弁名 / 元亨利貞
志不挫則百事皆可成。故文言曰。貞固足以幹事。亦以君子之道解易者也。元或爲首。或爲大。亨或爲通。或爲聘享。利或以爲我得其利。或以爲利人。貞或以爲不變。或以爲當位。是易之不可爲典要。所以與他書殊也。然至於後世儒者傅會以天道。又以仁義禮智配之。則牽强遷就。不成文意。妄亦甚哉。
新字:志不挫則百事皆可成。故文言曰。貞固足以幹事。亦以君子之道解易者也。元或為首。或為大。亨或為通。或為聘享。利或以為我得其利。或以為利人。貞或以為不変。或以為当位。是易之不可為典要。所以与他書殊也。然至於後世儒者傅会以天道。又以仁義礼智配之。則牽強遷就。不成文意。妄亦甚哉。
書き下し
志挫けざれば則ち百事皆成すべし。故に文言に曰く、「貞固以て事を幹するに足る」と。亦た君子の道を以て易を解する者なり。元は或いは首と為し、或いは大と為す。亨は或いは通と為し、或いは聘享と為す。利は或いは以て我其の利を得と為し、或いは以て人を利すと為す。貞は或いは以て変ぜずと為し、或いは以て位に当たると為す。是れ易の典要と為すべからざる、他書と殊なる所以なり。然るに後世の儒者、傅会するに天道を以てし、又た仁義礼智を以て之に配するに至りては、則ち牽強遷就し、文意を成さず。妄も亦た甚だしいかな。
現代語訳
志が挫けなければ、どんなことも成し遂げられる。だから文言伝に「貞固(正しく堅固)であれば、事の幹となるに足る」という。これも君子の道によって易を解釈したものである。元はあるいは首、あるいは大とされ、亨はあるいは通、あるいは聘享とされ、利はあるいは自分が利を得ること、あるいは人を利することとされ、貞はあるいは変わらないこと、あるいは位に当たることとされる。これが易が定まった規範とすることができず、他の書物と異なる理由である。それなのに後世の儒者が天道にこじつけ、さらに仁義礼智を配当したのは、無理に引き寄せて文意をなさない。でたらめもはなはだしい。
解説
この章句が説くこと
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『翁問答』上卷之末師の曰、よき不審にて候、それは易学をよくきはめざれば、合点ゆきかぬる所にて候へども大かたをかたり候はん、夫賢人君子鳳凰麒麟などを善とさだめ、愚痴不肖鳶狐狸などを悪とさだめ、善悪の二字にてさたし、それをそのまゝ天道におしあてがふによつて一しほうたがひまし候、先根本をよく考へ見て、さて枝葉をよく吟味したるがよく候、天道を根本として生れ出たる万物なれば、天道は人物の大父母にして根本なり、人物は天道の子孫にして枝葉なり根本の天道純粋至善なれば、その枝葉の人物もみな善にして悪なしと得心すべし、瓜づるに茄子はならぬといへるが如し、
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