弁名 / 禮
葢先王知言語之不足以敎人也。故作禮樂以敎之。知政刑之不足以安民也。故作禮樂以化之。禮之爲體也。蟠於天地。極乎細微。物爲之則。曲爲之制。而道莫不在焉。君子學之。小人由之。學之方。習以熟之。默而識之。至於默而識之。則莫有所不知焉。豈言語所能及哉。由之則化。至於化。則不識不知。順帝之則。豈有不善哉。是豈政刑所能及哉。
新字:葢先王知言語之不足以教人也。故作礼楽以教之。知政刑之不足以安民也。故作礼楽以化之。礼之為体也。蟠於天地。極乎細微。物為之則。曲為之制。而道莫不在焉。君子学之。小人由之。学之方。習以熟之。黙而識之。至於黙而識之。則莫有所不知焉。豈言語所能及哉。由之則化。至於化。則不識不知。順帝之則。豈有不善哉。是豈政刑所能及哉。
書き下し
蓋し先王は言語の以て人を教ふるに足らざるを知る。故に礼楽を作りて以て之を教ふ。政刑の以て民を安んずるに足らざるを知る。故に礼楽を作りて以て之を化す。礼の体為るや、天地に蟠り、細微を極め、物ごとに之が則を為し、曲ごとに之が制を為して、道在らざる莫し。君子は之を学び、小人は之に由る。学ぶの方は、習ひて以て之に熟し、黙して之を識る。黙して之を識るに至れば、則ち知らざる所有ること莫し。豈に言語の能く及ぶ所ならんや。之に由れば則ち化す。化するに至れば、則ち識らず知らず、帝の則に順ふ。豈に不善有らんや。是れ豈に政刑の能く及ぶ所ならんや。
現代語訳
思うに先王は、言葉では人を教えるのに足りないことを知っていた。だから礼楽を作って教えた。政令や刑罰では民を安んじるのに足りないことを知っていた。だから礼楽を作って民を感化した。礼というものは、天地いっぱいに広がり、細かなところまで行き届き、一つ一つの事物にきまりを設け、細部ごとに制度を立て、道が含まれていないところはない。君子はこれを学び、民はこれに従って行う。学び方は、繰り返し習って熟達し、言葉にせず心に会得することである。黙って会得するに至れば、知らないことはなくなる。これがどうして言葉の及ぶところであろうか。礼に従って行えば感化される。感化されれば、知らず知らずのうちに天帝の法に従うようになる。どうして不善があろうか。これがどうして政令や刑罰の及ぶところであろうか。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『弁名』禮夫れ人は言へば則ち喩り、言はざれば則ち喩らず。礼楽は言はず、何を以て言語の人を教ふるに勝るや。化するが故なり。習ひて以て之に熟すれば、未だ喩らずと雖も、其の心志身体、既に潜かに之と化す。終に喩らざらんや。且つ言ひて喩れば、人以為へらく其の義是に止まると。復た其の余を思はざるなり。是れ其の害は、人をして思はざらしむるに在るのみ。礼楽は言はず、思はざれば喩らず。其の或いは思ふと雖も喩らざるや、亦た未だ之を如何ともする莫し。則ち旁く它の礼を学ぶ。学ぶこと博ければ、彼是の切劘する所、自然に以て喩る有り。学ぶこと既に博し。故に其の喩る所、遺る所有ること莫し。且つ言の喩す所は、詳らかに之を説くと雖も、亦た唯だ一端のみ。礼は物なり。衆義の苞塞する所なり。巧言有りと雖も亦た以て其の義を尽くすこと能はざる者なり。是れ其の益は黙して之を識るに在り。先王の教、是れ其の至善為る所以なり。
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『弁名』禮嗚呼、先王の思ひ深遠なり。千載の上に在りて、既に言語の教の以て道を尽くすに足らざるを知る。是の故に礼楽を制作して以て人を教ふ。而して後の学者猶且つ其の教を舎てて、唯だ言語のみ是れ務む。夫れ其の礼を舎てて学ばしめずして、己の言を以て夫の先王の礼を尽くさんと欲す。多く其の量を知らざるを見すのみ。諸を辟ふれば、彼の規矩準縄を舎てて用ひずして、「汝苟も吾が言を用ゐば、則ち規矩準縄を舎つと雖も、亦た以て方円曲直を為すに足らん」と曰ふがごとし。豈に妄ならずや。
