つ教へて、苟も従はざる者有らば、已むを得ずして刑を用ゐるのみ。
-
『慎思録』巻之六君たり吏たる者、卑賤の人に対して、厳威過ぎて高ければ、則ち勢分相隔絶して、下に在る者、其の情を尽くすことを得ずして、下情達せず、其の利害を詳らかにすること能はず。苟も温顔にして言を受くれば、則ち下情通ず。大率政を為すの道は、下情を通ずるを以て善と為す。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る