弁名 / 君子小人
小人。亦民之稱也。民之所務。在營生。故其所志在成一己。而無安民之心。是謂之小人。其所志小故也。雖在上位。其操心如此。亦謂之小人。經傳所言。或主位言之。或主德言之。所指不同。而其所爲稱小人之意。皆不出此矣。後世諸老先生所爲道。皆淑身之說勝。而無安民之心。亦小人之歸哉。學者察諸。
新字:小人。亦民之称也。民之所務。在営生。故其所志在成一己。而無安民之心。是謂之小人。其所志小故也。雖在上位。其操心如此。亦謂之小人。経伝所言。或主位言之。或主徳言之。所指不同。而其所為称小人之意。皆不出此矣。後世諸老先生所為道。皆淑身之説勝。而無安民之心。亦小人之帰哉。学者察諸。
書き下し
小人も亦た民の称なり。民の務むる所は生を営むに在り。故に其の志す所は一己を成すに在りて、民を安んずるの心無し。是れ之を小人と謂ふ。其の志す所小なるが故なり。上位に在りと雖も、其の心を操ること此の如くんば、亦た之を小人と謂ふ。経伝の言ふ所、或は位を主として之を言ひ、或は徳を主として之を言ふ。指す所同じからずと雖も、其の小人と称する所以の意は、皆此を出でず。後世の諸老先生の道と為す所は、皆淑身の説勝ちて、民を安んずるの心無し。亦た小人の帰か。学者諸を察せよ。
現代語訳
小人もまた民の呼び名である。民が務めるのは生計を営むことである。だからその志すところは自分一人を成り立たせることにあって、民を安んずる心がない。これを小人という。志すところが小さいからである。上の位にあっても、心の持ち方がこのようであれば、それもまた小人という。経書や伝が言うところは、あるいは位を主として言い、あるいは徳を主として言う。指すものは同じではないが、小人と呼ぶ意味は、どれもこれを出ない。後世の諸先生が道としたものは、どれも自分の身を善くする説が勝っていて、民を安んずる心がない。これもまた小人の類に帰するのではないか。学ぶ者はよく察せよ。
解説
この章句が説くこと
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