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『弁名』恭敬莊愼獨夫れ先王の教へは、化工の物を生ずるが如し。習慣天性の如し。豈に力を容れんや。宋儒の教へは、工人の器を作るが如し。夫れ玉石土木は、攻めて以て器と為すべし。心豈に玉石土木の倫ならんや。故に先王の教へは、唯だ礼以て心を制する有るのみ。此を外にして妄作す、豈に杜撰ならずや。是れ其の未発已発・戒懼慎独の説、自ら以て動静遺さず精密の至りと為せども、終に其の教へに遵ひて以て聖人の域に造る者有ること莫し。以て知るべきのみ。
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『弁道』第二十二則夫の礼楽の若きは徳の則なり。中和は徳の至りなり。精微の極、以て尚ふる莫し。然れども中和は形無し、意義の能く尽くす所に非ず。故に礼は以て中を教へ、楽は以て和を教ふ。先王の中和を形にするなり。礼楽は言はずして、能く人の徳性を養ひ、能く人の心思を易ふ。心思一たび易はれば、見る所自ら別なり。故に知を致すの道は、礼楽より善きは莫し。且つ先王の天下を紀綱し生民の極を立つる所以の者は、専ら礼に存す。知者は思ひて得、愚者は知らずして由る。賢者は俯して就き、不肖者は企てて及ぶ。其の或いは一事を為し一言を出だすや、必ず諸を礼に稽へて、其の先王の道に合ふと否とを知る。故に礼の言たる体なり。先王の道の体なり。然りと雖も、礼の守り太だ厳なれば、苟も楽以て之に配せずんば、亦た安くんぞ能く楽しみて以て生ぜんや。故に楽は生の道なり。天下を鼓舞し、其の徳を養ひて以て之を長ずるは、楽より善きは莫し。故に礼楽の教へは、天地の生成の如し。君子は以て其の徳を成し、小人は以て其の俗を成す。天下是に由りて平治し、国祚是に由りて霊長なり。先王の教への術、神なるかな。四術の教へに尽くせるなり。
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『弁名』禮是の礼楽の教は、黙して之を識るに在りと雖も、然れども人の知、至る有り、至らざる有り。故に孔子時有りてか、一隅を挙げて以て其の義を語る。義とは先王の礼を制する所以の義、戴記に載する所皆是れのみ。祇だ人の知、至る有り、至らざる有り。故に七十子の先王を信ずる、孔子の先王を信ずるに及ばず。其の人の七十子を信ずるも、亦た七十子の孔子を信ずるに及ばず。故に其の人に喩さんと欲するの急なる、其の義を論説して已まず。日に以て蔓衍し、以て戦国の時に至りて、義遂に礼を離れて孤行し、復た礼に就きて其の義を言はず。孟子の書を観て見るべきのみ。此れより其の後、古を去ること益〻遠く、義理の説益〻盛んに、囂然として以て天下を乱し、先王・孔子の教、蕩乎として尽く。悲しいかな。
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『弁名』禮周礼の「礼を以て中を教ふ」、是れ或いは釈者の言、誤りて経文に入る者のみ。然れども亦た古の言なり。蓋し先王の礼を立つる、以て民の極と為す。極は中なり。賢者をして俯して之に就き、不肖者をして企てて之に及ばしむ。故に之を中と謂ふ。人をして過不及無きの理を求めて以て礼と為さしむるに非ざるなり。書に曰く、「民の心中罔し、惟れ爾の中」と。是れ所謂中とは、聖人の独り知る所にして、衆人の及ぶ所に非ず。故に礼を立てて以て民の極と為すなり。後世義理の学盛んにして、儒者唯だ義理を是れ視、礼に就きて以て其の中を求むるを知らず、徒らに其の臆に中るを取りて、是れ以て礼に合ふべしと謂ふ。周子の中正を以て礼智に易ふるが如き是れなり。人間北を看て南と成し、東家の西は、西家東と為す。恣に其の意を以て之を言へば、中是に於てか移り、極是に於てか壊る。豈に悲しからずや。且つ聖人の礼を立つるや、世の日に文に趨くを慮る。故に其の以て中と為す者、豈に必ずしも過不及無きの謂ならんや。学者之を思へ。
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