弁名 / 聖
三代聖人。皆亦遵堯舜之道。制作禮樂。以立一代之極。葢歲月弗反。人亡世遷。風俗日瀉。以汚以衰。辟諸川流滔滔。不可得而挽也。三代聖人知其若是。乃因前代禮樂有所損益。以維持數百年風俗。使其不遽趨衰者。於是乎存焉。夫堯舜禹湯文武周公之德。其廣大高深。莫不備焉者。豈可名狀乎。祇以其事業之大。神化之至。無出於制作之上焉者。故命之曰聖人已。
新字:三代聖人。皆亦遵堯舜之道。制作礼楽。以立一代之極。葢歳月弗反。人亡世遷。風俗日瀉。以汚以衰。辟諸川流滔滔。不可得而挽也。三代聖人知其若是。乃因前代礼楽有所損益。以維持数百年風俗。使其不遽趨衰者。於是乎存焉。夫堯舜禹湯文武周公之徳。其広大高深。莫不備焉者。豈可名状乎。祇以其事業之大。神化之至。無出於制作之上焉者。故命之曰聖人已。
書き下し
三代の聖人も、皆亦た堯舜の道に遵ひ、礼楽を制作して、以て一代の極を立つ。蓋し歳月反らず、人亡び世遷り、風俗日に瀉く、以て汚れ以て衰ふ。諸を川流の滔滔として、得て挽くべからざるに辟ふ。三代の聖人其の是くの若きを知り、乃ち前代の礼楽に因りて損益する所有り、以て数百年の風俗を維持し、其れをして遽かに衰へに趨かざらしむる者、是に於てか存す。夫れ堯・舜・禹・湯・文・武・周公の徳は、其の広大高深、備はらざる莫き者、豈に名状すべけんや。祇だ其の事業の大、神化の至り、制作の上に出づる者無きを以ての故に、之に命けて聖人と曰ふのみ。
現代語訳
夏・殷・周の三代の聖人も、みな堯・舜の道に従い、礼楽を制作してその時代の規範を立てた。思うに歳月は戻らず、人は亡くなり世は移り、風俗は日ごとに薄くなって、汚れ衰えていく。川の流れがとうとうと流れて引き戻せないようなものである。三代の聖人はそのことを知っていたので、前代の礼楽に基づいて減らしたり加えたりして、数百年の風俗を保ち、急に衰えに向かわないようにした。その意図がここにある。そもそも堯・舜・禹・湯・文王・武王・周公の徳は、広く大きく高く深く、備わらないものはない。どうして言い表せようか。ただ、その事業の大きさ、人を感化する働きの極みとして、制作に勝るものはないから、聖人と名づけるのである。
解説
この章句が説くこと
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