弁名 / 勇武剛强毅
武以戡亂言之。戡亂不常有。故多言勇而不言武。强勇相似。强弱之反。勇怯之反。强弱意廣。而勇怯義窄。故子路問强者勇也。大象曰。君子以自强不息。强者勉强也。上聲爲是。陸氏以爲平聲者。蓋古來以乾爲聖人之德。而其意謂聖人無所勉强故也。嗚呼聖人亦人耳。豈無所勉强哉。亦不知聖人已。且自强平聲。不成言也。
新字:武以戡乱言之。戡乱不常有。故多言勇而不言武。強勇相似。強弱之反。勇怯之反。強弱意広。而勇怯義窄。故子路問強者勇也。大象曰。君子以自強不息。強者勉強也。上声為是。陸氏以為平声者。蓋古来以乾為聖人之徳。而其意謂聖人無所勉強故也。嗚呼聖人亦人耳。豈無所勉強哉。亦不知聖人已。且自強平声。不成言也。
書き下し
武は戡乱を以て之を言ふ。戡乱は常には有らず。故に多く勇を言ひて武を言はず。強と勇とは相似たり。強は弱の反、勇は怯の反なり。強弱は意広くして、勇怯は義窄し。故に子路の強を問ふ者は勇なり。大象に曰く「君子以て自ら強めて息まず」と。強は勉強なり。上声を是と為す。陸氏の以て平声と為す者は、蓋し古来乾を以て聖人の徳と為し、而して其の意に聖人は勉強する所無しと謂ふ故なり。嗚呼、聖人も亦た人のみ。豈に勉強する所無からんや。亦た聖人を知らざるのみ。且つ自強を平声にするは、言を成さざるなり。
現代語訳
武は乱を平定することについて言う。乱の平定はいつもあることではない。だから多くは勇を言って武を言わない。強と勇は似ている。強は弱の反対、勇は怯(臆病)の反対である。強弱は意味が広く、勇怯は意味が狭い。だから子路が強について問うたのは勇のことである。易の大象伝に「君子はみずから強めて休まない」とある。この強は「勉強(つとめはげむ)」の意味で、上声で読むのが正しい。陸氏(陸徳明)が平声(つよい)としたのは、古来、乾の卦を聖人の徳とし、聖人には努め励むことなどないと考えたからだろう。ああ、聖人もまた人にすぎない。どうして努め励むことがないだろうか。これも聖人を知らないのである。そもそも「自強」を平声で読んだのでは言葉にならない。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『武士訓』卷二・第8段武士は勇をうちにふくみて。外にあらはさゞること本意なり。文武を兼學て後自得すべし。但し武道にのみこゝろを用る者。年齡にて。心術ねれざるうちは。裏に勇をふくめば。かならず表にも見ゆるなり。古語に珠藏而川媚。玉韞而山輝といへるごとし。これを怯弱の者は。うわさものなどと見あやまつたぐひあり。又生得暴惡にして不義の徒もあり。おの〳〵言行をためしみて後さとすべし。今の俗をみるに。和愛ある人は柔弱に。勇敢の人は麁暴なり。こゝをもつて。前にいへるごとく。はじめに書をよませて道をしらしめ。後に武術をならはすべし。かくのごとくまなぶときは。柔弱麁暴二つのゐえ有べからず。
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『呻吟語』外篇・品藻・至勇は氣無し小勇は噭燥、巧勇は色笑、大勇は沉毅、至勇は氣無し。
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『童子問』卷下問ふ、王陽明、徐成之に答ふる二書に自ら謂ふ、天下朱を是とし陸を非とすること、論定まること既に久し。一旦之に反するは難しと為す。姑く調停両可の説を為して、人をして自ら思うて之を得しむと。如何。曰く、夫れ勇は断に生じ、断は明に生じ、明は智に生じ、智は学を以て大なり。苟も之を知ること明らかならば、則ち是を是とし非を非とし、一刀両断にして、少しも仮借することを得ず。故に孟子曰く、予豈に弁を好まんや、予已むことを得ざるなりと。陽明の人と為りや、聡明絶倫にして、古今に縦にす。二公と雖も、及ばざること遠く甚だし。然れども学問空疎にして、磨励の功甚だ少なし。而して其の学本禅学に得て、孔孟の宗旨に於ては、実に数塵なり。故に其の書含糊衡決にして、二公の肯綮に中ること多きを得ず。朱門の為に廻護するに似たり。但書中の所謂重脊にして叛孔を厭はずといふ数句は、実に今の学者の真病に中る。
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『文武訓』武訓下一勇者は外をあらくせず。荀子が、能く定つて後能く応ずといへるが如くなるべし。いふ意は、敵にむかひては、心をしづかに定めてうごかさずして、よく敵に勝つ。外に気をうごかして、かるがるしくさわがしきは、内に敵に応ずべき根なし。人に勝ちがたし。
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『武士道』第四章 勇・敢爲堅忍の精神・生くべき時に生き死すべき時に死すされど生くべき時に生き、死すべき時に死するは真の勇なり』と。又た泰西の識者の、肉体の勇と道徳の勇とを区別するが如きは、我国人も亦たつとに之を為す。いやしくも士林に在る者は、小少より既に大勇と匹夫の勇とを弁知せざるものなかりしならん。剛毅、大胆、自若、勇猛の徳性は、青年武士の嚮往する所にして、彼等は実例に則り、実行に由り、世の最も尊尚する此徳を磨厲して、敢て人後に落ちざらんことを努めたり。孩提の児童と雖、なお母の懐に在りて、武功譚、英雄物語に耳を傾け、もし苦痛を哀訴することあらんか、母は『些少の苦痛に泣くは卑怯者』と呵し、継ぐに『戦場に出でて、腕を断たれなば何如。切腹を命ぜられなば何如』等の属語を以てしたり。
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『武士道』第十二章 切腹及び敵討・生を求むるは真の大勇真の名誉とは、天の命ずる所のものを成就するの謂ひなり。之れが為に招くの死は必ずや恥辱に非らず。然るに一死以て天の賦与する所を免れんとするが如きは、真に怯懦なりと云ふべし。サア・トマス・ブラウンの奇書『医道宗教』は、英語を以て我国武士道の常に教ふる所と其軌を一にせる訓戒を説破して曰く、『死を軽んずるは勇なり。されど生の死よりも恐るべきに臨んで、敢て生を求むるは真の大勇なり』と。古への名僧の諷言にも、『平生何程口巧者に云ふとも、死にたることの無き侍は、まさかの時に逃げ隠れするものなり』と云ひ、又た『一たび心の中にて死したる者には、真田の槍も為朝の矢も透らず』と。此等の語は、蓋し吾人をして、『我が為に生命を喪ふ者は之を得べし』と云へる大工匠の建てたる殿堂の門に近邇せしむるものに非らずや。
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